
土曜ドラマ「3000万」 光で描く日常の闇 ~自然に見える不自然な照明~
みなさんおはようございます!
土曜ドラマ「3000万」の照明・ライティングディレクター(LD)を担当しました牛尾と申します。
今回は「3000万」の照明についてご紹介させていただきます。
ただ、そもそもドラマの照明って何? と思っている方が多いと思います。
でもわかり出すとめちゃくちゃ面白い! 照明で世界観がすごく変化するんですよ!
映像は自然だけど、実はその裏では照明がなんだかたくさん何かをしている。そんな照明の面白さを、「自然に見える不自然な照明」というテーマでお伝えできればと思います。
ドラマの照明って何?
まずはドラマの照明って何? ということを説明したいと思います。
基本的には「照明を使って明るくすること」です。
でも最近はスマホのカメラなどでも、暗くてもきれいに撮れますよね。
え?! ということは照明っていらない…?
安心してください。
照明には、明るくすること以外にもとても重要な役割がたくさんあるのです。それをいくつか紹介します。
1つ目は「時間帯・天気・季節の表現」です。
早朝、朝、昼、夕方、薄暮、夜…
時間帯によって、太陽の光の強さ・角度、色や影の長さ、空の色彩は刻々と変化します。
天気は晴れの日もあれば、曇り・雨・雪・雷など、それぞれ光質や色彩が変化します。季節によって太陽の角度や光質、木々の色彩も変化するのです。
これらを表現しているのが照明です。
2つ目は「光源」です。
これについては、以前ドラマ10「大奥」の照明で髙橋さんが紹介していました。
今回は現代劇なので、それに絞って紹介します。
例えばドラマの1シーンを考えたとき、それが昼間、窓のある部屋の場合、光源をどこに設定するのかを、ライティングディレクターが考えます。
シンプルに考えると光源は窓からさしこむ光と考えます。
しかし、雨の日に部屋の中で勉強しているシーンだとすれば、窓からの光が弱いので、勉強机のスタンドライトをメイン光源とした方が、よりリアルな表現になります。
夜の場合も同じように、ダイニングで家族が夕食をとっているシーンだとすると、おそらく光源は天井に設置されている電灯となるでしょう。
しかし、深夜にダイニングで物思いに耽っているシーンだとすれば、ダイニングの電灯は消えていて、窓からの街灯の光や廊下から漏れた明かりをメインの光源とするかもしれません。
これらの光源を意識して照明器具で光を足し、あたかもその光源で照らされているようなナチュラルな映像に仕上げるようプランニングします。
このようにシーンの内容によってメインとなる光源を考えるのですが、私たちはこのメインとなる光源をキーライトと呼んでいて、ドラマ照明を考えるうえで重要な要素となっています。
3つ目は「陰影」です。
芝居の感情表現やシーンのニュアンスを表現する為には陰影が重要な要素となっています。
先ほど明るくする事が照明の基本と紹介しましたが、我々ライティングディレクターは影をつくるために照明をあてるという表現をします。
画のフレームのどこに影をつくるのか、それによってキーライト(メインの光源)も変化するし、不必要な光を切る為に大きな黒幕(4mx4mくらい)を使用する事もあります。
以上、照明の重要な要素を3点ご紹介しましたが、その要素を組み合わせながら私たちは、陰影に富んだ照明を行う事を最も大切に考え、その陰影を駆使してドラマティックな映像へと仕上げます。
そして「3000万」のねらいは、観ている側に「自分もそうなるかもしれない」と思わせる臨場感を与えること。
実際にそれが今日本で起こっている闇であり、普通に生活している人々がふとした事をきっかけに犯罪に巻き込まれるかもしれない闇、それをエンタメとして描こうとしました。
そこで考えたのが、祐子たちが生活している環境、その”日常の光”をベースに、そこにある”闇”を伝えられないかということ。
つまりこのドラマでは、主人公の祐子たちが日常を狂わす闇に巻き込まれるさまを照明の陰影で表現しているのです。
と、難しい話は以上にして、ここからは、「自然に見える不自然な照明」を
「3000万」のいくつかのシーンを例に紹介させていただきます。
あのシーンの裏側って? 照明の工夫をご紹介
まずはロケーションで撮影されたシーン
祐子の働く会社「ゆとりの生活」です。

この広い画角のカットでは、既設の天井照明の調整のみですが、

祐子と舞のツーショットのときは、

このようになっています。不自然ですよね。というかカオス状態。
でもカメラで撮っている映像は“リアルで自然”なのです。
なぜこういうことになるのか、説明したいと思います。
この部屋の場合、光源は大きく2つと考えます。天井の照明と奥の窓からの外光です。
上の画像の左端に黄色カーディガンの舞が映っていますが、このあたりが祐子と舞のデスクです。
奥の窓からは離れているので、祐子と舞のデスク席のメインの光源、いわゆるキーライトは天井の照明と考えます。
画像1の時は、俳優を映すというより、「ゆとりの生活」のオフィスの様子を表現しており、照明器具を置くところもないので、天井の照明の調整のみで雰囲気をつくっています。
画像2のツーショットの時は、祐子と舞が大きく映ります。
この時に考えるのが、既設の天井の照明がキーライトとなるのかです。
しかし、天井の照明の明るさは十分でしたが、光質が悪く顔の影が目立つということで、顔の影が目立たない柔らかい光質の照明器具を二人に対して良い位置に設置し、キーライトとしました。
そして、既設の照明に光を柔らかくするフィルターを透かして、明るさと光質を調整し、陰影をつくっています。
このように、カットごとに俳優の見え方や陰影を意識して照明を調整しますが、その1シーンでカットごとに雰囲気が変わりすぎないよう、場面間のつながりにも注意しています。
ロケーションではその場にある光や人工照明で撮影することも可能です。
しかし、それがシーンの内容や俳優に対してベストな光とは限りません。
人の目には自然に映っている世界なので、照明って必要なの?と思ってしまいますが、カメラを通して自然に見せるには、照明による調整が必要です。
カメラに写っている映像はリアルで自然なのに、実は、撮影現場はカメラの周りに照明器具が沢山あって不自然な状態になっています。
“自然に見える不自然な照明”その一端を、具体的にご紹介しましょう。
2話の冒頭、強盗シーンです。


これは早朝のシーンです。
キーライトは、画像4のカーテンから入る光がキーライトと考えます。
しかし、リアルな早朝の光では弱くて撮影できません。
また、昼は太陽が差し込むと光が強すぎて早朝に見えません。
ということで、このシーンは夜に外から照明をあてて撮影しました。

画像5がその様子です。
大型LEDライトを使用し、その前にシルク幕を透過させて、撮影に十分な光の強さで早朝のような柔らかなキーライトをつくっています。
色彩も早朝の青みをLEDの色温度を青くして表現しています。
そして、キーライトと反対の方向、俳優の顔半分は影になるよう、キーライトの位置を設定し陰影をつけて、強盗シーンの不気味な雰囲気を表現しています。
このようにロケーションの場合、夜でもスケジュールの都合などで照明を使用して、日中の時間帯の光を再現して撮影を行う時もあります。
ただ、再現は結構大変だったりします。
単に明るくするだけでは、照明をあててます!って感じに見えてしまうので、先ほどの照明の3要素を考えながら、映像としては自然に見えるように仕上げなければなりません。
部屋の中は自然だけど、窓の外は照明器具だらけ、この時は少しばかり他のスタッフが優しくしてくれる気がします(笑)。
時には“自然に見える自然な照明”の時もあります。
例えば、4話のレストランのシーン。

テーブル付近以外は、黒に落とし込んだ陰影ある映像に仕上がっています。
この陰影を表現するために、実はレストランの照明に撮影用のLEDライトを仕込んでいます。

これは既設の電球だと明るさが十分でなく、光が拡散して陰影がなくなるので、その電球をはずしてLEDライトを設置しました。
この時注意したのは、画のフレームに入っても既設照明のように自然に見えることです。
このように、既設の照明器具に自然に照明を仕込んで、それのみでライティングする手法もあります。
これは“自然に見える自然な照明”ですね。
最後にスタジオを紹介します。
今回はスタジオに佐々木家のセットを建てて撮影しました。
セット撮影する場合に照明として気をつけているところは、ロケのように自然に見えることです。そのロケのように見せるためにはたくさんの照明器具を使います。
下の図8が照明器具の仕込み図面になります。
青い丸と四角、赤い丸と四角が照明器具です。

この合計60台程の照明器具を設置して、太陽・空・室内の電気などの光を再現し、ロケのような自然な空間をつくっています。
そして、それらの光をシーンの内容にそって組み合わせていきます。

画像9が実際に仕込んだ照明です。
セットの外側に丸いランタンのような照明を吊り下げ、空の光を再現しています。きれいに並んでいますよね。この並べ方にもコツがあったりします。
スタジオでは暗闇の状態から光を構築し、バリエーションある映像表現をするために、画像8のようにたくさんの照明機材を使用します。
そのセッティングは私を含めた6人の照明スタッフで3日間かけて行いました。また、収録の時もその6人で各シーンの内容に合わせて照明を調整しています。
照明は1人では出来ません。
この6人がチームワークよく1つの映像をつくりあげています。
なんだか照明のつくり方に似ていますね。
それでは、これらの照明がどのように映像となっているか紹介します。

画像10は佐々木家・夕方のシーンです。
キーライトは窓からの光となるので、夕方の赤い太陽と長く伸びた影、夕空からの柔らかい光、そしてそれらの反射光を再現しています。
再現するだけでなく、俳優もしっかり見せて陰影ある映像となるよう調整しています。

画像11は佐々木家・夜のシーンです。
夜なので外は暗くして、部屋中の電灯が点灯している雰囲気にしています。
夫婦げんかのシーンなので手前の電気は消えている設定にして俳優はあえて影(シルエット)にして不穏な雰囲気にしています。

画像12は夜の寝室です。
もう部屋の電気は消えているので、窓からの街灯をキーライトとしています。
夫婦げんか後のシーンですが、悲しげなしっとりとした雰囲気を意識して、レースカーテンの光が淡く室内を照らすように照明器具を調整しています。
特にレースカーテンの影が美しく壁に投影されるよう工夫を凝らしています。
私たちはこのように、あらゆる光を駆使して陰影あるドラマティックな映像を目指しているのです。
光で映像を描く
「自然に見える不自然な照明」をテーマに「3000万」の照明について紹介させていただきました。
画家が絵具で絵を描くように、我々は光で映像を描きます。
どんなに撮影機材が進歩しても、“光で映像を描くことは、変わる事のない永遠なこと”だと信じています。
でも、最終的には照明の存在なんてまるで感じない映像に仕上げたい。
それはなぜかと言うと、視聴者の皆様にドラマの世界観に没入して楽しんでいただきたいからです。
「あーなんかこの俳優さんすてき!」「すごくいい演技で感動した!」「このドラマ面白い!」そう思っていただきたいのです。
私たちは少しでも視聴者の皆様に幸せな時間を提供出来るように、これからも精進して、よりよい良いドラマ作りを目指していきます!
今回は読んで頂き本当にありがとうございました。

「3000万」ライティングディレクター 牛尾 裕一
1998年NHK入局。照明歴25年。
「坂の上の雲」「八重の桜」「いだてん」「どうする家康」「おかえりモネ」「ちかえもん」「スニッファースペシャル」「ストレンジャー ~上海の芥川龍之介」「17才の帝国」等のライティングディレクターを担当
