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畑をもっと身近に―沖縄県・山パ農園さんを取材して


はじめに


突然ですが、皆さんは畑へ行ったことはありますか?

「幼少期に連れていってもらった記憶はあるものの、
大きくなってから意識的に行ったことはない」
という人が結構多いのではないかと予想します。

今回この記事を書いている私もその一人で、
普段野菜や果物を口にしながらも、
それらを生み出す畑や農業、農家に対してはどこか遠い存在のように感じていました。

このような中、沖縄で生産業に携わる人々を特集したタブロイド紙
『D design travel 沖縄 ニッポンフードシフト特別編集号』の作成へ学生編集員として参加しました。

そして、農家さんへの取材を通して、私と畑との距離感はこれまでよりグッと縮まりました。

この記事では、取材先である「山パ農園」さんを訪れたときのことを皆さんに共有できたらと思います。ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。


山パ農園について

山パ農園は、沖縄県本部町で福井慎吾さんとそのパートナー・由布子さんが中心となって経営する農場です。

「おいしい、うれしい」をモットーに、パイナップルやパッションフルーツ、シークヮーサー、季節の野菜などを化学肥料や農薬に頼らず育てています。

また、畑にヤギを飼うことで、畑の雑草を食べてもらいその糞尿を肥料として活用する循環型農業も実践しています。

兵庫県出身である福井さんは、過去に飲食業や鮮魚商、陶芸に従事。
その間農業は未経験でしたが、
子どもの誕生をきっかけに「子どもたちに安全なものを食べさせたい」と思い、
沖縄で農業を始めることを決めたそうです。


ヤギ!!遊び場!?畑で映画!??

・果樹類を実験的に育てる「遊び場」

私たちがまず訪れたのは、青空の広がる開けた畑です。
畑に入るとすぐヤギたちが迎えてくれました。

取材時の天候は晴れ。
夏場だったので、少しの滞在で汗だくになった思い出。
左は母ヤギ。右の三頭は、2021年に生まれた小ヤギ達
傾斜のついた板から糞尿が転がっていく仕組み

ここは、果樹類を実験的に育てる「遊び場」だそうで、
所々にイチジクやグレープフルーツ、びわ、ナツメ、葡萄、波羅蜜などの苗が植わっています。
どれもあまり沖縄で栽培されているイメージがなかったので驚きました。

一番元気だというイチジク

・やんばるにシアターを

また、私たちが畑に到着した時、何やら大きな白い布を
木枠に張っていた福井さん。
訊くと、翌日行われる畑での映画上映に向け、スクリーンを作っているとのことでした。
実は、山パ農園のある沖縄島北部地域には映画館や劇場がなく、子供たちはなかなか大きな画面で映画を観る機会がありません。
そこで、子供たちにも映画鑑賞の機会を与えたいという思いから始めたのが、
畑での映画上映「パル・シアター」なのだそうです。

上映に向けスクリーンを張る。木枠も地元大工さんによる手作り。
パル・シアターの様子。
開放的な星空の下、来場者には農園で作られたパイナップルも振る舞われました。
周囲からは時折、ヤギやコノハズクの鳴き声が聞こえてきます

畑と映画、とは一見意外な組み合わせに思えます。
しかし、考えてみると、畑とは本来作物を育てるだけでなく、
人々が集い会話する「空間」としての役割も持っていたはずです。

たとえば、日本には多くの祭祀儀礼が残っていますが、
その多くが収穫を感謝あるいは祈るものであり、その根本には農耕があります。
かつて日本の人々の大半が農民であった頃、
農耕は村という共同体や祭祀儀礼といった人々の生活と結びついていて、
畑は今よりもっと身近だったでしょう。

映画の上映やオープンファームを通して畑へ足を運んでもらおうという福井さんの試みは、
このような人と畑との本来あるべき距離感を取り戻そうとしているようにも感じられます。
畑で映画という衝撃から、「空間」としての畑について考えさせられる経験でした。

・中量中品目という術

そして、「遊び場」の隣にはパッションフルーツを育てるビニールハウスがありました。
パッションフルーツ、パイナップル、シークヮーサー…と、
このように野菜や果物をいろいろな品目育てることで、一年間を通して収穫物があるようにしているのだそうです。
お客さん離れと収入の不安定を防ぐための農家さんの知恵が詰まっていると感じました。

ハウスで栽培されているパッションフルーツ

ビニールハウスの前にはグアバの木があり、良い香りが充満しています。
福井さんが地域の方に「取って食べていっていいよ」と話したところ、
皆さん通りすがりに食べていくのだそうで、その光景を想像すると微笑ましくなりました。

地域の方が通りがけにつまんでいくというグアバの実。
沖縄では「バンシルー」とも呼ばれます

農業の継承の場

次に訪れたのは、山中にある森のような畑です。
ここでは、シークヮーサーを栽培しています。

この畑は元々別の方のものでしたが、高齢になり管理が難しくなってしまったことから福井さんが譲り受けたのだそうです。
そして、この畑で現在は新規就農者と共にコーヒーの栽培も行っているといい、
農業の継承の場になっていると感じました。


生業と務め

取材をする中で見えてきたのは、福井さんが持つ「生業と務め」の感覚です。

兵庫県から移住してきた福井さん。
沖縄という地で農業を始めるにあたり最も優先したのが地域に馴染むことだったといいます。
そのために地域のボランティアや行事へ参加を重ね、堅実に人の繋がりを広げてきました。

地域で農業をしていく「生業」。
それに対して、今度は福井さんが
農業委員での活動や新規就農者の援助、子どもたちへの映画上映を
「務め」として地域に返す。

この「生業と務め」の姿勢が、山パ農園を地域に根付かせているのだと感じました。


取材を経ての私の変化

・つながりを意識するようになった

私たちが普段食材を購入するとき、中々生産者の顔や人柄まで知る機会がありません。

しかし、今回の取材を経てすっかり福井さん推しになった私は、
山パ農園の野菜を見かける度、実際に食べる度、
福井さんの顔が思い浮かぶようになりました。
作り手の顔が見えづらい大量生産・消費の現代で、
「いただきます」の向かう先が一つ具体的になったというのは嬉しいことです。

当たり前ことですが、
全ての食材には、私たちの手元に来るまでに沢山の人の手が加わっています。
そのつながりに対する想像力を養っていきたいと感じます。

・コンポストを作った

フェルトで手作りしたコンポスト

手間と愛情をかけて作られた野菜や果物。
できるならそれを皮や種まで活用したい、と友人とコンポスト作りに挑戦しました。

まだまだ初心者で分からないことばかりですが、
土をかき混ぜている時の感触や芳ばしい香りは、
日常のあれこれを忘れさせ私を無の状態にしてくれます。

農家のお仕事が土作りに始まるように、
私たちの生活を形作るその原点の部分には土の存在があるのだと、
土がもたらす豊かさに気づくことができました。


おわりに

私たちの生活と食は切り離すことができません。
だから、私たちにはもっと農業について意識する機会があってもいいはずです。

今回の取材で、私は畑に行き生産者と会ってその人柄を知るという機会を得ました。
そして、それが日常生活を送るうえでの感覚にも変化を与えました。

私のような人が少しずつ増え、生産者と消費者との距離が今よりもっと近づけば良いなと思います。