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美術チーフが語る!土曜ドラマ「探偵ロマンス」の舞台裏
「ヒエラルキーがまかり通った社会で、各々の階級の中でしか生きられない悲哀」
「理想を高く掲げるあまり、己を傷つける毒を腹に抱えてしまう可笑しみと苦しみ」
「現状の突破口になりそうな都合のいい解釈を正義とあがめ飛びつき、踊らされる。しかし、機運が変わったらその正義から掌を反す」
安達もじりチーフ演出と、大嶋慧介演出が、『江戸川乱歩』を通じて描きたいことは、時代が変わっても決して変わることのない、人間の弱さでした。
※安達チーフ演出・大嶋演出のことを、私はふだん現場で「もじりさん、大嶋さん」と呼んでいますのでそのように書かせていただきます。ご容赦くださいませ。
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カムカムとは真逆の視点からはじまった「江戸川乱歩誕生譚」
はじめまして、「カムカムnote記事」をご覧になった方はこんにちは!
私NHK大阪放送局の映像デザイナー瀨木と申します。
『カムカムエヴリバディ』チームとこうしてまたご一緒することが出来まして、この度は『探偵ロマンス』の美術部チーフとして関わっております。
記事を執筆するにあたり、改めてもじりさんとの関係を振り返りますと、土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』以来、間近で演出を眺めて早3年が過ぎようとしています。
もじりさんという方は、芝居空間をしずかに観察し、それらを繊細に拾い集めながら、編集となると、本筋込みで大胆に積み上げていく人なのだな、と日頃感じておりました。(※個人の見解です)
そのため、私が担当した『カムカムエヴリバディ』のステージでは、芝居が埋もれてしまわないように王道のキャッチーな表現をあえて封じてみたり、表情が見えてくるような空気や光といった「環境」の表現を開拓してみたり…。「もじりさんにとっての美って一体どこなんだい…」と後輩にぼやきながら、いつも頭の片隅に彼を据え置いて、スキルを磨いてきたようにも思います、笑。
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そんな、私たちのゆる~い関係性に新風が吹きました。
前述の大嶋さんが携えてやってきた、この『探偵ロマンス』の企画です。
大嶋さん曰く、「理想に踊らされる『人の業』を描きたい!現代ドラマとして直球で描かず、観客の視線を大正時代にスライドさせて、当時腐っていた江戸川乱歩誕生譚というエンターテインメントで表現したい!!そんでもって、観た後で『面白かった!!』という高揚感だけでなく、後味のわるさも残したいんだ!!!」
と、真面目そうな見た目とは裏腹に、ほんのりビターでS気のある人間愛を爆発させていました。またそれは、カムカムが掲げていたような、温かな眼差しで捉える「これも、人」という人間愛とは真逆の、アイロニーに満ちた「それでも、人」という視点を持ち込んだ人でもありました。
(安達演出×大嶋演出+江戸川乱歩)÷エンタメという化学反応
「江戸川乱歩の代表作、明智小五郎と怪人二十面相はこうして生まれた」
このコンセプトが、熱狂的な乱歩ファンの皆さまにも刺さる世界観を担保しつつ、「人間模様を炙り出すように表現したい」もじりさんの演出のトーン(※個人の見解です)と、「人間の弱さをめくるめくエンタメとして表現したい」大嶋さん(※個人の見解です)の掛け算に応える表現って何がありえるのか!?
と当時の私は悩んでいました。
エンタメと銘打ちながら
もじりさんのことだから、ドラスティックなカメラワークは少ない(と思う)。
こうなった場合、役者よりも背景が語りすぎてはいけない。
誇張表現も、嘘くささが立ちすぎて興ざめしてしまう。
かといって、大正時代を再現しても歴史物然となり、エンタメのワクワク感は削がれそう。
そもそも大嶋さんが企画概要で語る「スチームパンク」の意味とは!
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この絶妙なバランスで情報が積みあげられていたので、監督2人と足並みを揃えるために、まずはスケッチをおこす作業から取り掛かりました。
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演出2人が「このドラマで第一に何を届けたいのか」を、こちらのスケッチを叩き台として、会話のなかで引き出していくところから美術の仕事ははじまります。
その過程の中で美術では「華美ではない、自然なたたずまいをベースに」とい方針が明らかになりました(ここまでは想定内)。
しかしながらこの時、もじりさんの口から「今回は江戸川乱歩の小説のように、トツトツとつむがれた、どこか乾いた描写を感じさせるような、『からっからの渇き』を描いてみたい」というトンデモキーワードが飛び出してきて(これは想定外…!)、「もじりさんはウェットな人間関係がお好きなんだと思っていました…」という一抹の衝撃があったことを覚えています。
そもそも日本って類稀なる水資源の国なんですよね…。
ここから、自然な佇まいでありながら、新解釈―という意味合いで勝手に「スチームパンク」を捉え直しました―の大正時代を探ることを決めました。
大嶋さんの裏企画書から生まれた「新解釈大正」
そもそもこの『探偵ロマンス』。ゆくゆくは海外展開も考えたシリーズ設計にしたい、という魂胆もあるとのことでした。
相変わらずこのチームのドリームは壮大です…!
シリーズ化が実現した際に、初期設定で下手うって物語の可能性を狭めないよう、世界規模で時代背景を調べ直していたところ、前章での悩みに対するとある気づきがありました。
「このドラマのテーマで描こうとしている人間模様は、なにも日本特有のものではない。第一次世界大戦前の国際社会は、技術革新がもたらした新しいヒエラルキーを目の当たりにし、全世界規模で混乱を極めていた。こんな時代背景を、たった4話の中に凝縮できたのなら、監督が描きたい『人間の業』は背景としてもひき立ち、エンタメとしても立ち上がるのではなかろうか」。
世界対日本、という枠組で考えるのではなく、西洋圏とアジア圏の関係性から要素を引用しようと思ったのです。
そう考えた私は、日本の貧しさを真正面から描くのはやめ、かわりに「日本ではないのに既視感を覚える光や素材」で飢え渇きを表現しようと目論んだのです。インフレ状態で物資が足りずカラッカラだった日本と、アジアの一部スラム街を重ねて、大正時代という背景に落とし込んでいけば、もじりさんたちも首を縦に振ってくれるはず。きっと。
また、これらのことを演出と打ち合わせているときに、「アジアン西部劇だね~」なんて話が盛り上がりつつ、美術の軸となるキーワードが全部で4つできあがりました。
舞台設計を盛り上げる4つのキーワードとは
それがこちら。ドン。
❶渇き=「黄褐色」の世界
❷赤と黒
❸文字
❹八角形
ひとつずつご紹介させていただきますね。
❶身も心もカラッカラの渇き=黄褐色の世界
前章で思いついたことを初期スケッチとして落とし込んだものがこちらです。
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こんなロケーションが実現可能な土地が関西にあるのか…。ないかも…。
弱音はさておき、「特権階級にすべてを吸い上げられたドライな世界」を、今作では西部劇の土埃を思わせる「黄褐色」で表現することに決めました。このスケッチでは頭の中のイメージを昇華させるために、あえてロケ地のことは考えずに描いています。
また、このニュアンスをかなえる表現として、セット及びロケ地では、スモークや、ゴミ、古材を多く使用しています。
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一応食用だそうです。
こうして、関西中のロケ地にゴミや埃をまき散らしながら、乾いた土地を表現しようと日々格闘しておりました(※ゴミは後日番組スタッフが責任をもって回収しました)。
❷ 人の暗部を表す「赤」と「黒」
黄褐色の土台をつくったうえで、人の暗部を感じさせる「黒」と、狂乱を表すような「赤」をアイキャッチとして随所にちりばめ、貧富と明暗の対比関係をつくれないか、と提案したキーワードがこちらです。
女主人美摩子がとりしきる秘密倶楽部『赤い部屋』。ここでは両者が極まっている様子を狙っています。
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各ステージにはその場を象徴するような赤いモチーフを置いています。
また、暗部を表現するなら夜の世界は必須。昼とは真逆の、艶のある赤や黒色を立たせ、2面性を持たせています。
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赤って不思議な色で、人を惹きつける華やかさがありますし、眺めていると興奮してしまう。その存在感の大きさから警戒色にも使われていますよね。社会や理想に踊らされる人の象徴にはもってこいじゃないでしょうか。このドラマでのアクセントカラーとして映えるよう、ドラマ全体の色彩を設計しています。
❸ 文字
今回のドラマの主人公は、物語を紡ぎだしたら止まらないという若き小説家です。「文字」へのこだわりも相当な人物であるし、ここから世界観が広がりやしないかと、舞台となる場所のいたるところに文字をちりばめることも考えていました。
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壁に文字を書いていましたが、この意味合いは隧道に吸収されたので落書きは施しませんでした。
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(東映田嶋さん力作の落書き!また美術助手の稲垣さんが描いてくれた鳥(?)は個人的に超推し。)
教養があるのかないのか。現代のストリートアートを彷彿とさせられないかなあ、という意味合いもこめています。
❹ 八角形
さらに、人間の二面性…だけでなく、多面的な要素を八角形におきかえていくという、もじりさんたってのお願いもございました。ワンカットだけ出ていた「陵雲閣」も八角形でしたね。
それを象徴するように、至るところに八角形を忍ばせています。
こちらもお写真で紹介したいところですが、ぜひ番組本編で探してみてください。こんなところにも!と驚かれるかもしれません。
これらの舞台、「オール関西メイド」にこだわっています
どうでしょう?舞台の幅がかなり広くはないですか?
これらすべて関西で撮っております!!
関東が舞台の話とはいえ、「大正を撮るならば関西でないと!」と、もじりさんは息巻いておりました。
ちなみに、この業界では「明治・大正時代の西洋建築」が建ち並ぶ都会を描こうとするならば、その大部分を専用オープンセットのある上海や関東、そして名古屋などで撮ることが定石です。西洋建築のオープンセットは、撮影の為に縮尺が小さく建てられていますが、360度収録可能という非常に大きな利点があります。(実際にこのドラマでも、日本の木造建築群を撮影するために、東映撮影所や松竹撮影所のオープンセットの力を多分にお借りしています。)
しかしなんと関西には、わざわざお金を懸けて移動をしなくとも「片道1、2時間とちかい!」という条件で、洋も和も撮影可能なポイントが凝縮されています。「文明開化の神戸」「風光明媚な自然の滋賀」「近代ビルヂングの大阪」「ヨーロピアン和歌山」そして「時代劇のメッカ京都」と、「等身大のスケール」での時代表現が可能なのです!
関西の表情って豊か~!
オープンセットを使わずに、「実生活下」でつくられた建造物をロケ地としてお借りすることは、お芝居のリアリティを担保するためにとても重要です。建物自体がもつ時間軸の厚みとスケール感、実際に使われていた場としての「人の気配を感じさせる」説得力をお借りできますし、それらの文脈の切り取り方で、新しい見え方をも作り出せます。
もじりさんは「360度撮らないという不便さ」をあえて受け入れて、限られたリソースの中でしゃぶりつくすことにとても意欲的でした。関西への愛ふかし。ただし、私たち美術スタッフは、これらのロケ地の「このドラマらしい表情」を生み出すことにひと苦労しておりました。(先輩方は「このロケ地は○○のドラマでも使ったんやで」とすぐに教えてくださるので、心強いロケペディアでした。)
このようなこだわりを実現していく裏で、制作チーフに対して私は「重要文化財レベルの建物で美術が作業するのは怖いので、作業導線が広く確保できて、こちらで持ち込むものも最小限にできるよう、背景には現場の什器そのままを見せられるような場所で何卒…」という無茶ぶりを何度となく繰り返していました。今となってはいい思い出です。(その節はご迷惑をおかけいたしました、ありがとうございます!)
さて、余談はありますが、オール関西メイドへのこだわりは何も本編だけではございません。ロゴ、そして2 話から解禁となったタイトルバックも、関西で活動するクリエイターの方々にお願いしております。関西ならではの魅力を全国に、いや全世界に届けたい一心で、ビジュアル制作のチーム編成を行いましたので、こちらもぜひご堪能ください!
何十万もの顔をもつ「狂乱のA公園」は、こうして生まれたのです
『怪人二十面相が、この場の誰かに化けて紛れているのかもしれない。』
乱歩コンセプトへのアンサーとして、前述の「キーワード」と「ロケ地」を用いながら、この物語のメイン舞台となる『A公園』を設計しました。またそれは、もじりさんたってのお願いである「幾万通りもの顔をもつ『雑踏』」を描くためのステージ設計でもありました。
A公園では、全国津々浦々から集まった貧富入り乱れる人々が、皆喧噪の中に戯れています。その中の一人が実は怪盗なのかもしれない。そんな怪しさを漂わせつつ、この雑踏の中を行きかう一人一人にも人生があって、その背景にドラマがあるということを、太郎はつぶさに目撃し、作家性を深めていったとも解釈できる。そんな「江戸川乱歩の見た世界」を作り上げようとしました。
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和と洋、明と暗どちらの顔もあるので、一つの街としては見応えがあるのではないでしょうか。
美術スタッフの底力
スケッチを見返してみると、無謀なことに挑戦しようとしているな、と我ながら呆れてしまいましたが、ここまでの飾りができたのは、私のやりたいことを汲んだうえで、先んじて動いてくれた関西中の美術スタッフの皆さんのおかげとしか言いようがありません。
いつも「ドラマの世界観を作る」と一言であらわしていますが、途方もない知識と体力を要します。
登場人物はどんな時代にいきていたのか、どんな抑圧を抱えているのか
登場人物に葛藤はあるのか、乗り越えているのか
登場人物はどの瞬間でものの見方が変わったのか
それらを舞台込みで五感で感じてもらうには何を意識するのか
いつもそんなことを考えながら、豊かな世界造形がなされるように動き回っています。
私たち美術は、学芸会でいうところの「(小花)木の役」だけでなく「街の役(大道具)」「インテリアの役(小道具)」「風や炎などの自然現象の役(特殊効果)」「食事の役(消え物)」など、それぞれの持ち場でお芝居をしています。
更にここに、扮装部という衣装やメイク、持道具も加わりまして、役者の一挙手一投足がいかに意味のあるものなのかを皆様にお伝えできるよう、視覚情報をより際立たせています。
今回美術チーフという肩書をお借りしてはおりますが、私をはじめ美術スタッフは、もじりさんの号令のもとに集まり、現場が臨場感あふれる魅力的な空間になるよう努めております。そのおかげで、カメラに映るひとつひとつのモノに、記号以上の意味合いが空気となって立ち現れるのです。
抜けてばかりだった私を支え、時には手を引っ張ってくださった美術進行、大道具、小道具、衣装、メイク、持道具、特殊効果、造園、車両部の皆様にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。
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残すところあと2話!まだまだ新しい舞台は出てきます!
ぜひ録画をしたうえで、随所に光る美術の仕事に目を凝らして楽しんでみてください。拙い文章で長々書き綴ってしまい、大変恐縮ではございますが、ご一読くださいましてありがとうございました!!カムカムとは違った面白さをこちらのドラマで発見していただければ幸いです。
次回は大嶋慧介演出ですよ~。わくわく。
「探偵ロマンス」美術部チーフ 瀨木
▼執筆者・瀨木の過去の記事はこちら▼
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