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【佐藤一斎】一燈を頼め

私がこのことば

一燈を提げて暗夜を行く。
暗夜を憂うること勿れ。
ただ一燈を頼め。


を知ったのは、

読ませて頂いている

『歴史通は人間通』

発行所 株式会社育鵬社
著者 渡部昇一
2013年7月10日 初版第1刷発行

の136ページに

『すごく「頭のいい人」の生活術』(三笠書房)

と掲載されていたからです。


4つのうちのどこに収録されたことばなのか

調べてみると、

この言葉の意味は、
「永い人生のうちには、暗い夜道を歩くようなこともある。
しかし、ひとつの提灯を提げていけば、
いかに暗くとも心配することはない。
その一灯を信じて歩むほかはない。」
との意です。

実は、似た言葉は孔子も『論語』の中に残しています。最後にその一節を紹介します。

「子曰わく、賜や、女予れを以て多く学びてこれを識る者と為すか。対えて曰わく、然り、非なるか。曰わく、非なり。予れは一以てこれを貫く。」(出典:『論語』衛霊公第十五の三)

「孔子がおっしゃった。『子貢(弟子の一人)よ、お前は私が多くを学んでそれらすべてを理解しているとでも思っているのか?』すると子貢は、『はい、思っております。違うのですか?』と答えた。すると孔子は、 『違う。私はただ一つの事を貫いているだけなのだ。』とおっしゃいました。」のとの意です。

株式会社小宮コンサルタンツ

「言志晩録」の第十三条に収められている言葉です。

人生には暗い夜道を歩くようなときもある。
そんなときも、志を提灯として掲げていれば心配はない。
その灯を信じていけ。

とても勇気が出る言葉です。

最澄の言葉と言われる
「一燈照隅 萬燈照国」
と相まって、僕にとっての言葉のごちそうとなりました。

「只だ一燈を頼め」 〜『言志四録』より

こちらでようやく「言志晩録」の第十三条

と教えて頂きましたので、

〔訳文〕 暗い夜路を行く場合、
一張の提灯をさげて行くならば、
如何に暗くとも心配するな。
ただその一つの提灯を頼んで行けばよいのだ。

〔付記〕ここで暗夜というのは
お先き真暗な人生行路をいっているのであり、
一燈とは自己の堅忍不抜の向上心ではなかろうか。
次に関連する話題を提供しておこう。

『その一』秘尊の最後の近いことを知らされて、
侍者の阿難尊者は悲しみながら
「わが師よ、師のなき後、
われわれは何を頼りにしたら窮しいのでしょうか」
とお伺いした。
それに答えて釈尊はこう教えられたのであった。
「アーナンダよ、
汝自らを燈火とし、汝自らを依り所とせよ。
他を依り所とするな。
真理を燈火とし、真理を依り所とせよ。
他を依り所とするな」
このことを法句経(一六〇)は次のように歌っている。
"おのれこそ おのれのよるべ
他の誰に 頼られようぞ
よく調えられし おのれこそ
まこと得難き よるべなれ"

『その二』西田幾多郎博士の日記に次のように書いたものが、
「一生下級の教師に甘んじて厚く道を養い深く学を研む。
断じて余事を顧みず(多く成さんと欲せば一に専ならず)。
事務などやるものでない。
 名利の念是れ吾心を乱し吾事を妨ぐの仇敵、
道もこれが為めに為らず学もこれが為に浅し。
急がば廻れ。功を成すに急なる者は大事を成す能わず。
 大丈夫事を成す只自己の独立之れ恃む。
決して他人の力をからず。衝宜の地位を求めず」
(明治三十五年日記より)
 明治三十五年といえば博士三十二歳の時である。
わが国最初の独創的哲学を樹立した博士の心構えは
実に立派なものであったのだなあと感嘆の声を発せざるを得ない。

『その三』もう一つ痛烈なことばを挙げておこう。
「人、城を頼らば、
城、人を捨てん。」織田信長
まことに、信長らしく、勇ましい。

『言志四録(三)言志晩録』
佐藤一斎著 川上正光全訳注
講談社学術文庫

こちらを見てみると

このように掲載されていました。


160偈を見てみると

380偈と同趣意。

『ダンマパダ ブッダ 真理の言葉』
今枝由郎訳 光文社 古典新訳 文庫

こちらには

このように掲載されていました。

三八〇
おのれこそ おのれの救主(あるじ)
おのれこそ おのれの帰依(よるべ)
されば まこと 商侶(あきゅうど)の
良(よ)き馬を ととのうるがごとく
おのれを制(ととの)えよ

『法句経』
友松圓諦訳 講談社学術文庫


どんどん広がりますね。


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