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意味とか目的で悩んでしまう人へ

 「こんなことに何の意味があるのか」と悩んでしまいがちな人がいる。私もそういう人間の一人である。何事にも意味や目的を考えて取り組むことは大切である。しかし四六時中そんなこと考えていなくてもいいと思うから、そういう話を書きたい。

 私は高校から大学にかけて、自分は何をしなければならないのか、自分のやっている勉強や生活に意味があるのか、悩んでいた。世のため人のために生きたいと思っていたし、そうしなければならないと思っていた。何もできない自分はダメ人間だと思っていたし、そんなことを何も考えずに楽しく生きている人たちを軽蔑していた。

 そんな調子だったから大学2年ごろにはかなり心が荒んで不安定な人間になっていた。お前のメンタルが弱いのだと言われたらそれまでだが、ともかくそんな状態のまま社会に出てしまった。大学を辞めて、社会人1年目、色々な軋轢の中でメンタルをやられて体調を壊してしまった。このくだりは何度かこのnoteにも書いてきた。

 具体的には、公共性の高い仕事に就いて世のため人のために働くのが正解と思っていたし、実際そういうきつい職業で働いている。しかし今は考え方が変わってきた。

 今では、「~~ねばならない」と強迫観念的に求め続ける考え方は不健全だと思う。意味なんかなくてもいいし、目的がない動作や時間も必要だと思う。生まれたての赤ん坊の時から意味を考えて呼吸している人なんかいない。普通に自分の幸せとかを求めて、生きたいように生きて、その上で見えてきたやりがいとか意味が本物だと思う。自分の自発的な意思で頑張ればいいと思う。義務や責任だけで生きていたら、世の中の色々な不条理や原理原則に合わない事象を受け入れられない人間になってしまう。そういう人には余裕がないから、どんどん周りが見えなくなってしまう。誰かのため、何かのためにやっていることが、いつの間にか独善になってしまう。

 だから自分に素直に、心を開いて動いてみるのが、この種の悩みから抜け出す第一歩だと思う。

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