8月6日に広島放送局の“編成”が考えていること
今日、8月6日はみなさんにとって何の日ですか?
3年前に広島に来て以来、私にとっては1年で最も重要な日になりました。
私が暮らしている広島は、人類史上初めて原子爆弾が投下された場所です。
あの日から79年。
8月6日「広島原爆の日」、NHK広島放送局は「平和記念式典」の中継をはじめ、あの日、何があったのか、番組を通じて視聴者のみなさんと「平和」について考える機会を設けています。
私は広島出身ではありません。親族に被爆者もいません。
そんな私が、より思いのある方々を差し置いて、この取り組みに関して書くことにためらいもあります。
しかし、私たちNHK広島放送局が8月6日に向けてどのような取り組みをしているのか、みなさんに興味をもっていただければと思い、“編成”という仕事の視点から、ご紹介したいと思います。
編成という仕事
NHKで編成をしている五百住(いおずみ)といいます。
「NHKの…」と自己紹介すると、「なんでNHKに入ったの?」と聞かれることがあります(それよりも「珍しい名前ですね」と言われる方がはるかに多いですが)。
きっかけは「東日本大震災」です。
当時、高校生だった私は、テレビで被害の様子を目の当たりにし、
「この先、こうやって何もできずにテレビを見ているだけの大人にはなりたくない」
と思いました。
その後、大学生になり、就職活動をしていたとき、NHKの災害報道をはじめとする「命と暮らしを守る」活動を知りました。
「この仕事に就けたら、災害があった時に、誰かの役に立てるかもしれない」
当時、何もできずにテレビを見ていた自分を思い出し、就職先としてNHKを選びました。
その中でもイメージがつかみにくい「編成」という職種にしたのは、物事を深く考えるのが好きな自分に向いていると思ったからです。
「編成」とは、簡単にいうと、
“どの番組を、どのメディアで、いつ放送するか決める”仕事です。
みなさんが、日頃、目にしているテレビの番組表に載っている番組のラインアップを決めている…というと、わかりやすいでしょうか。
地元のスポーツチームが優勝したら特番を放送する、話題になったドラマを1話から一挙再放送する…など、時世を見ながら、番組をどう放送すれば、みなさんに楽しんでいただけるかを考え、放送のタイムテーブルを作ります。
テレビ局では、番組の放送日時を決めることを「○日○時に編成する」と言ったりもします。
そんな編成の仕事のなかには「災害があった時に、誰かの役に立てる仕事」もあります。
それが“緊急対応”です。
NHKでは、災害が発生したときなどに、当初の放送予定を変えて「ニュース」を放送することがあります。編成はそのニュースをいつまで放送するか、元々予定していた番組をどこに振り替えるかなど、臨機応変に放送の道筋を立てます。
私はこれを、情報を届けるための「道」を整備し、誘導する仕事だと考えています。
取材現場が必死に集めた情報も、誰かに届かなければ、その役割を果たせません。
災害時は、視聴者のみなさんから「刻一刻と変化する状況をなるべく長く伝えて欲しい」というご意見もあれば、「子どもが安心して見られるアニメを流してほしい」というご要望もあります。
こうしたお声を踏まえたうえで、編成は“視聴者にとっていま何が最善か”を考え、届けるべき人に向かった「道」を選び、情報を誘導していきます。
誰でも簡単に情報を発信、受信することができるいまの社会では、選ぶ「道」=「手段やタイミング」によって、情報が届く人数は数万単位で変わります。
逆に言えば、編成の工夫次第で、数万人の被害を防ぐことができるかもしれません。
物事をイメージしながら深く考える性分の私には、この仕事が、災害時に誰かの役に立てる方法としてぴったりでした。
高知の水に慣れる
私の初任地は、水がきれいで、自然が豊かな高知県でした。
新しい土地や環境に慣れることを、「水に慣れる」と表現しますが、高知のきれいな水で作られる日本酒は絶品で、お酒が苦手な私も、高知の日本酒にはすぐに慣れ、水のように飲んでいました。
そんな高知放送局での仕事の中で、特に印象に残っているのは、東日本大震災から10年の年に行った“その日をみんなで生きのびる”というキャンペーンです。
高知県は全国で最も降水量が多い地域のひとつで、毎年のように大雨や台風の被害があります。
また、南海トラフ巨大地震での被害も想定されており、官民で防災・減災活動に力を入れています。きれいな水が、時に命を脅かす存在になるのです。
高知放送局でも、日頃から防災の呼びかけなどを行っていました。
しかし、あるとき、県の課題として、「これだけ防災活動をしていると、かえって緊張感がなくなってしまっているのではないか」という話が出ました。
確かにこういった防災・減災活動は、実際に自分自身で体験するまで、実感を持てる方が少ないのが実情です。
“自分事としてとらえてもらうにはどうすればいいか”
私たちは、甚大な被害をもたらした東日本大震災から10年の節目に、大規模なキャンペーンを展開することにしました。
ディレクターと議論を重ね、子どもたちが「防災志士」として防災の基礎知識や地域の防災活動を学ぶ番組を制作。番組には、東日本大震災後に生まれた子どもにも出演してもらいました。彼らがまっさらな気持ちで災害対策の必要性を自分事化していく姿を描くことで、それを視聴した大人にも、災害対策を自分事として見直してほしい、と考えたのです。
放送後、番組を見た方から「番組をきっかけに、改めて家の備蓄を見直した」「家族と緊急時の連絡方法を話し合った」などの反響をいただきました。
「もう、10年前のようにただテレビを見ているわけではない」
キャンペーンが終わった時、そう思うことができました。
この経験が、その後の広島での業務にいきていきます。
広島で「核・平和」特集編成担当に
広島に赴任したのは、3年前の7月です。
赴任して最初に驚いたのは、広島に暮らす方々の広島放送局への期待の大きさでした。
広島放送局では、年間を通して、被爆の実相を伝える番組や平和へのメッセージをテーマにした番組を放送しています。
放送を終えると、視聴者のみなさんから「さっき放送された被爆団体の活動についてもっと詳しく知りたい」といった言葉や、「私は被爆者だが、あの表現には納得がいかない」といったご指摘など、私の想像以上に思いのこもったお声をすぐにいただきます。
そうしたご意見を一つ一ついただくたびに、広島放送局が担うべき役割の大きさを感じたのです。
視聴者のみなさんの声や、それに応えようとする職場の先輩たちの姿に圧倒されるなか、昨年、「核・平和」特集編成担当を任されることになりました。
「核・平和」特集編成担当の仕事は、自局で制作した被爆の実相を伝える番組や、平和へのメッセージをテーマにした番組を、国内外に放送・展開する戦略を立て、実施することです。
なかでも、「広島平和記念式典」が行われる8月6日に向けて「特集編成」という編成案を考えることは、最も重要な業務です。
「特集編成」とは、1つのテーマを軸に、一定期間複数の番組を放送することで、そのテーマに触れる機会を増やす編成戦略です。
広島放送局では毎年7~8月にかけて、核・平和関連の番組を集中して編成することで、視聴者のみなさんと一緒に平和について考える機会を作ろうとしています。
みなさんが番組を見て、
「この番組ではこういうことを言っていたけれど、この前見た番組では、別のことを言っていたな。他には、どんな意見があるんだろう…」
なんて思っていただければ、編成冥利に尽きます。
どうしたら“伝わる”か、考える
「特集編成」では、まず一連の番組をつなぐ“コンセプト”を検討します。
番組をつなぐコンセプトを明確にすることで、“私たちはいま、これについてみなさんと一緒に考えたい”という思いを視聴者のみなさんに伝えるのがねらいです。
例えば、去年(2023年)のコンセプトは、「G7広島サミットを経た8月6日」でした。
各国の首脳が平和公園を訪問した「G7広島サミット」を経て、初めて迎える8月6日は例年と何が異なるのか。様々な視点の番組を通して、家族や友人と平和について考える機会を作ってもらいたいと、上記のコンセプトにしました。
コンセプトを決めたら、次は、過去のアーカイブス映像などから、放送する番組を決めていきます。
ただ、NHKのアーカイブス映像の数は膨大なため、ここからコンセプトに合う番組を見つけ出すのは一苦労です。
5~6本の放送枠に対し、私が見た番組は約30本。
同じ番組でも、内容を深く理解しようと何度も見返すため、実際には本数以上に番組を見ることになります。
去年(2023年)は、「G7広島サミット」でアメリカのバイデン大統領が広島を訪問したことを踏まえ、2016年にオバマ大統領が現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪問した際の裏側を描いた『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』を放送しました。このように、その年の出来事、トピックスに合わせた番組を探していきます。
番組を探すときに、もう一つ注意しているポイントがあります。
それは、
いま放送しても意図が正しく伝わるか
です。
番組は時世によって、放送当時と異なった意図で内容が伝わってしまうことがあります。
例えば、世界の国々の平和についての考えを取り上げた番組の場合、現在の政策方針によっては、番組の制作当時と全く異なる主張をしている国もあり、当時の映像や解説をそのまま放送することはできません。
コンセプトに合うかという視点だけでなく、いまの視聴者が番組を見てどう感じるか、視聴者の立場になって何度も番組を見ます。
番組が決まったら、今度は“いつ”、”どの時間に”放送するかを考えます。
このとき、視聴者のみなさんがどのようなシチュエーションで番組を見るか、をより具体的にイメージします。
家族そろって見てもらいたい番組は家族が集まりやすい夕食の時間帯に、視聴者参加型の番組は落ち着いて参加しやすい深夜に放送する、など、番組を一方的に放送するのではなく、届けたい視聴者の生活リズムをイメージし、データも参考にしながら、戦略を練っています。
番組を全国、そして世界の人へ
「特集編成」に組み込まれる番組は、広島県内のみで放送することが多いのですが、それだけでは、「核・平和」特集編成担当としての役割を果たしたとは言えません。
編成した「核・平和」関連の番組を、全国、そして海外に展開していくのも重要な仕事です。
番組を視聴した上で、改めて企画書を読み込み、制作者がどういった思いで番組を作ったのか、なぜいまこの番組を全国で放送する必要があるのか、などを全国放送の編成担当に説明し、全国放送の実現を目指します。
特にことしのような、同時期にオリンピックがある場合には、競技を見たい方も多くいるため、限られた放送枠のなかで、どの番組を編成するべきか、編成担当者全員で知恵を絞ります。
また、海外の方にも知ってもらうため、全国放送と同じように、国際放送を担当する部署にも提案を行います。
ここではさらに“海外からの視点”も考える必要があります。
例えば、番組のタイトルや紹介文に「8月6日」と入れると、日本の方には「原爆関連の番組かな?」と察していただけますが、原爆に関する事前知識が一切ない国では、こうした記述の仕方では、そこまで理解してもらうことはできません。
また、日本国内では問題のない映像や表現であっても、国際発信をする際に文化や風土の違いによって、新たな編集が必要になることもあります。
これらを専門家に確認することも、編成の大切な業務の一つです。
「ヒロシマ」を知る
編成はこのようにして決まっていくのですが、ただ放送するだけでは意味がありません。
最も大切なのは “番組を見た視聴者のみなさんに、自分事としてとらえてもらう”ことです。
視聴者のみなさんから、
「災害は遠い未来の話、戦争は遠い過去の話、自分事としてはとらえづらい」
というご意見をいただいたことがあります。
どこかの誰かの話ではなく、いまの自分にも関係あることだと思ってもらう。
そのためにどんな工夫が必要か。これに一番頭を悩ませます。
私はこのとき、まずは自分が当事者意識をもつようにしています。
高知では、海岸を歩いて津波避難タワーを間近に見ることで、想定されている津波の高さを知り、防災士の資格を取ることで自治体が災害対策にどれだけ力を入れているか学ぶことが出来ました。
そうして、高知の水の豊かさだけでなく、怖さにも触れたことで、高知で暮らす人間として、災害を自分事としてとらえられるようになりました。
広島でも同じように、まずは被爆都市「ヒロシマ」のことを、自分事としてとらえるためにどうすればいいかを考えました。
私は広島出身ではありません。
そんな私が担当していいのか、葛藤もあります。
しかし、これまでの担当者にも広島にゆかりのない方はいました。
ゆかりのない私たちだからこそ、できることもあるのではないか。
そう思い、被爆の実相はもちろんのこと、それを今日まで伝えてきた広島の人々の営みを知ることから始めました。
広島では街中を歩くと、被爆の実相を伝える碑が多くあります。
8月6日が近づくと、その碑を掃除する方をよく見かけます。
正月には、地域の神社で「平和」と書かれた絵馬を多く目にします。
この街に住んでいる方々は、当然のように「平和」を願い、それを他人に伝える活動をされています。
広島に暮らし、広島の人たちの思いを知ることで、少しずつ編成案を考えることができるようになりました。
被爆から80年
来年(2025年)は、被爆から80年という節目の年です。
「G7広島サミット」を経て、広島平和記念資料館の来館者数が過去最多を更新するなど、被爆地ヒロシマに対する世界からの注目が高まっているなか、現在の広島から何が伝えられるか、この節目の年に何ができるのか、話し合いを進めています。
被爆の実相を伝える番組は、広島で絶大な人気を誇る「カープ中継」のような、みんなで楽しく見るものではないかもしれません。
しかし、被爆地に拠点を置く公共メディアとして、NHK広島放送局は、被爆の実相を国内外に発信する責務があります。
そして、被爆の実相、平和のメッセージを後世に伝えるのと同じように、この取り組みを次の担当者につないでいくことも、私たちの義務だと思っています。
最後に
去年、広島に来てから3回目の8月6日の朝。
家を出て、晴れた広島の空を見上げると、
あの日、広島にいた人も、同じ空を見上げていたのかな
という思いが浮かびました。
そこで初めて、ほんの少しですが、広島に暮らす人間として、8月6日を自分事としてとらえることができたのかな、と感じました。
今を生きる人に、当たり前の明日を過ごしてもらう。
戦争や災害での理不尽な死を無くすために、伝えるべきことを伝えていく。
それが、戦後79年の今、広島市民でもある私の願いです。
「8月6日」に起こったことを、誰もが、遠い過去や未来の話ではなく、今の自分事としてとらえられるように。
私たち広島放送局の編成は、そんなことを考えています。
今日も平和を願って。
みなさんの明日が、少しでもいい日でありますように。