「人間の生のありえなさ」を読んで

大谷大学の脇阪真弥による「私」という存在、そして、そこから「他者」へと開かれていく人間の生を論じた一冊。本書は、偶然というキーワードから「人間の生はありえない。これを感じさせるのは不幸だけだ」というシモーヌ・ヴェイユの言葉で指し示される状況を通して、人間という存在と世界を論じます。「私」という人間が「他人」と共にある、ということはどういうことなのか。また、「私」とは何なのか、ということを、田中美津の言葉や現代における遺伝子操作の問題などを題材に考えていきます。「かけがえのない私」が「たまたまの私」であるという不条理、世界が「このような」形で与えられるという偶然をどのように捉えるのか、ということを丁寧に描いていきます。この偶然が他人との出会いを開き、他者と共に生きる、ということを開いていくことを著者は示します。そして、アルコホーリクス・アノニマスの立ち上がりのエピソードから「ありのままの私」とは何なのか、ということを考察し、私と他者の出会いを鮮明に描出します。解消されない苦しみと自覚の矛盾を抱えたまま、自分の本当の姿に出会う、ということの意味を論じ、それが他者との出会いに繋がる姿を論じます。このような「私」を現代科学は、どのような状況においているのか、ということを、シモーヌ・ヴェイユのエピソードから浮き彫りにし、「人間の生はありえない」とは、どういう事態かを論じます。「不幸」という状況の「ありえなさ」を明確にし、では、私たちはどのように問いかけてくるのか、を著者は提示します。本書の問いは、誰もが納得できる答えのない問いであり、それゆえに考えることを放棄させる力を持ちます。それに対し、「祈る」ために留まることが大切なのではないか、と感じました。


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