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「唯一無二の人生を描き切ってほしい」 熊谷晋一郎×NHK

NHKでは、メディアなど各界で活躍する方にNHKについてのメッセージをお聞きし、1分のミニ番組として随時放送しています。

1分ミニ番組といっても、もちろんたっっっぷりお話を伺っています。
その内容は、放送だけではもったいない!ということで、編集で泣く泣くカットした部分も含めて、全文公開させていただくことにしました。
(ご快諾いただいた話し手の皆さま、ありがとうございます!)

今回は東京大学先端科学技術研究センター准教授・熊谷晋一郎さんに、NHKについてお聞きした内容です。


テレビが自由で広い世界に連れていってくれた

Q:NHKの番組で特に記憶に残る番組はありますか?

私は脳性まひ児として生まれたので、幼いころからリハビリをずっと行っていました。だから密室の中で、親とリハビリに明け暮れる生活をしていました。
その中で、1日に何時間かたまにテレビを観るんですけど、別の世界へ連れていってくれるというんでしょうか。

そのときだけ、密室から解き放たれて、広い自由な世界に連れていってくれるような、すごく大切な時間をくれたのが、テレビだったんです。

NHKの番組で、子どものとき見ていたのは、「ばくさんのかばん」(1980~87年放送)ですね。

あとこれは大人向けかもしれないけど、NHK特集 「シルクロード -絲綢之路ししゅうのみち-」(1980~81年放送)。

すごく雄大な、スケールの大きい番組で、その内容のほとんどは、子供なのでわからなかったんですけれど、それでもずっと見ていたんです。

画像 左:熊谷晋一郎さん 右:NHK特集 シルクロード 絲綢之路 1980~81年放送

全然知らない世界に子ども心がくすぐられるといいますか。こんな世界もあるんだと、圧倒されるような感覚があって。

テレビを見ている間だけ自由になれていたことを、今ちょっと思い出しましたね。

「ばくさんのかばん」はもうちょっと子ども的な目線で見ていたと思うんですけれど。
「ばくさん」という、とても特徴的なキャラクターがいまして。いつもドキドキするというか、次に何が始まるんだろうというワクワク感があったことを思い出しますね。

唯一無二の人生を丁寧に追いかける

Q:では、熊谷さんが思う「NHKらしさ」とはどういったものでしょうか?

そうですね。障害者だけじゃなく、さまざまなマイノリティーとされる人たちと、私が今いっしょに活動をしたり、研究をしたりしていることもあるから、このように思うのでしょうけれど……、

いろいろな人々の「生活」や「経験」を丹念に、取り上げてくださる部分に“らしさ”を感じます。

それはもしかしたら、「シルクロード」の番組にも通ずるものもあるのではと思います。
私たちが知らない世界の人の生活や思いを知ることで、「こんな人生もあるのか、そんな人生もあるんだ」と感じられますから。

ひとりひとりの唯一無二の人生を、丁寧に追いかけ、それを表現していくことは、私はすごく重要だと感じています。

今でも、「この道から脱線してしまったら、もう私の人生はおしまいだ」と、どうしても狭い世界だけで考えてしまいがちなことが多いように感じます。

けれど、どういう道を選んでもそこにはちゃんと先人たちがいるということを、小さいころからテレビを通じて感じられることはすごく大切なことだと思うんですよね。

差別は「十把一絡じっぱひとからげ」からくるもの

Q:では、NHKに足りないと感じること、もっとこうあるべきという意見はございますか?

そうですね。これは私自身の課題でもあるので、NHKに限定されるものではないと思うんですが…

今やはりSNSもそうですけれど、差別的な価値観というか、そういったものがどうしても可視化されやすいというか、むき出しの差別のようなものがあらわになることがしばしばあるように感じます。

差別的な価値観や態度が世の中に広がっていくと、普通に暮らすことさえ怖くなると思うんですね。世の中はこんなに私に対して差別的なのかと――。

そういったことを、マイノリティーの方たちやさまざまな攻撃を向けられた人たちが、いろいろなメディアを通じて見聞きすることで、世の中を怖がって身動きが取れなくなるということが起きやすくなっていると思うんですね。

そういうときに、メディアが持つ力ってすごく大きいなと思うんです。
そこで世の中にどういうメッセージを発信できるのかを考えると…、ひとりひとりの生き方を掘りさげることが大切だと思います。

画像 熊谷晋一郎さん:それぞれの生き方は粗っぽいくくりには収まらない

この世に生きている人々は、例えば「障害者」とか、そういう荒っぽいくくりには収まらない、唯一無二の、かけがえのない人生をみんな送っているんですよね。

おそらく差別というのは「十把一絡げ」からくるものだと思うんです。
よく知らない人たちのことを、一つのカテゴリーでくくってしまうところから、差別は始まっていくのかなと。

それをまずは解きほぐす。そして解きほぐした先にあるひとりひとりの人生に触れることで、初めて自分と同じだと感じられる面も見えてくると思うんです。

画像 熊谷晋一郎さん:唯一無二 かけがえのない人生 そこまで描き切ってほしい

そういったところまで、メディアでも描き切っていただきたいですね。SNSなどで攻撃をする人もされる人も、実は同じ部分を持っているんだよというような。

そんなメッセージを発信していただくことが、今すごく大切な局面にある気がします。

共通認識を改めるような発信を

もちろん限られた時間、予算のなかの制作でもありますから、わかりやすい断面で物事を切り取ってしまうこともあると思うんです。

ただそれがある種のステレオタイプを広く発信してしまうことになりかねない。

そして「ああいうカテゴリーの人って、こういう人なんだ」というメッセージは、差別的な価値観とすぐさま結びつくような発信になってしまうと思うんです。

さまざまな制約のなかでいろいろな発信がなされることは、仕方のない面もあるとはいえ、断片的な見せ方っていうものがあまりにも世の中に広くあふれています。

なのでせめてメディアでは、しっかりと長い人生の全貌に迫るような表現がすごく必要かなと思います。

また、みんなが共通認識しているとされることを前提に、発信していくことも大なり小なりあると思うんです。
けれどもその共通認識の中にこそ、差別的な観念の一部分も含まれているのではと思います。

その共通認識をひっくり返していけたらというと、ちょっと大げさかもしれませんが、共通認識を改めるような、あっと驚くようなリアリティーのあるものを見たいなと思います。

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差別的な価値観を抑止するためにも、メディアがひとりひとりの人生を深く掘り下げていくことの大切さを語ってくださった熊谷晋一郎さん。NHKへのメッセージ、ありがとうございました。

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