[レポート]ニュートラの学校 特別編 「道具と伝承」
今年度10回シリーズで企画した「ニュートラの学校」では、福祉について考えるプログラムAと、これからの伝統を考えるプログラムBとの2つに分けて、福祉と伝統のものづくりの可能性について考える機会を設けてきました。12月21日には追加の特別編を「ニュートラ展 in 京都」にあわせて開催しました。
伝統のものづくりの課題として、つくり手となる職人の高齢化など担い手として技術を受け継ぐ人の減少があげられることがあります。さらに、人だけではなく、社会や自然環境の変化などからものをつくるときに欠かすことができない道具や材料なども失われつつある現状があります。これに対し、道具や材料、それを使う人をどう補い、また新しくとらえなおすことができるのでしょうか。伝統のものづくりの中の道具や素材、人、それをとりまく社会や環境の変化について研究なさっている塩瀬隆之さんをお招きし、近年の事例をまじえてお話を伺いました。
冒頭に、塩瀬さんは道具・環境・暮らしの3つのキーワードを挙げ今日の結論を述べられました。
・道具を残すには、環境と暮らしを残さなければならない
・暮らしと環境を変えるならば、道具も変えなければならない
その後に続くお話を抜き出し、以下にご紹介します。ぜひご覧ください。
道具・環境・暮らし
建材や住関連サービスを幅広くあつかう企業、LIXILの活動を例にご紹介します。道具が変わったことが暮らしが変わるきっかけになったり、暮らしが変わったことにより、ものが必要になることがあります。アルミパンやアルミサッシが採用された団地が、日本中の住宅景色をガラッと変えました。
また、使う環境によって道具/ものづくりが変わることもしばしばあります。タイル職人さんにうかがったお話では、日本の梅雨空の日光では一見すると冴えない色味に見えた灰色のタイルが、イタリア・サンフランチェスコ教会の壁で地中海の太陽に照らされると金色に輝く場面に遭遇されたそうです。素材や道具は地球のどこででも同じように活きるわけではなく、安易に「移動」されるものではない。その素材や道具が一番輝ける環境や暮らしとは簡単に切り離してはいけないはずなのです。
生き残らせるための選択やデザインが求められている
◯ ものづくりとの出会い方をデザインする
「伝統工芸はだれのためのもの?」。
この質問を小学生にすると、返ってきた答えは、おじいちゃん、外国人、職人さん、といったものでした。では子どもに伝統工芸品などを「自分ごと」と感じてもらうにはどうしたらよいか、闇雲に引き継がせるのではなく本当に残したいのは何なのかを考え、ワークショップを設計しました。
ただ単に伝統工芸品が大切だと教え込もうとするのではなく、ゲーム形式で楽しんでもらったり、身近な人に喜んでもらえるような場面設定を考えるなど、伝統工芸品の重箱を自分たちで工夫して使ってもらう経験やわくわくする出会いが組込みまれていなければなりません。ワークショップに参加した小学生のなかには、後日、自発的に夏休みの自由研究や感想文のテーマに伝統工芸を次の世代に残す作戦にしてくれた児童もたくさんいてくれたようです。これこそがまさに次世代に伝統工芸のことを考えてもらえる時間をつくる方法の一つではないかと思います。
いろいろな地域で行われている伝統工芸品のワークショップに絵付け教室がたくさんあるかと思います。以前に相談をいただいた窯業でも、絵付けと磨き工程の体験をしていたという。実際に窯業の職人さんに何が一番面白い工程かと尋ねたら、絵付けと磨き工程ではなくて、もっと最初、素材となる土を探し、土を混ぜるところだと。ではなぜその一番面白いと職人が感じていることを素直に体験させてあげないのかと尋ねると、時間がかかってしまうのでできないという。その矛盾を解消することが大切だろうと、「調達と調合」というワークショップを提案しました。土の手触りを楽しみ、職人が面白いと感じたことと同じことをただ素直に面白いと感じる体験こそが、本当にその業への魅力を伝えることではないでしょうか。時間がかかるという理由で迂回したものづくりは、けっきょく表面的なことしか子どもたちに届けられない可能性があり、それは本末転倒なのではないか。
*参考 当日の記録(INAXライブミュージアム ウェブサイトより)
◯産業の川上、川中へのアプローチ
「伝統のものづくりが絶えそうだ」と聞いて消費者が思い浮かべる場合、そのほとんどが、産業の川下である完成品を作る職人でしょう。川上(素材採取)、川中(加工)の職人は注目されません。
では川下が細くなっても上流が途絶えない川とは、どんなものだろうか。そのデザイナーがいないことが、絶滅危惧素材の問題点です。伝統産業で使っていた素材そのものが手に入らなくなる場面が増えてきています。そうなると、現代産業がもつ素材の一部を分けてもらう必要がいる。すなわち、現代産業のエコシステムのなかに工芸との接続する橋渡しが必要です。そのためにも一定規模以上のニーズがある、という情報が大切なのですが、工房同士が孤立したままでは数の力が生まれません。だからこそ、不足する素材や道具の情報同士が出会う場と時間が必要なはずで、これの打開策の一つとして「日本工芸週間」という仕組みを前に進めようとされている意欲的な仕組みもはじまっています。
例えば、絶滅危惧素材の例として膠(にかわ)のことが話題にあがっていました。その課題は「職人の手元に膠が足りない」。しかし、世の中にその素材となる元の動物がいないわけではなく、別の土地では「膠の材料になりうる外来種の害獣で困っている」。この掛け違えのボタンをなんとかつなぎあわせられないか。この間をつなぐことができれば、もしかすると増えすぎたキョンの駆除の延長線上で膠を製造できれば、win-winになるのではないか。人手不足や機会不足を補うのは、なにをもっても“情報”なのです。
また今まで使っていた道具や素材とは類似するものの、異なるものしか調達できない場合に、そこで諦めるのか挑戦するのか、といった選択によっても未来の絵姿が変わってきます。職人によっては、条件が違うからそんなものは使えないとして門前払いされる方もいらっしゃいますし、条件が違うから面白いと研究を始められる方もいらっしゃいます。道具や素材が変われば別物だから継承されたことにならないと断罪される方もいれば、時節にあわせて少しずつ変化をさせながら受け継がれるものこそ継承だとおっしゃる方もいます。どちらも職人さんごとの信念でしょうし、周囲がとやかく言うことではないのだと思います。
伝えるためのしつらえをすること
◯ 理由まで紐解いて、出会う
伝統工芸を楽しんでもらいたいという子ども対象のワークショップでも、絵付け、機織り体験のように実際に子どもたちが楽しんでくださる体験は大切です。しかし、いろいろな素材や道具、地域や伝統が異なるなかで、どこで体験しても判をついたように絵付け教室だけだとすると、地域ごとの素材や道具の違いまでに注意を払ってはくれなくなります。手早くとりかかりたいと誘惑にかられるところかもしれませんが、そこはむしろ逆。時間をかけて、その段取りに注を払い、その地域で本当に残したい伝統工芸の魅力のどまんなかに出会ってもらえるようなワークショップこそが望まれるのではないでしょうか。
以前に伝統工芸とは異なりますが、「考古学者の弟子になる」というワークショップを開催させていただきました。以前であれば「縄文土器を観賞する」ことが博物館展示での主であったのですが、曲がりなりにも考古学者の弟子を目指すのですから、まずは自分の手を動かして実際に粘土に縄文模様をつけてみたり、竹や貝で模様を刻んでみる体験をします。それから実際に展示室に足を運んでみると、何の解説がなくてもべったり展示ケースにへばりつくようにして、その模様を分析しはじめます。「あの向きに模様が二重になっているということはどうやって縄をくくっていたんだろう?」「この土器を作った土地にはこんな貝が手に入ったのかな?」というように、その土器そのものだけではなく作り方や土地そのものに興味がうつっていきます。面白いことに、2000年以上前のものづくりにおいても、それが作られた土地の素材や手に入った道具に大きく依存してそのかたちや模様が根拠をもって存在しているのです。2000年たっても、その道具があるのは、その環境だったから、そこでの暮らしだからこそ。ものづくりの本質はそんな簡単には変わらないはずでしょう。
さらに、他地域の土器と比較することで、土器の違いはその土地の表れ=調達可能な道具と土の差であると気づいてもらう仕組みを加えました。
◯ 伝統工芸の問題を分析して考える
現代では、伝統のものづくりの分野では、若者の数が少ないことに加え、時間をかけて修得したからといって将来にわたり収入になる保証がないのは明らかです。技術とそれが生き残る技術寿命を考えたときに、それを受け継ぐだけのリソースがないのです。これは、現状、最も大きい課題です。
伝統工芸の課題を考えるとき、十把一絡げにされがちですが、問題は素材なのか、経済性なのか、技の言語化なのか、などを分析して向き合うことで、残せる可能性は高まるのではないでしょうか。
また、私は伝統工芸の職人の技術継承の研究をしていましたが、「黙して語らず」は決して非効率ではなく、環境や暮らしに根ざした情報を伝えることができる、継承のための合理性もはらんでいます。
◯ 技能伝承におけるデジタルとアナログ
「デジタル」が誤解されているという問題もあるでしょう。実際は、コンピューターを使ったアナログ伝承も、職人の中にあるデジタル伝承も存在します。
加えて例を挙げると、マニュアル化(可視化)の弊害もあります。仕事の柔軟性が低くなり、職人見習いの仕事が矮小化することで、イノベーションが発生する環境との乖離が生まれやすくなります。
◯ 工芸品を文化(code)の読み取り装置(decoder)として捉える
インターネットをとおし、日本の工芸について、高精細な動画や他言語で発信がすすんでいます。しかしここにも出会い方・受取られ方をデザインをするという発想が欠かせません。
例えば「小千谷ちぢみ」という単語が知られていなければ、検索されることはありません。また、例えば「瓦」をKawaraとそのままローマ字にしても理解されませんし、「日本家屋のタイル」と訳しても伝統工芸の売込みにはなりません。文化の違いにまで遡りお互いを接続させる、そういった翻訳が求められます。
◯ 文化的風土の理解に必要な時間にも注目
とある土地を2時間旅することで、それまでは理解できなかった多文化の価値観を解釈できるようになったという経験があります。わからないという人にわかってもらう、そのきっかけづくりに2時間かければ、わかってもらえる可能性は広がるかもしれません。
モノの価値はそれをとりまく文化的風土の中でこそ意味をもつのです。逆に言えば、文化的風土を知らずに本当にその情報にアクセスできたと言えるのでしょうか。価値を伝えることや、伝承すること、新しいものづくりについて考えるにあたり、改めて自分たちの暮らしと環境の中にあるものを言語化することに力を注ぐことを提案します。
*画像はすべて講座資料より抜粋 (c)塩瀬隆之
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《講師プロフィール》
塩瀬隆之(しおせたかゆき)
京都大学総合博物館准教授。博士(工学)。インクルーシブデザインならびに科学技術コミュニケーションのデザインワークショップに従事。京都大学デザイン学ユニット/宇宙総合学研究ユニット構成員。2017年科学技術分野の文部科学大臣賞(理解増進)ほか受賞多数。2012年から2014年にかけて経済産業省において技術戦略担当課長補佐にも従事。
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「ニュートラの学校」
主催:文化庁、(一財)たんぽぽの家
協力:Good Job! センター香芝
文化庁委託事業「令和4年度障害者等による文化芸術活動推進事業」