市民が平和を創り出す ヨハン・ガルトゥング氏インタビュー(2004年)
2004年3月28日(日)、DEARは『平和を築く学習キャンペーン第2弾』の特別企画として、平和学の第一人者ヨハン・ガルトゥング氏を招いて、紛争の平和的解決方法を具体的に考えるための「トランセンド・ワークショップ」を開催した。80名を超える参加者は11のグループに分かれて、ガルトゥング氏の投げかける事例に基づいて紛争の転換方法を考えた(※1)。
ワークショップ終了後、ガルトゥング氏にトランセンドの役割、そして紛争の転換におけるNGOの役割について話を伺った。
トランセンドとは
佐渡友:まずは「トランセンド」という国際NGOと、そのアプローチについて伺いたいと思います。平和的手段によって紛争形態を換え、戦後復興や調停、紛争解決に至るまでの方法を身に付ける研修を実施していると伺っていますが、どのように実施されているのですか。
ガルトゥング:「トランセンド」は非暴力の創造的な方法―「トランセンド・メソッド」※1を提唱している国際NGOです。紛争を仲介・調停するワーカーを養成したり、このメソッドを広めるための教育活動を行っています。世界60カ国で展開しており、メンバーの40%は女性です。
今回のセミナーは、教育的手法で参加者が紛争という問題を通してトランセンドを学ぶためのものでした。学ぶ際に最も重要なことは、例題を真実に基づいて提供するということです。今回のワークショップでは、イラク人男性と女性の結婚問題を例題に取り上げました(※2)。今日の参加者は、一生この例題を思い出すと思いますし、この問題を思い出すことがそのほかの事を考える際の手引きとなるでしょう。
こうしたワークショップを、世界中で年に20回くらい行っています。今年は40回になるかもしれません。この次はアメリカに行って、アルカイダとワシントン間における和平についてワークショップを行います。他の団体や組織は反テロリズムや「テロに対する戦争」ということは言っていますが、アルカイダとワシントン間の和平に関して言っているのは唯一「トランセンド」だけです。もっと賛同してくれる団体があるとよいと思います。
佐渡友:「トランセンド・メソッド」はかなり実用的かつ科学的であると実感しました。政治学や国際政治論など社会科学の分野を専攻している研究者とはまったく違った感性だと思ったのですが、これは、あなたが元々、自然科学を専攻され、学位を持っていらっしゃるということに起因しているのでしょうか。
ガルトゥング:私は数学と社会学の博士号を持っています。確かに数学がこの「トランセンド・メソッド」の手法に何か影響を与えているかもしれません。数学というのはきわめて厳格で規律的な学問です。しかし一方で、これまでの数学で解決できないようなことが発生した場合、新しい数学を作り出すことによって解決方法を見つけることができるのです。「トランセンド・メソッド」はこのような、”新しい解決方法を提供する”という意味で、数学的な要素を含んでいるといえるでしょう。
佐渡友:ワークショップ中であなたは、非西欧的な価値観、たとえばヒンズーの文化、日本の文化などを導入されていましたね。あなたの著書にはポリネシア語の「ホーポノポノ」(曲がったものをまっすぐに直す)(※3)という概念が紛争解決の手法として引き合いに出されています。こうした非西欧的な文化や考え方を引用することには、どのような意味があるのでしょうか。
ガルトゥング:私は“世界市民”であって、西側やヨーロッパに縛り付けられてはいません。ひとつの文化になんでも必ず関係づけようとする人には落胆させられます。彼/彼女らはたいてい、自分たちの外側にいる人のことは理解しようとせず、自分の価値観でしか考えることができないにも関わらず、社会のグローバル化について堂々と語っていることが多いのです。彼らはこの広い世界に住む“世界市民”とはいえません。
NGOが市民社会を支える
佐渡友:私は、政策決定者や政治家こそがこのような「トランセンド」のワークショップに参加するべきだと思いました。
ガルトゥング:そういうこともしています。ルクセンブルグというとても小さな国では、外務省の全員に対してワークショップをしたこともあります。ルクセンブルグは当時EUの議長国でした。トランセンドの提供する20のすべてのプログラムに参加して、紛争問題について理解したことを運営に役立てたのです。このように、EUのなかでもとても興味を持っている政治家くれていますし、そういった政治家の中にはとても想像力豊かな人もいます。ただ単にプログラムの一環として受けている人たちもいますが・・・。一度、想像力豊かに物事を考えることができれば、その後の歴史もいい方向に変えることができるでしょう。
あなたは、このようなトレーニングが政治家にこそ必要だとおっしゃいましたが、私はちょっと違った考え方をしています。私は、市民社会をNGOの側から支えるという創造的なやりかたを形成しようとしています。日本の外務省はアメリカ一辺倒で偏っています。市民社会がオルタナティブな考え方を提供してくれると期待をしています。もし私に1週間与えていただければ、そのような人材をトレーニングすることが可能です。
ワークショップでも申し上げましたが、政治家は市民の反対運動に対してはまったく恐れることはありません。彼らが恐れるのは具体的な意味のある提案を出されることです。ですから、NGOは政府に対して具体的にかつ複数のアイデアを提案することが大事なのです。
佐渡友:DEARも開発教育を進めるNGOですが、政府とも連携して活動を行っています。市民活動と政府との関係で少しご意見をいただけますか。
ガルトゥング:私の哲学はシンプルです。私たちはみな、政府に対して対話をする準備をしておく必要があります。資金的に援助をしてもらうことは大変いいのですが、決して支配をされないこと。危険なのは、政府に依存してしまうことです。このような状況がさまざまな団体で起こってきたのを私は見てきています。決して政府を否定するということではなく、政府のやり方に固執をしないということです。それは、政府とは別の独立した収入がないと可能にはなりません。
佐渡友:最後にお聞きします。あなたの団体とDEARが協働してできることは何かありますでしょうか。
ガルトゥング:あなた方と協働していくことは大変喜ばしいことだと思っています。というのも、私たちの組織も平和と開発についてのネットワーク団体だからです。今日のような機会は私にとってとても興味深いものでした。なにより、人間の真の基本的ニーズを見つけようと挑戦をしている組織に出会うことができてとてもうれしいです。
佐渡友:本日はお忙しい中、ありがとうございました。
インタビューを終えて
ガルトゥング氏の講演は20年ほど前に伺ったことがあった。今回、ワークショップとインタビューを通じて強く印象に残ったことは、ガルトゥング氏が、単に平和を求める理想主義者ではないということだった。その手法が科学的で実践的であることはインタビューの中で私も指摘したが、予想以上に現実主義者であることに気がつかされた。
世界経済の構造や米国の世界戦略について語るとき、彼は現実的な分析をする。それは、彼が世界の紛争ひとつひとつについて、歴史をよく研究しているからであろう。歴史書やドキュメントを読むばかりでなく、実際に紛争の当事者からも直接、話を聞く機会も多いそうである。自然科学の思考方法を基礎として、歴史、文化から国際政治まで知的ストックを持ち世界を飛び回る実践家、というのが氏に対する私の感想である。■
ヨハン・ガルトゥング
1930年、ノルウェー生まれ。国際NGO「TRANSCEND」の共同代表。1959年オスロ国際平和研究所を創設する。「構造的暴力」の概念を軸にした平和学の研究者であり実践者である。世界各地の大学で平和学関係の客員教授を務める傍ら、国連機関を中心に国際紛争解決に向けたコンサルタントの仕事も多い。https://www.transcend.org
聞き手:佐渡友 哲(さどとも てつ)
日本大学法学部教授、DEAR理事。91~92年米国オハイオ州立大学客員研究員、99年英国オックスフォード大学難民研究センター特別研究員、秋田経済法科大学教授を経て現職。国際関係論が専門で、平和研究、難民研究などにも力を入れている。
※肩書はインタビュー当時(2004年)