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眠れなくなる夜もあっていい。

昔は夜でもコーヒーを飲んでいた。毎日7杯も8杯も飲んでいたので少しくらいカフェインが入ったところで眠れなくなるようなことはなかった。
気に入ったコーヒー屋で豆を買い、朝、晩、寝る前とコーヒーを淹れた。外で飲むコーヒーと違い、気持ちの切り替えや集中力のアップのような生産的な理由はなく、ただただ好きなものに浸りリラックスする時間としてコーヒーを楽しんだ。

冬のコーヒーが特に好きだ。ベランダがある家ではベランダで、ブランケットを肩に巻いてコーヒーを飲んだ。ある時はマグカップに、ある時はタンブラーに入れて、できるだけ野暮ったい格好をして外に出た。キンと張りつめた薄い冷たさとグレーの空を見ながら飲むコーヒーは格別に美味かった。熱いコーヒーを飲み、真っ白な息を吐く。ふぅと一息ついたあと、吸う空気の冷たさにまた心地よさを感じた。

コーヒーに関するうんちくは恥ずかしながらほとんど知らない。どこで生産されどんな流通経路で、どれだけ高価でどれだけの栄養があるか。興味がないといえばそんなことはないし、全く知らないといえば嘘にはなるが、香りが好きで味が好きだというだけで楽しんでいる僕にはあまり刺さる話題ではない。焙煎の仕方や淹れる温度で味は変わるのだから、産地だけでどうこう言えるものでもないのだと認識して以来、販売者が提示する味の特徴グラフだけを頼りに選ぶようにしている。

今年に入って、ドリッパーを新調した。3年ほど前に、実家から持ってきた陶器のドリッパーを割って以来どうにも買う気になれなくて百均のプラスチックのドリッパーを使っていた。もちろん十分美味しく飲めたのだが、コーヒーが好きだと言っていながらドリッパーが百均だとどうにも格好つかないなと、誰に見られるでもないのに意識していた。
丁度いいタイミングで目に入ったボンマックのドリッパーは陶器であり未だ使ったことのないひとつ穴式だった。我が家のコーヒーミルがボンマック製なのもあって、メーカーを揃えてみるのもいいかもなと購入に至った。
実際、使ってみると味が全く違った。これはこのドリッパーに限らず、金属ドリッパーでもプレスでも同じことを感じるが、元々持っていた陶器の三つ穴ドリッパーから百均のドリッパーに変えたときはここまで感じなかったのだ。つまるところ抽出方法の違いだろう。運良く自分の舌が味蕾を叩いて喜ぶような器具に出会えたのだ。

コーヒーには良くも悪くもカフェインが含まれている。カフェインレスコーヒーがあるじゃないかと言われるとその通りだし、カフェインレスコーヒーの中にも美味しいものがあることは知っている。それでも気軽に気になったコーヒー豆を買おうとすると毎回カフェインレスを選んではいられない。
それでどうなるかと言うと、やっぱり眠れなくなる。耐性が出来ているとか言いつつもなんだかんだ眠れなくなる。寝起きはめっちゃ良くなるんだけどやっぱり寝つきが悪いと気分が悪い。
飲み会と一緒。行く前の気持ちしか覚えていないから酔う前の気持ちが最悪だとどれだけ楽しんでいても最悪な気分にしかならない。最初というのはとても大事。

とはいえ、コーヒーを飲んだ時の幸福感は何にも代えられないものがある。夜の少し冷えた空の下で飲むコーヒーの幸福感、オレンジ色の光の中で本を読んだり書き物をしながら飲むコーヒーの幸福感たるや。何度でも味わいたくなる中毒感がある。

とはいえ、純然たる幸せというのは健康の下に成り立つものだというのが僕の哲学だ。ぐっすりと気持ちいい睡眠が取れている環境でしか味わえない幸福感というのはある。

「コーヒーは嗜好品ですから。」

コーヒーは嗜好品だ。当たり前の話のようだが、たったこの一言で何故だか涙が出そうになって、早めに話を切り上げて外に出た。

コーヒーにハマっているフリをしている。
事実、コーヒーは好きで毎日何杯も飲む。家でも淹れたくて器具も揃えた。どうせなら長く、どうせならオシャレに使えるようにと一つ一つ選んで買い揃えた。

そんなに収集癖も研究癖もないのに、最近は誘われるがままに高いコーヒーを飲み始めていた。元々は、ただ家で飲むコーヒーが美味しくなればいい。店で飲むより安く済むし毎回外に出たくはないから家で美味しく淹れられるようになろう。その程度だった。

珍しいコーヒーやとてつもなく美味しいコーヒーに出会う時もある。それが欲しくて色んな豆屋、コーヒー屋を渡り歩いたりもする。
けれどもふと立ち止まって考える。飲みたかったコーヒーってどれだったかな、と。
浅煎りの香り高い豆の方が色々な特色がわかるから楽しい、面白い。けれども好きなのはこれだったかな。

コーヒーはあくまで嗜好品。何故飲んでいるのかに立ち返る。美味しくてホッとするあの感じが好きだからだ。だから僕はコーヒーを飲む。
ちょっと高いなと思ったり、ちょっと遠いなと思ったり、顔をひきつらせながら注文するコーヒーはあまり美味しく感じない。
家で少しは測りつつも、大体の時間と大体の湯量と、大体の温度で入れるコーヒーの方が落ち着くような気もする。

こだわってグラスを買ってみたけど、実は普通のマグカップで飲んだ方が気分がいい時もある。コーヒーはあくまで嗜好品。人に流される情報に従うのではなく、自分が好きなものを好きなだけ飲み続ければいい。

そう思ってから、我が家には常に中深煎りのマンデリンを用意するようになった。グアリロバのゲイシャも美味しいけれど、マンデリンの安心感は代え難いものがある。

旅行を終えて帰宅して2種類の豆を焙煎した。
・コロンビア エルパライソ農園 ライチ
・インドネシア マンデリン ビンタンリマ
焼いてから飲むまで1週間寝かせるのが我が家のルール。
自分で焼くようになって、トータルで見ると出費は減ったが1度に出ていくお金はでかい。
今年は基本に立ち返り、好きなものだけをたっぷりと味わう、そんな生活がしたい。
嗜好品を嗜好品として楽しめるワガママさこそが人生を豊かにしてくれる気がするから。

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