そば。
年越しそばを食べましたか?
12月31日、夜遅くに食事をすることをおそらく1年の間で唯一許せる日。
年越しそばという大義名分がある故、誰にも非難されないし、何より自分が優しくできる。
今年のそばは更科蕎麦。白くて細いそうめんのようなそば。麺を麺で例えるのはいささか失礼な感じがするが、そうめんのような冷や麦のようなそばである。
先日手に入れた小さめのフライパンでそばを茹でていると、声がした。
「なんだ、また年越しそばなんてやるのか。お前は行事が嫌いだのなんだの言いながらクリスマスも年越しそばもしっかりやるよな。年を跨ぐと言ったって昨日と今日と明日で何かが変わるわけでも無いし、お前にとっての節目でもないだろう。なんでそんなのに参加する?」
「そうだね、その通りだよ。君の言うとおりだ。」
「暦なんてもんは外の人間が決めたもんだろう。己じゃない誰かが決めたルールに意味もなく従うのが嫌いだってお前言ってなかったか?」
「外の人間が決めていて、生まれる前からあった社会で生きているんだからそこに文句を言ったって仕方がないんだよ。」
「でたよ、仕方がない。俺の辞書には解決能力のない間抜けが使う言葉だって書いてあるぞその言葉。」
仕方がない。昔は嫌いだったこの言葉を頻繁に使うようになった。見通しが立つ分諦めも早く、面倒くささから逃げるために抗うことをやめると、読めて書けるだけだったこの言葉に意味がくっついて使えるようになった。
「とはいえ、そばを作るかどうか、食べるかどうかなんてお前の選択次第じゃないか。好きにすればいい。誰に見られているわけでも無いんだから。」
「まあそりゃそうなんだけど、小腹が空いたし。君だってそばが好きだろ?」
「まあな、そば好きは否定しないな。俺はどっちかっていうと太目でざく切りの板そばとかって言われる類のやつのブツブツ切れる十割そばが好きだけどな。」
「僕だってそうさ。グレーがかったあのそばの方が好きだよ。変わらずね。」
鍋はグツグツ、ブクブク音を立て、麺はゆらりゆらりと踊っている。あふれないように、こぼれないように、箸で撫でるようにかきまぜる。
「不思議だよな。」
「なにが?」
「お前、俺のこと好きだろ?」
「うーん、まあ好きっちゃあ好きだな。」
「でもよ、俺やもう少し前の俺や、そのまた昔の俺をぜーんぶひっくるめてできているお前自身のことは嫌いなんだよな?」
「嫌いだね。点でみたときの君らの考え方は面白いなと思うけど、やったこと、やってきたことに関しては思い返すだけで気持ちが悪くなる。君らのことを考える時はなんというか、他人として、そういう考えもあるんだなとか、そう考えるんだなって見ることが出来る。けどそのときそのときでやったことを全て持っているのは僕自身だ。だから嫌い。」
「つまりあれか、お前と話している俺は経験以外の部分で、事実や事象とは切り離した存在だから受け入れられるけど、実際に起きたことがらとそれに付随する記憶は受け入れられないって感じか。」
「まあなんか難しいけどそんなとこだね。」
3分経ち、そばが茹で上がった。
「これ飲めんのか?」
「十割って書いてたからね、大丈夫。」
「じゃあ流すなよ?箸ですくえ、箸で。」
「そりゃそうでしょ。なんならそばよりもこっちがメインなんだから。」
鍋から面をざるにあげ、水でしめる。残ったゆで汁はマグカップへとうつした。
「お前さ、年越しそばはいっつも温そばにするじゃん?えび天のせて。」
「するね。でも今年は天ぷらを用意していない。」
「じゃあざるにしない?俺ざるの方が好きなんだよ。今年はざるにしてみようぜ。」
「ちょっとそうしようかなと思ってた。そばつゆ、めんみだけどね。」
「めんみかよ。また甘いのを選んだな。ミーハーか?ステレオタイプか?」
「そこに属したいなっていう気持ちがあって選んだ部分があったのは否定できないな。」
そばは台所で立ったまま食った。時折りそば湯を挟みながら一気に食べた。
「お前さ、今年どうだった?」
「つまんない質問だなあ。今年?うーん、仕事もやめなかったし、コロナで街が幾分か静かだから過ごしやすかったし、あとプロジェクター買ったし。まあまあだったんじゃないかな。」
「そうか、まあまあか!よかったな!まあまあだったって言えるようになってよかったな!」
彼は嬉しそうに肩をバンバンと叩いた。
「君が背負った借金はまだ返済中だし、気持ちの弱さからギャンブルに手を出すこともまだあるけどね。嫌なこともあるし、心の弱さも変わっていないけど、嫌なことにも自分が弱いことにも慣れてきたよ。」
「そうか、そういうもんか。どうせまだしばらく生きてるもんな。」
「お前、来年どう思うんだろうな。来年のお前は今年のお前のことどう思うんだろ。好きなんだろうか。」
「今までの傾向からいくとそうなるね。」
「それって矛盾だよな。」
「矛盾なようで、矛盾じゃないようで?」
「でも来年のお前は、自分自身のことを嫌いなんだろうか。」
「嫌いだろうね、間違いなく。」
「まあそうだよな。」
「さて、そばも食ったしそろそろ消えるか。」
「あらもうか。もう少し話したかったな。」
「俺もそうしたいけど、そうもいかないんだよな、これが。出し入れの自由が利かないっていうのが不思議なところで。」
「ほんとそれよな。」
「まあ、また出てきたら喋ろうじゃないの。いつでもいることはいるんだから。」
「そうね、そうしよう。楽しかった、ありがとね。」
「はいよ。ほんじゃ、また。」
彼と話し終え、ひとまず食器を洗った。
昨日の飲み会の残りのリンゴジュースを注いで、久々にパソコンの電源を入れた。なんとなく彼との会話を書き残したい気持ちになった。
「アレクサ、夜のジャズかけて。」
さて、記事タイトルをどうしようか。
「まあここでつまずきたくないし、適当でいいか仕方ない。」
ヘッダーの画像を探しに行ってから、記事のタイトルを入力した。
『そば』