当たり前の放送であり続けるために “送受信技術”の仕事って?
はじめまして、札幌放送局広報の加藤です。
突然ですが、ふだん皆さんが見ているテレビの電波がどうやって届いているか、知っていますか?
テレビの電波は放送所から送信され、それを各家庭で受信することでテレビを見ることができます。
では、放送所はいったいどこにあるのでしょうか?
実は、放送所の多くは電波が障害物の影響を受けないように山の上など標高の高い場所に設置されています。
例えばこちら👇
北海道札幌市の手稲山にある放送所です。ご覧の通り、冬は風や雪などでかなり厳しい環境に……。
放送設備に異常が起きたら雪山を登って放送所に向かわなくてはなりませんし、積雪がアンテナに悪影響を及ぼしそうであれば除雪する必要があります。
こうした放送所の保守や整備を担当するのが「送受信技術」の仕事です。
私は2019年から4年間、函館放送局で勤務していました。
その時に、視聴者から「BS放送がうまく受信できない」というお問い合わせを受けたことがあります。パラボラアンテナが雪で覆われてしまうと、電波を受信できなくなることがあるのです。
愛知県出身の私は、入局するまで雪が降る地域に住んだことがなく、雪が電波の受信に影響するのだと初めて意識するようになりました。
そこで今回は、雪の多い地域でも安定した放送をお届けするために、送受信技術の担当者がどんな業務を行っているのか、入局5年目の竹田さんに聞いてみました。
1. 冬の過酷な点検作業
加藤:竹田さんはふだん放送設備の整備などを担当しているそうですが、具体的にはどんなことをしているんですか?
竹田:主に札幌の手稲山や室蘭の測量山にある放送所の設備の整備やメンテナンスを担当しています。
例えば、放送所の設備が古くなり更新の時期になった時に、放送が途切れないよう、年度を通じて計画的に作業を行うための管理をしています。
業者の方への発注や工事内容の調整、進捗状況を確認するため工事の立ち会いも行います。
また、工事後には月1回や年1回など定期的に点検を行っています。
放送所の機器は局内から遠隔で監視しているのですが、何かエラーが出た場合には、修理や交換のために標高1000m以上ある手稲山の放送所に登ることもありますよ。
加藤:冬でも手稲山に登るんですか?
竹田:雪がない時期は車で行けるのですが、雪が降るとスキー場のリフトに乗って、そこから20分ぐらい歩いて放送所まで行きます。
リフトが止まっているときは、山のふもとから約2時間かけて登ることもあります。
手稲山はスキー場があるので、ある程度雪も踏み固められていて歩きやすいのですが、ほかの山間部にある放送所の中には、もっと厳しい環境のところもあります。雪上車を使って現地まで行くこともあるんですよ。
※雪上車を使って放送所に行く様子はこちら
加藤:雪山を2時間歩いて登ることもあるんですね! 慣れていないと大変そうです…。
竹田:万が一のことがないように、放送所の保守点検を担当する職員は、プロの山岳ガイドによる雪山での訓練を受けています。
2日間にわたる訓練で、初日は座学。雪山の自然環境やどのような装備や食べ物が必要なのかなど、雪山を進むための基礎的な知識や注意点、生き残るための心構えなどを学びました。
知識を学んだうえで、2日目は実際に雪山に行き、新雪の中、スノーシュー(※)を履いて進んだり、さらには雪崩を想定した捜索救助の訓練を行いました。
※ スノーシュー:
雪の上を歩く時に、足が深く沈まないようにするための道具。
加藤:雪山に登るための訓練まで受けているんですね。体力作りはしているんですか?
竹田:特にしていないですね(笑)。
サイクリングが趣味なので、体力は結構あるほうだと思っていたのですが、訓練の時は本当に疲れました……。ふわふわした雪の上を歩いて山を登るのはかなり大変で、終わったあとの足腰の疲労感がすごかったです。
加藤:訓練が生かされたことはありますか?
竹田:実は、雪山に行ったのはこの訓練の時が初めて。スノーシューの使い方も初めて学びましたし、ラッセル(※)も初めて経験しました。
雪山の木の根元は空洞ができやすく、落とし穴みたいになっていて危険だということも訓練で初めて知りました。
先日、点検で雪山に行った時に木の根元を見てみると空洞があって、もし何も知らずに近づいていたら……と考えるとぞっとしました。
訓練を通じて、安全に放送所まで行くための知識を学ぶ大切さを改めて感じました。
※ラッセル:
雪の中をかき分けたり、雪を踏み固めて進むこと。
2. 時間との戦い!
2023年、手稲山の放送所の設備更新が行われました。
この放送所は、札幌市を含む道央圏約130万世帯に電波を届けています。
放送に影響がないように、設備の切り替え作業ができるのは放送が休止される間のわずかな時間! 緊迫感あふれる設備更新の裏側を教えてもらいました。
加藤:放送所の設備更新って、どんなことをするんですか?
竹田:総合テレビとEテレの送信機を新しいものに更新しました。
実はこの送信機、地デジが開局した2006年から約17年間も稼働し続けてきた設備だったんです。
送信機をまるごと更新するには、大きな機器を手稲山に搬入しなければなりませんし、新しい機器に合わせて建物を改修したり、電源設備を変えたりする必要があります。機器の入れ替えだけでなく、さまざまな変更が必要となるので、いろいろなことを想定しながらの工事でした。
加藤:大きな機器を手稲山までどうやって搬入したんですか?
竹田: 放送所までは中型トラックで輸送し、建物内への搬入にはクレーンを使いました。
一度にすべての機器を運び入れるのは困難なので、設備ごとに分け、工事の工程にあわせて複数回で実施しました。
加藤:切り替え作業は夜中に行ったんですよね?
竹田:午前1時~4時の放送休止の時間帯に、古い送信機から新しい送信機へ切り替え作業を行いました。
加藤:私たちが寝ている間に作業してくれているおかげで、朝、ニュースや朝ドラを見ることができるんですね。
竹田:そういうことになりますね(笑)。作業時間に制約があるので、放送開始に間に合うかどうかハラハラしました。
万が一想定していないエラーが起きたときは、エラーを解消して新しい送信機に切り替えるか、あるいはエラーの解消には時間がかかるので、新しい送信機に切り替えることをやめて古い送信機に戻すか、その場で判断が求められます。無事に工事が終わって、山頂から朝日を見ることができたときはとてもほっとしました。
あと、実は深夜にテレビをつけるとたまに流れているカラーバーは、映像や音声がきちんと送ることができているかを確認する試験信号なんです。
だからもしテレビでカラーバーや放送休止の画面を見かけたら、「技術職員が作業しているのかも」と想像してもらえたらうれしいですね。
こうして無事に大規模な工事を終えた手稲山放送所。
いったいどんな設備があるのか、その中身が気になります。
……ということで、ここからはふだんなかなか見ることのできない放送所の中を一部ご紹介!
まず、入ってすぐ目に入るこちらの大きな機械。何かわかりますか?
正解は……ディーゼル発電機!
停電時に備えて非常用自家発電装置も設置しています。
2018年の胆振東部地震で起きた大規模停電「ブラックアウト」の時も回り続けたんだとか。
続いてデジタルテレビ送信機。テレビ番組をご家庭に届けるための設備です。
さらに、こちらはFM送信機。FMラジオ放送を届けています。
デジタルテレビ送信機とFM送信機は、万が一1台が故障しても放送が途切れないように、それぞれ2台ずつ設置されています。ご紹介した以外にも放送所には機器がたくさんあり、年中無休で動いています。
さらに、放送所の外観には雪国ならではの工夫が……!
注目すべきは玄関の位置。冬の間は建物の半分が雪に埋まってしまうため、玄関を2階に設けています。
さらによーく見てみると、屋根の形がなんだかかまぼこみたいですよね?
実はこれ、積雪を考慮した形なんです。
冬は室内の機器が排出する熱を屋根裏に集めて、屋根に積もった雪をとかすシステムになっています。そのとけた雪が流れ落ちやすいようにかまぼこのような形をしています。
3. “当たり前”を支えるために
最後に、竹田さんに送受信技術の重要性と今後の目標を伺いました。
加藤:送受信技術は、まさに日々の放送を支える要の仕事なんですね。
竹田:NHKに入局する前は、放送の電波は常に出ているのが当たり前で、特に意識することもありませんでした。でも、放送所の保守や設備の更新に携わることで、放送の電波がどれぐらいの規模の設備からどういう仕組みで出ているのかを知り、それを維持する大切さを学びました。
設備のボタンを一つ押し間違えると、130万世帯のテレビが映らなくなる可能性があります。
送受信技術の仕事を担当するようになって、放送サービスを支えるためにはさまざまな作業を行っていると知りました。特に災害時などに情報が出せないと、NHKとしての役割が果たせません。常に放送を出し続けることの重要性を感じています。
加藤:竹田さんの今後の目標は何ですか?
竹田:送受信技術の分野で専門性を高めていきたいなと思っています。入局して5年目になりますが、まだまだわからないことが山ほどあります。
一つ一つの業務を行う過程で必要な知識を吸収し、立派な送受信技術者として独り立ちしていきたいと思います。
そして放送を途切れさせることなく、放送サービスに貢献したいです。
送受信技術の仕事の裏側、いかがでしたか?
安定した放送に欠かせない、地道な除雪作業や雪国ならではの設備、そして計画的な点検作業……。入局して7年が経ちますが、雪山を登るための訓練や深夜の更新作業など、実は私も今回初めて知ることばかりでした。
竹田さんの話を聞いて感じたのは、「絶対に放送を途切れさせない」という強い使命感。
テレビをつければいつでも放送が見られる、という当たり前のことを守り続けるために、送受信技術の職員たちはこの冬も山に登り、雪と闘っています。
もし深夜にカラーバーを見かけた時は、「あ、テレビの向こう側で作業しているんだな」と思い出していただけたらうれしいです。
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