NHKスポーツアナウンサーが今伝えたい!「ブレイキン」ここに注目
当時小学生の私は、目を丸くして「すごい!!」とテレビに向かって叫んでいた。
映っていたのは、民放の番組で放送されていたブレイクダンス。
芸人の岡村隆史さんとゴリさんが、頭でクルクル回りながらダンスバトルを繰り広げていた。
あれから20年以上が経ったいま、ブレイクダンスは「ブレイキン」という名前で新しい時代を切り開く。
パリ五輪で唯一の新競技となり、日本はメダルが期待される強豪国になっていた。
私はNHKのアナウンサーとして、ダンスを愛する一人として、実況や特集企画を制作してきた。
ブレイキンは知れば知るほど奥が深く、面白い。
記事を読んだあと、パリ五輪を見たいと思ってもらえるよう、その魅力をふんだんに書き記す。
西川 典孝
2023年夏、私はニューヨークに向かった。
去年8月、私はバックパック1つでニューヨークに向かっていた。
羽田空港からJFK国際空港まで、飛行機でおよそ12時間。
拙い英語と精いっぱいのジェスチャーで入国審査を済ませ、エアトレインと地下鉄をなんとか乗り継ぐ。
グランドセントラル駅に着くと、大勢の観光客と大きな国旗が視界に飛び込んできた。
ちょうどこの日は大リーグ「エンジェルスvs.メッツ」の試合日で、大谷選手と千賀投手が初対決。
両選手のユニフォームを着た日本人の姿も多く見かけたが、私が向かう方向は、彼らとは違う。
-私はきょう、「ブレイキンの歴史」をこの目で見に来たのだ
野球熱よりも熱い気持ちで地下鉄に乗り換える。
マンハッタンを30分ほど北上し、
降りたのは静かな住宅街。
さらに歩くこと20分。
ついに目的のアパートが見えてきた。
ブレイキンの生まれた場所、「Hip Hop Blvd」。
-ここだ。この場所を肌で感じるために、私はここへ来たんだ。
写真を撮っていると、黒人のおじいさんに声をかけられた。
お礼を伝えてアパートの奥に進むと、スプレーアートを見つけた。
鉄格子があって、中には入れない。
それでも一番奥に、DJが使う「ターンテーブル」が描かれているのを発見した。
ふと、自分が放送で言ったコメントがフラッシュバックする。
「ブレイキンは、DJが音楽をかけてバトルがスタート!」
ここが、パリオリンピックにつながる始まりの地。
―ダンスが時代を変える、始まりの場所だ
「ダンスで人生が変わった瞬間」
改めまして、「サタデーウオッチ9」スポーツキャスターの西川典孝です。
ことしが入局12年目。大好きなスポーツ放送にさまざまな形で関わってきました。
NHK共催の「全日本ブレイキン選手権」では、2年連続で実況を担当しています。
実は私、趣味でダンスを続けて16年目です。
中学と高校は陸上部でしたが、厳しい練習を理由に途中で部活を辞めた経験があります。
―大学では、1つのことを逃げずにやり抜きたい
その時に出会ったのが、新入生歓迎会でのダンスでした。
100人以上がいっせいに踊る、迫力ある姿。
体格差があるメンバーはフォーメーションをうまく変えて、奥行きや立体感を演出。
そして、歌詞を口ずさみながら踊って見せる、さまざまな表情。
―かっこいい!
すぐに入部を決め、大学4年間はダンス漬けの日々。
ダンスは私にとって、「自由な自己表現」でした。
体の特徴や性格などが、ダンスの細部に表れて「個性」になる。
ことばを交わさなくても、体の動きや表情で「感情」を伝えられる。
ダンスの魅力を、世の中に広めたい。
これが、NHKを志望した理由の1つでした。
ダンスの魅力“コミュニケーション”
長野局で勤務していた2020年。
私は、長野のプロダンサーと一緒にダンスコーナーを企画します。
県内およそ20の学校を訪れてダンスの授業を展開。
その様子を自ら撮影・編集し、放送してきました。
これまで出会った2000人の小中学生たち。
その中で、中学生からもらった忘れられないことばがあります。
「人生が変わるきっかけになりました」
コロナ禍で体育祭と修学旅行が中止になった中学校。
卒業前に生徒たちの思い出を作ろうと、ダンス発表会の開催が決まっていました。
私たちは学校からオファーをもらい、毎週2時間ダンスを教えることに。
何度か学校を訪れているうちに、生徒から1通の手紙が届きました。
学校が発行する「学校便り」を読み、体育館に見学に来た彼女。
ちょこんと座りながらもじっと見つめる視線の先には、同じクラスの生徒たちがいました。
一生懸命踊る子や、少し恥ずかしそうな子。
もちろん、「ダンスが苦手」と抵抗があった生徒もたくさんいました。
それでも、振り付けをみんなで考えるうちに、クラスが少しずつまとまります。
2か月後の授業参観日。
体育館には生徒だけでなく、保護者も合わせて300人ほどが集まりました。
手紙をくれた彼女も、体育館に来ています。
発表は1クラスずつ。
オリジナルのダンスを発表して、どんどん盛り上がる生徒たち。
そして、彼女のクラスです。
…あれ?
先生も、保護者も、私も驚きました。
彼女が舞台に立っていたのです。
―音楽をかけて、ダンスがスタート!
途中で友達と顔を合わせ、リズミカルなステップ。
時々恥じらうような表情も見せますが、最後まで踊り切りました。
体育館に響く大きな拍手と歓声。
あとで聞くと、仲の良い友達とこっそり放課後にダンスの練習をしていたそう。
―「ダンスはコミュニケーション」
私の感じるダンスの魅力は、ここにあります。
「暴力ではない。ダンスで勝負だ!」
―感情をダンスにのせて伝える
これは、ブレイキンの歴史にも大きく関係しています。
ブレイキンの日本代表ヘッドコーチの石川勝之さんによると、
発祥は1970年代のニューヨーク・サウスブロンクス。
移民が多く住む貧困地域で、ギャング同士の暴力による縄張り争いが絶えなかったと言います。
その現状を変えようとしたのが、DJでもあったギャングのボス。
彼は若者たちのエネルギーを音楽や芸術に向け、暴力から更生させることを目指しました。
その方法の1つが、公園やストリートでの音楽パーティ。
モットーは、「平和」「団結」「愛」、そして「楽しむこと」でした。
つまり、「暴力ではなく、ダンスバトルなどで感情を発散させて、平和に決着をつけようぜ」。
これが、ブレイキンが生まれたきっかけだと言われています。
即興のダンスバトル「ブレイキン」
パリ五輪で行われるブレイキンは、1対1で争う採点競技です。
DJが音楽をかけてバトルがスタート。
ダンサーは先攻・後攻に分かれて踊ります。
ただ、DJが選曲する音楽は、事前に誰も知りません。
初めて知った方は、「え?」と思いますよね。
そう、ダンサーはその場でかかった音楽に合わせて、即興で踊っているのです。
実は、これにはちょっとしたコツがあります。
流れる音楽は「ブレイクビーツ」と呼ばれるジャンルの曲。
よく聞くと、スネアドラムやビートの音が一定のリズムで流れています。
ダンサーは、曲が流れた瞬間に首や足でビートを取り、リズムを把握。
私的には、この時のダンサーの表情や仕草、一気にスイッチが入った感じがとてもかっこいい。
ここからの踊りは、大きく4つに分かれます。
①「トップロック」
いわゆる、立ちの踊り。立った状態でステップを踏みます。
手を自由に動かせるので「自己表現」しやすく、奥が深い!
② しゃがんで足をさばく「フットワーク」
足の動きが止まらずに滑らかなほど、上手な選手です。
③ ブレイキンの華「パワームーブ」
背中や首、肩でクルクルと回ります。
④ ピタッと止まる「フリーズ」
パワームーブのあとに使われることが多く、「動→静」が分かりやすいほど、会場はわきます。
良いダンスがうまれたときはMCが煽り、会場の雰囲気は最高潮に盛り上がる。
盛り上がりに呼応するかのように、ダンサーもその場でアドリブを返していく。
まるで音で遊んでいるかのように見える。これはまさに、ライブパフォーマンスです。
日本代表ヘッドコーチが語る!
ブレイキンの楽しみ方
では、どうやって勝敗を決めるのか。
パリ五輪のジャッジは9人。
2人のダンサーを5つの項目で相対的に評価します。
採点競技の多くは、1つの技に得点がついていて、勝敗のポイントが分かりやすく存在します。
たとえば、体操では内村航平さんの「ブレッドシュナイダー」と「最後の着地」。
フィギュアスケートでは、羽生結弦さんの「4回転半ジャンプ」と「着氷」などのように。
でも、ブレイキンには、1つ1つの技に得点がついていません。
そこで5つの基準をもとにこんな風にジャッジします。
たとえば、頭で回る「ヘッドスピン」。
音楽に合っているか、手やつま先までのシルエットはきれいか、スピードはあるか、完成度は高いのか…。
みなさん、いかがですか。
「どう見ていいのか、難しい!」と思った方、私も正直にそう思います…!
ということで、日本代表ヘッドコーチの石川勝之さんのコメントがこちら!
“0”から作り上げた実況のカタチ
実は、ブレイキンの試合が放送されるようになったのは、2021年の東京五輪が終わってから。
それまで、テレビでブレイキンの中継はなかったので試行錯誤の連続でした。
勝負を分けるポイントは、上述の説明を丁寧にしないと分からない。
ただ、しゃべる量が多いと、流れている音楽が聞こえなくなってしまう。
けれど選手は即興で踊っているし、すごい技にはコメントをつけて紹介したい…。
うーーん、難しい!!!
どんな放送をすれば、ブレイキンの魅力が視聴者のみなさんに伝わって楽しんでもらえるのか。
私たちアナウンサーはディレクター陣とゼロから議論を重ね、「放送のカタチ」を作り上げてきました。
たどり着いた1つの答えは、「極限までコメントを減らし、分かってほしい魅力を1つに絞ること」です。
その一端を、今年2月に行われた全日本選手権から少しご紹介します。
まず、バトル直前に2人のダンサーの「基礎情報+踊りの特徴」を説明。
こうして特徴を印象付けて、バトル中は実況アナがその部分を中心に描写。
解説者は、その動きの評価や良かった点を分かりやすく解説します。
これを繰り返すことで、みなさんにダンサーの個性や特徴を覚えてもらうことを目指しました。
パリ五輪でも、NHKアナウンサーの実況とともにブレイキンを楽しんでいただけたらとてもうれしいです。
コレを知れば“通”
「言葉のないコミュニケーション」
最後に、これを知ればもっとパリ五輪を楽しめるというポイントをお伝えします。
それがバトル中に見られる、ダンサー同士の「コミュニケーション」です。
たとえばこちら。
「バイト」=「ほかのダンサーのオリジナル技を真似してるじゃん!」
両腕を上下にくっつけたり離したりする動作です。
「bite=かむ」から、「何度もかみつくして味がしない=二番煎じの技」という意味になります。
「リピート」=「同じ技、何回繰り返してるの?」
分かりやすく、片方の指で1、2…と数えます。
ブレイキンでは全く同じ技を繰り返すと、減点の対象です。
そして極めつきが…
試合前によくみられるこのポーズ。
「銃を使わないで戦う」=「ノーガン(No Gun)」の精神を表していると言われています。
みなさん、お気づきでしょうか。
ここまで私が書き記した、ブレイキンの歴史や魅力がすべてここにつながります。
「銃を捨てて、暴力ではなく、平和的にダンスバトルで決着をつけようぜ」
パリ オリンピック2024 ブレイキン放送予定
女子予選リーグ 9日午後10:50 BS8K
女子決勝など 10日午前2:50 BS8K
男子予選リーグ 10日午後10:50 総合
男子決勝など 11日午前2:50 BS8K
※中継予定・放送波などは随時変更する可能性があります