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リベンジ・エンゼルスタジアム

【ロサンゼルス紀行#12】

行き先をエンゼルスタジアムに設定し、Uberを呼ぶ。運転手は年配の女性だった。白髪を束ねてハンドルを握る姿、なかなかイカしてる。しかし、彼女は今まで乗ったUberの中で、最もお喋りな運転手だった。ハイウェイが渋滞してなかなか進まず退屈だったのかもしれないが、「ここのアウトレットによく行くんだ」とか、そういう雑談をこちらの英語力などお構いなしで延々と続ける。ちょっと面倒だったが、こうした交流も貴重な経験である。私は聞かれたことを理解しようとするので精一杯だったが、夫は会話しようと果敢に挑んでいた。「Uberの仕事は一日に何人くらい乗せるのか?」と聞こうとして、「How many」と「How much」を間違え、「あんた一日にどんくらい稼いでますのん?」と前触れなく下世話になったりしていた。

「運転中はずっと音楽を聴いてる」と言って、白髪のマダムはスマホで好きな音楽を次々流した。ティナ・ターナーの『Wha's Love Got to Do wiht It』という曲が一番好きだと言う。ティナ・ターナーは亡くなったと教えてくれた。他にもいろんなのを流してくれたが、いかんせん洋楽に疎いので、おそらく有名なのであろうアーティストも「これ知ってる?」「知らない」となる。そんな我々に対し、彼女はついに「マイケルジャクソンは知ってる?」と聞いた。今思うとジョークだったのかもしれないが、それまで「知らない」しか答えられず気まずかったので、「知ってる!」と普通に喜んで答えてしまった。

しばらくすると、「好きな曲かけなよ!」と言われて後部座席にスマホが回ってきた。ちょうどVaundyにどハマりしていた夫が、『恋風邪にのせて』を流した。すると彼女は、「このアーティスト知ってる。前にロスに来てた」と言った。検索してみたが、Vaundyがロサンゼルスでライブをやったみたいな記録は見つけられなかった。

『怪獣の花唄』が流れると同時に、車も流れはじめた。Vaundyを聴きながら、ロサンゼルスのハイウェイを疾走している。なんだか妙に心地よくて、ああ、これで今日大谷を見れたら最高なんだけどな、と思いながら、移り変わる景色を見ていた。その間も白髪マダムはずっと何か話していた。球場の近くに、医療系サービスの会社の看板があって、おそらくエンゼルスのスポンサーなのだと思うが、有名選手であるマイク・トラウトの顔が看板に大きく載っていた。それを見た彼女が、「彼、死んだの?」と言ったので、私と夫は慌てて「いや、今は怪我で欠場しているだけ! 生きてる!」と否定したが、あれはそういうジョークだったに違いない。あとからじわじわ面白くなってきて、ブラックジョークに対応するスキルを持ち合わせていない自分を勿体なく思った。


前回よりかなり早めに着いたので、入場の列のほとんど先頭に並んだ。他の並んでいる人たちもやはり日本人だった。開場してすぐグッズ売り場に直行し、前回買いきれなかった家族へのお土産を追加で調達した。

トイレに行こうと思って一人で通路を歩いていると、向かい側から歩いてきた若い女性に突然声をかけられた。

「すみません、日本の方ですか? 飴か、ガム持ってませんか?」

持っていないと答えると去っていった。かなり謎である。少し慌てた様子だったのも気に掛かる。飲み物なら何かしらの緊急事態とも考えられそうだが、飴やガムを求めたのは一体なぜなのか。唾液をいっぱい出したいのか? いや、緊急で唾液が必要になる状況なんて切手を貼るくらいしか思いつかない。謎は深まるばかりだ。


スーパーの惣菜を持ち込むことでフードは安く済ませた我々だったが、ビールは持ち込みできなかったので、前回同様、一杯2,400円で購入した。どうしても野球観戦にビールは欠かせない。

試合前にスクリーンで流れる映像の中には、今シーズンの好プレーの他、選手同士の企画トークなんかもあった。スタッフがウォークマンを渡して、若い選手が「何これ? 何かのケース?」なんて反応をするのに対し、ベテラン選手が「え!? 知らないの!?」と驚く、みたいなVTRだった。ジェネレーションギャップを面白がる文化は万国共通らしい。

「もし、大谷が出ても出なくてもさ、メジャーリーグ観戦を楽しめばいいよね。」

夫と合言葉のように言い合った。今日もスタメンに大谷の名前はない。それでもとにかく、エンゼルスを応援する。それしかないし、本来それが正しい。なんと言っても、前回は大谷が欠場したのに加えて負け試合だった。今日は勝ってもらいたい。

スタジアムの雰囲気は最高

しかし、大谷やトラウト以外にも故障で主力選手が欠場しまくっているエンゼルス。この日もあまり冴えない野球だった。大谷が出場するとしたら代打なわけだが、そもそも代打を送るようなチャンスが訪れない。なんとかガーディアンズの攻撃も0に抑えていたが、7回に2点を先制される。これはもうダメかと思ったが、その裏で1点を返し、8回は両チーム無得点。9回表、四球とヒットでランナーが出て大ピンチのところを併殺で凌ぐ。

そして、9回裏。ヒットを繋いで繋いで同点に追いつき、最後はサヨナラタイムリーでエンゼルスは逆転勝ちした。我々は飛ぶように立ち上がって、夫は叫び、私は前回購入した応援グッズの猿を振り回した。この猿は「ラリー・モンキー」というマスコットキャラクターで、直訳すると「逆転猿」である。

逆転猿

正直、大谷のことは途中から諦めていた。日本で中継を観ている家族から、大谷はベンチにも姿が見えないらしいとLINEがきていたからだ。

私はフィールドに向けて、日本ハムファイターズのユニフォームを掲げた。背番号は11番。大谷翔平の日ハム時代のユニフォームである。これはロサンゼルスへ行く前に、北海道の母親から預かったものだ。前の球団のユニフォームを着ていくような無粋な真似など死んでもするつもりはなかったが、せっかくなので最後に出しておくことにした。いつも日本でエンゼルスの試合を観ていると、試合終了後もしばらくカメラが現地の様子を流す。そこで大谷を応援しにきた日本人の姿などがよく映し出されているので、日ハム時代から応援してきたのに大谷を観れなかった不憫なファンとして、せめてカメラに映ってやろうという半ばヤケクソの魂胆ありきの掲げであった。青と白のユニフォームは、チームカラー赤のエンゼルスタジアムの中では心細く見えた。しかし、このユニフォームが今ここ、ロサンゼルスにあるということは、北海道でずっと大谷を応援してきた私が、はるばるここまでやってきた、その証のようにも思えた。

しばらくそのまま感傷に浸っていると、係員のおっさんに「早く荷物をまとめろ!」的なことを叫ばれ、すごすごと帰り支度をした。母親に確認したところ、どうやら私のハム掲げはテレビに映らなかったらしい。残念なような、それでよかったような。

ハム掲げ


スタジアムを出て、Uberを呼びやすい近くのマクドナルドまで歩く。アナハイムの夜はロサンゼルスより格段に安全な雰囲気で、夜風が気持ち良い。

「単純に、野球観戦としてめちゃくちゃ楽しかった。」
「ほんと勝ってくれてよかった。」
「だってさ、これで負けてたらもっと落ち込んで帰国してたに違いないよ。」
「まあ大谷のおかげで、ディズニーランドにも行けたわけだしね。」
「そうだよ、ほんとそう。」

エンゼルスの逆転勝ちは、我々からポジティブな言葉を次々引き出した。こんなことを言ってはなんだが、今季のエンゼルスは勝つところを見れただけでも奇跡みたいなものである。大谷を見れなかった、それでも大満足、なんてことはやっぱり言えないが、最後にエンゼルスの勝ちを見たことで、ギリギリ首の皮一枚繋がったというか、その皮一枚が、今回の旅行で楽しかった沢山のことを、一手に丸ごと繋ぎ止めてくれたような感じだった。ものすごく重要な首の皮である。

広々とした歩道は奥側が芝になっていて、数メートルおきにスプリンクラーが設置されていた。そのスプリンクラーの届く範囲がおかしくて、歩いていると思い切り水が飛んでくる。「せっかく気分よく帰ろうとしてるのにさ、冷や水ぶっかけてくるじゃん」などと文句を言いながら、我々は日本と同じ「M」の看板を目指して夜道を歩いた。

いかれたスプリンクラー


翌朝、ホテルをチェックアウトした我々は、空港に行く前にスーパーに寄り、昨日も食べたセルフの惣菜を朝食にした。これがロサンゼルス最後の食事になるので、紙のボックスに惣菜を綺麗に詰め、オシャレな写真の一枚でも撮ってやるつもりだったのだが、ふと、そういえばこっちでドーナツを食べなかったな、と思い立ち、ガラス扉に陳列されていたドーナツを取ろうとしたら、手前の棚の上に一旦置いていた惣菜入りのボックスに扉がぶつかって、惣菜は敢えなく落下。蓋はしっかり閉じていたので無事は無事だが、シェイクされた中身は映えから最も遠い姿となっていた。

スーパーの前に置かれたベンチに座って、それらを食べる。見た目はアレだが、味は美味しかった。一方、ドーナツはどうやらヴィーガン仕様だったらしく、かなり苦手な味で、食べ切るのが大変だった。

映えないデリ

空港まで乗ったUberの運転手は若い女性で、運転席と助手席の背もたれにロックTを着せていた。いろんな人の車に乗れるという点でも、このUberという仕組みは面白い。車内はラジオが流れていて、知らないDJが知らない曲を聞き取れない英語で紹介していた。カーナビの画面には「FM102.7」と表示されていた。私はなんとなくその周波数を覚えておきたい気持ちになって、スマホにメモを残した。

空港で搭乗を待っていると、待合スペースの近くに「ランディーズドーナツ」というロサンゼルス近郊で有名なドーナツチェーンがあった。さっきのヴィーガン仕様のドーナツでは正直不完全燃焼だったので、最後にめちゃくちゃアメリカっぽいものを食べてやろうと思い、ピンク色の何かがコーティングされた鮮やかにもほどがあるドーナツを購入した。これが想像していた10倍甘ったるい。滞在中スイーツ系はほとんど食べなかったので、最後の最後にアメリカンスイーツの洗礼を浴びる形となった。甘さで舌がぶっ壊れそうだったので、やむなくピンクの部分を半分くらい剥がして食べた。これがロサンゼルスの後味になるとは、何ともトホホな結末である。

鮮やかにもほどがある

飛行機の中では、『アメリカン・スナイパー』を観た。行きに観なくてよかったかもしれない。なんだかうまく眠れず、そのあとも映画を2本観た。

羽田空港に到着し、日本語が飛び交っていることに安堵した。しかし、預け荷物を待っていると、「Excuse me」と急に女性に話しかけられた。海外からの旅行者らしい。スマホで和訳した文章を見せてくる。日本に戻ってきた途端に何事だ? と身構えながら覗く。

「そのドレスはどこで買いましたか?」

その日は黒いワンピースを着ていた。私が首の後ろをめくってブランドのタグを見せると、女性はブランド名を口頭確認した。そして「東京に店があるのか?」というようなことを英語で質問してきたので、私は「東京に店がいくつかある」というようなことを怪しい英語で返した。女性は「Thank you!」と言って去っていた。同じ英語の会話でも、場所が日本なら私にも分があるというか、現地人であることの優位性というか、ロサンゼルスにいたときより堂々と話せた。まあそれは当たり前というか、そうならざるを得ない訳だが、国際的内弁慶な自分を突きつけられたようで、ちょっと情けない気分になった。

警察犬が巡回していた。私が「あの犬、ロサンゼルスのバスに連れてったらヤバいことなるね」と言ったら、夫も「確かに」とニヤけた。バスに充満していたあの大麻(と思われる)匂いが、もうすでに懐かしかった。


ロサンゼルスに行くなんて、これが最初で最後だと思っていた。でも帰国後、夫は「またロサンゼルス行きたーい」と事あるごとに言う。ディズニーランドが相当気に入ったらしい。

私は旅行に関して貧乏性で、同じ旅行先に何度も行くなんて勿体無い、とずっと思ってきたが、そうか、別にもう一回行ってもいいのか、と最近は改心しつつある。楽しかった場所には、何度でも行けばいい。だって、大谷は今年ドジャースに移籍した。今度はドジャースタジアムに行けばいい。

大谷は今日も溌剌と野球をやっている。とりあえず貯金と運が貯まるまでは、その姿をテレビで観ながら、私は自分の生活を、人生を、打ち返していくほかない。




完。

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長瀬ほのか
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