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“棒についたモフモフしたマイクを振る”だけじゃない、音声スタッフの仕事の話

「お仕事、何されてるんですか?」
「テレビの音声スタッフです」
「え?棒についたモフモフしたマイクを振る、アレですか!?」

初めて会う人に仕事の話をすると、ほぼそう返ってきます。
それもとても大切なお仕事の一つなのですが、他にもいろいろやっています。

たとえば、『オーディオドラマ』
映像はありません。音声のみのドラマです。

音声だけだからこそ、物語に出てくる音の質感を意識して、音声によってその物語がグッと面白くなるように、こだわりを込めて制作しています。
今日はそのこだわりをみなさんにお伝えしたいと思います。

たまには目を休ませて、音声だけの物語を楽しんでみませんか?

“ドラマの音声を担当したい”

初めまして、オーディオドラマの音声を担当しています、大友美有紀です。
最近では、FMシアター「みそひともじシンドローム」を制作しました。

私がドラマ制作のお仕事に興味を持ったのは、はるかむかしの中学時代。
ドラマの美術セットを見学させてもらったことがあり、まるで本物のようなドラマの世界に感動し、こんなおもしろそうな仕事があるのだと心が躍ったのです。

元々ドラマを見るのが好きで「金田一少年の事件簿」などをよく見ていました。今思うと、謎解きの際に流れる特徴的な音楽や決めゼリフが印象的なドラマでした。

音声を志したのは大学時代のサークル活動がきっかけです。サークルではラジオ番組を制作し、大学の敷地内にアンテナを立て、完成した番組を放送していました。

そんな中、ひょんなことから地域のコミュニティーFM局で毎週日曜日の生放送を出すことになり、私は制作と音声を担当しました。

プロの現場で音声卓の前に座って、機材を操作したとき、
「どんなに良い番組が出来たとしても、今この放送が世に出るかどうかは、音声である私の指先にかかっている…」そう感じると、指が震えました。
この経験から音声という仕事のやりがいを覚え、NHKに入局したのです。

ドラマ好きと音声が合体して、今の私があるわけですが、大河ドラマ「西郷どん」や夜ドラ「腐女子、うっかりゲイに告る」などを担当し、その後産休育休を経て、現在はオーディオドラマを中心に担当しています。

画像 作業の様子

“音声の仕事とは”

冒頭にも書いた通り、そもそも音声スタッフといえば、棒の先に付いているモフモフしたマイクを振るのが仕事。そんなイメージを持つ方が多くいます。それ以外にもいろんな仕事をしているわけですが、それは、マイクが人間の耳ほど優秀ではないのが理由です。

人間の耳は、ガヤガヤした空間でも聞きたい人の声や音に自然とフォーカスを絞って聞くことができます。また、大きな音から小さな音まで広い範囲の音を聞き取ることができます。

一方マイクは、その場にある音を機械的にそのまま拾うだけなので、聞きたい人の声にフォーカスすることはできません。また、大きい音はひずんでしまい、小さい音は拾えません。

例えばトーク番組の場合、カメラの前にマイクを置いても、出演者の声を明瞭にとらえることはできません。複数の人間が同時に話して内容が聞き取りづらかったり、出演者の声の音量がバラバラだったりするからです。

ここで私たち音声スタッフの出番です。

出演者一人一人の胸元にピンマイクを付けて、周りの騒音が入らないようにできるだけ近くで音を録ります。

「できるだけ近くで」と言いましたが、近すぎると喉の音を拾ってしまったり、ノイズが乗ってしまったりもするので、適切な位置を探ります。これは主にフロア音声スタッフが担当する仕事で『マイクアレンジ』とも呼びます。

そうやってとらえた出演者の音はミキサーと呼ばれる機材を通して、音声チーフのもとに届きます。

画像 機材アップ

ここから音声チーフが『ミキシング』を行います。
これはさながら“音の料理”のような作業で、全ての素材の音量レベルをそろえて、混ぜ合わせ、番組のトーク内容が良く伝わるように、聞きやすい音声を作っていくものです。

画像 作業画面
カラフルなクリップが全て音素材。一つ一つ丁寧に編集します。

このように、音声業務の基本は、皆さんの耳の代わりとなるマイクを駆使して、番組の音を聞きやすい音声に仕上げ、お茶の間に届けることなんです。

“ドラマの音声はお芝居をその空間ごと届けたい”

一方で、私の担当するドラマの音声の場合は『聞きやすさ』ばかり優先していると、私たちが作りたいドラマチックな音声にはなりません。

例えば、出演者全員の音量レベルをそろえると聞きやすい音にはなるのですが…ドラマの場合、極端な例で言えば、小さい声のセリフも、大きな声のセリフも、同じくらいの音量になってしまうということです。
こうなると、セリフの抑揚などが潰れてしまい、お芝居の迫力が伝わりません。

私たちスタッフはこういう状態の音をべた~っとした平たんな音声と呼んでおり、ドラマの音声としては、ドラマの臨場感を失ってしまう恐れがあります。
 
私は撮影現場で芝居の音を聞くようになり、役者さんの声量レベルの幅が驚くほど広いことに気付きました。今にも絶えそうな弱々しい声もあれば、迫力のある雄たけびもあります。音だけでも、とっても迫力があります。
このメリハリのある音がドラマの臨場感を生むのだと思いました。

お芝居の臨場感をそのまま皆さんに届けたい!
そんな思いで音声の調節をしています。

メイキング写真
オーディオドラマのセリフ収録の様子

また聞きやすくするためには、芝居の妨げとなる雑音は消していくのですが、こちらもむやみに消してしまうと、その場の空気感がプツンと途切れてしまいます。何でもない空気の音も、ドラマのシーンの静寂や緊張感を表現する大切な音なんです。

『空気の音も重要な音』なんて言い始めると、ちょっとマニアックになっていきますが…お芝居を “マルっと” その空間ごと収録するイメージで、かつ聞きやすい音声にする。これには絶妙な調整が必要です。
私はここにドラマ音声の奥深さを感じています。

もし仮に、お芝居のド真ん中にマイクを設置することができれば、理想の音が録れるかもしれません。ただ、お芝居の邪魔ですし、そもそもテレビでは映像に映ってしまうので、現状は難しいです。

“オーディオドラマの魅力は作り込めること”

さらに、今、私が担当しているオーディオドラマはテレビドラマとはまた違った難しさと楽しさがあるんです。

オーディオドラマは、映像がない分、自由な発想で皆さんを空間ごと物語の世界へいざなうことができます。
会社のオフィスなどの室内空間はもちろんのこと、森や洞窟、時には大空でモンスターが空を飛ぶことも。

聴いている人がストレスなく、ドラマの情景を思い描き、その世界観に没入できるよう、私たちは『臨場感のある立体的な3次元の音づくり』にこだわっています。

特にオーディオドラマで大切なのは、奥行きを生かした表現です。
テレビでは映像があるので見ただけでどこにいるかわかりますが、オーディオドラマではその距離感を含めて音声で伝えないといけないのです。

例えば、セリフ収録の伝統的な手法の一つで、役者さんとマイクの距離を調節して、奥行き感を出す方法があります。主人公はマイクとの距離を近づけて、一番近い音に感じるように。それ以外のキャラクターは主人公より近く聞こえないように、距離を調整します。

遠くから呼びかける芝居の時は、実際にマイクから離れてもらい、わざと響いた音を録ります。役者さんには、「マイクが相手役だと思ってお芝居してください。」とお願いしています。

メイキング写真
距離感を表現するためマイクに近づきながら台詞を読んでもらっています

ミキサーや編集機を利用して、機械的に奥行きのある音声を作ることもできますが、手間も時間もかかるし、何よりリアリティに欠けるんです。
実際に、役者さんに協力してもらって距離感を作ることで、お芝居も自然になって、よりリアルな表現ができます。
映像のないオーディオドラマならではの収録方法です。

セリフ収録後、ディレクターが編集を終えると、次は「ポスプロ」という作業に入ります。

「ポスプロ」は、いわば素材を完成形へと仕上げる作業。
さまざまな機材を使い、さらにオーディオドラマの世界観に没入できような“リアルな音”を追求していきます。

まずは、SE(サウンドエフェクト:効果音)を足して、シーンに合った空間を作ります。風や鳥の声、車の走行音など、セリフ以外の音は全てSEです。ここでは、セリフを基準にSEの距離感(奥行き感)を合わせます。

例えば、居酒屋シーンで店内BGMが流れているとします。
SEとして用意された店内BGMの素材がCD音源だったら…。ボーカルや楽器の音が明瞭に聞こえてしまい、セリフの邪魔になってしまいます。
なので、そのままの音質では、オーディオドラマの居酒屋の店内BGMには使えません。

この場合は、音源が「居酒屋の店内のスピーカーから鳴っているかのような音」に加工します。これを『音を汚す』と呼んでいます。

明瞭度の高い音をわざと汚すことで、セリフとの差別化を図り、セリフにフォーカスを絞っているような聞き心地を作っているんです。

ふだんは音が明瞭に聞こえるように整えるのが仕事なので、あえて『音を汚す』のはドラマだけかもしれません(オーディオドラマでよく行いますが、テレビドラマでも少し)。

画像 作業画面
収録した音声を分析して、不要なノイズを除去する作業

ほんの一部ですが、オーディオドラマの音声の仕事について紹介させていただきました。

映像がない中でドラマの世界を作っていくためにはさまざまな工夫が必要で、日々苦悩の連続です。それは逆を言えば、映像に縛られずいくらでも音声を『作り込める』ということ。つい夢中になって時間に追われることもしばしばですが、それこそオーディオドラマの音声の魅力だと思っています。

どうでしょう。
音だけで作り上げるドラマ、聴いてみたくなりませんか?

“オーディオドラマの没入感をもっと深めたい”

コロナ禍を機におうち時間が増え、音声コンテンツは多様化しました。
今やラジオ放送はスマホのアプリでも聞けるようになり、いつでもオーディオドラマを楽しむことができます。

私はオーディオドラマの良さをもっと伝えるために、没入感を深めたいと思っています。そこで最近気になっているのが『立体音響技術』です。
この技術を活用すれば、前後左右上下の360度の表現が可能となり、オーディオドラマをイヤホンなどで聴いてもらうことで、物語の世界観をより楽しめるかもしれません。

例えば、頭上で雷が鳴り、雨が降るシーンで、思わず上を見上げてしまうような音声が作れたら…没入感が増すのでないでしょうか。

ラジオ放送ではまだまだ課題はありますが、新しいことにもチャレンジしていきたいと思っています。
そんな決意を心に抱きつつ、これからもラジオのスピーカーやPC、スマホ、どんな聴取環境でも臨場感のあるドラマをお届けできるよう、日々精進していきます。

音声 大友美有紀

画像 作業中の筆者
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