ボイスメディアは「メディア」の敵ではない 新聞社やラジオ局はなぜVoicyに参入するのか?
音声メディア業界の中で急速に存在感を増しているVoicy。人気パーソナリティを数々輩出するほか、最近では企業が次々にチャンネルを持ち始めています。
さらには日本経済新聞やスポーツニッポンといった新聞社のほか、ラジオの放送局である文化放送などのメディア企業までがVoicyにチャンネルを開設するのはなぜなのか? その目的と背景、さらには音声メディアの今後の可能性について、株式会社Voicyの緒方憲太郎CEOにお話を聞きました。
取材・文/友清 哲
編集/ノオト
ライフフィットメディアを創り出すために考えたこと
――まず、Voicyというサービスを立ち上げることになった着想から教えてください。
現在、事業の柱は大きく2つで、1つはボイスメディアとしてのVoicyの運営・開発、そしてもう1つが音声配信のインフラ開発です。僕が起業前にイメージしていたのはどちらかというと後者で、例えばApp Storeのように世界に広がる社会インフラを、人生を賭けて作ってみたいという思いがありました。
世の中のデータというのは、手で作って目から入れるものか、あるいは口で発して耳から入れるものに限られています。両者を比べると、コンテンツを動画やブログで伝えるよりも、口でしゃべって音声で伝えるほうが圧倒的に楽なのは言わずもがなです。それにもかかわらず、音声コンテンツがほとんど使われていないのは、配信のプラットフォームが受信者側に向けたサービスばかりで、発信者のためのツールがほとんどなかったからでしょう。
世の中には稀有(けう)な体験をしている人や誰にとっても面白い話ができる人が大勢いるのに、それが酒場のトークだけに留められているのはもったいないと感じたことが、Voicyのヒントになりました。
――たしかに、発信側にまわるというのは大きなハードルがありますよね。
作り手からすると、コンテンツを動画やテキストにまとめるには一定のスキルと労力が必要です。とはいえ、自ら積極的に音声コンテンツを発信しようという人はやはり少数。結果として大半の面白い話が埋もれてしまっています。そういった“資産”を活用しないのは非常にもったいないことですよね。
その意味で株式会社Voicyは、課題解決型ではなく、価値創造型のベンチャー企業だと言えると思っています。
――その点、ツールとしてのVoicyは、収録から配信までのプロセスが驚くほど簡単で、発信側のハードルを大きく下げました。
動画がテレビ、YouTube、TikTokとフォーマットを変え、テキストが本からブログ、SNSと変化していったのに対して、音声はずっとラジオ一本やりでした。これだけ技術や文化が変わっている中で、ラジオだけが今日まで変わらず使われ続けてきたのは奇跡的です。
そこで音声コンテンツも、インターネットにフィットした新しいフォーマットを作り、リスナーにも発信者にも新しい音声コンテンツを提供するべきだと考えました。Voicyではボタン1つで音声がチャプター分けされ、自動的にバックノイズがカットされ、BGMがつく。とにかく配信側のハードルを下げることに注力しています。
社内にも収録専用スペースを用意
――ポッドキャストとのすみ分け、あるいは競合についてはどうお考えでしょうか。
たしかに、「ポッドキャストとどう違うの?」というのは、僕らがよく聞かれる質問の1つです。Voicyのコンセプトには、ポッドキャストと大きく2つの違いがあります。
1つは、われわれが作ろうとしているのはライフフィットメディアであるということ。モニターの前に座らなければ情報が得られない時代はもう終わりで、スマートスピーカーのように、生活内の行動を止めることなく情報が得られる環境を当たり前にしたい。声で指示して、声で返ってくるのが普通になれば、メディアに対するファーストリーチを声が握ることも可能でしょう。僕らはこのプラットフォームを取りに行きたいと考えています。
もう1つは、Voicyはあくまで“人”を届けるメディアであるということ。文字でも届けられるものを音声にしているのではなく、人の個性を届けることで、人と人をつなげることを重視しています。SNSなどの力で個人がどんどん強くなっていく時代の中では、その人がそのタイミングで発信するからこそ価値があるコンテンツが、今後いっそう増えていくはず。だからこそ、配信を極端に簡単にする必要があったわけです。
新聞社にラジオ局。なぜ大手メディアはVoicyに参入するのか?
――サービスのローンチから丸3年。現在の利用状況を教えてください。
現在、累計UUがおよそ320万、パーソナリティは約300人で、そのうち20チャンネルほどが企業のアカウントとなっています。1日で3000時間聴かれているようなファンの多いパーソナリティもいますよ。
――パーソナリティはどのように選ばれているのでしょうか?
基本的にはパーソナリティを希望される方ご自身に応募いただき、独自の観点や意見を持っていることや既存のチャンネルとのバランスを見て、Voicyでの放送に向いていそうな方にお願いするようにしています。現在は非常に応募が多く、100人中2~3人がチャンネル開設に至るという具合です。端的に言うと「一緒にお酒を飲んで面白そうかどうか」。その人の話をまた聞きたいと思えるかどうかは大切だと思っています。
また、Voicyには現状、レコメンド機能が弱く、アプリ内のコンテンツを回遊する仕組みを強化中です。そのため、今は拡散力のある方を優先せざるを得ない実情があります。これについてはこちら側のシステムの問題なので申し訳ないと思っています。将来的には面白いネタを持っているけど自ら手を挙げない人をリクルーティングできる体制を整えたいですね。
――他方、最近では企業が開設するチャンネルも目を引きます。
きっかけはやはり、スマートスピーカーの登場ですね。2017年あたりからGoogleやAmazon、LINEがこの分野に参入し始めたものの、各社とも「日本には音声コンテンツが少ない」という悩みもっていました。そこでわれわれがコンテンツパートナーとして提携することになり、それがきっかけで新聞社のニュースを配信するなど企業チャンネルの配信がスタートしたんです。
また、野村證券との取り組みの存在も大きかったですね。証券情報というのは1日3回、正確かつ迅速に情報を伝える必要があります。具体的には、テキストで送られてきた内容を30分以内に音声化して発信しなければならず、その業務フローを構築するいい機会になりました。
――既存のラジオ放送局である文化放送が、Voicyにチャンネルを持っているのも興味深いですね。これにはどのような目的があるのでしょうか?
僕らがVoicyを始める際に最も意識したのは、「ラジオの敵ではない」と周知させることでした。実際、ラジオとVoicyには、映画とYouTubeほどの違いがありますし、ユーザー層も違います。僕自身、父親がアナウンサーであったこともあり、ラジオの魅力はよく理解しているつもりで、上手に組むやり方が絶対にあるはずだと考えました。
ラジオが台本ありきで入念な準備をして番組を作るのに対し、Voicyはその時その場から短尺でコンテンツを発信できる。これは大きな違いで、それぞれの良さがあります。僕らとしてはラジオが持つノウハウやネットワークを活用させていただきたいし、ラジオの側からすれば、僕らが持つユーザーデータは魅力的なはず。やはり、放送後に視聴状況のデータが取れたり、リスナー情報が溜まっていったりするのはITならではですから、ラジオ局に限らず、今後もさまざまなメディアといいかたちでコラボできると確信しています。
確かな技術を確立し、No.1ボイステックカンパニーを目指す
――現在、Voicyはどのような収益モデルを採っているのでしょうか。
今この段階で言えば、まだまだもっと音声コンテンツのプラットフォームを広げるために、出資を募って事業を育んでいこうというのがメインです。その上で、前述の企業チャンネルによって収益を得たり、1つひとつのチャンネルにスポンサーをつけたり、企業内の社内報を声で届ける「VoicyBiz」というクローズドのサービスを提供したりと、さまざまな施策を打っています。
――今まさに、急速に事業の領域を広げている様子が伝わってきます。向こう1~2年の近いスパンで見た場合、Voicyが目指すものは何でしょう。
まずはVoicyを日本で一番面白い音声コンテンツが集まっている場所にしたいというのが1つ。そして、耳で情報を得る習慣が根付くことで、人々が自分の生活が少し豊かになったことを実感できるといいですね。
また、われわれは音声の技術で世界を引っ張るボイステックカンパニーになるという、強い意志を持っています。そのためには音声だけでなく、AIを始めとするテクニカルな領域をすべて取り込んでいかなければなりません。正直、人手不足でなかなか手が回っていないのが実情ですが、先を見据えながら今やるべきことにまい進しています。
――まだまだ音声コンテンツを取り巻くマーケットは、無限の可能性を秘めていそうですね。
最近ではまだ字を読むことができない子供が、スマートスピーカーに話しかけて検索をする、というケースが少なくありません。つまり文字を覚えるより先に音声検索を修得する、いわばボイスネーティブ世代が生まれつつあるわけです。こうした世代が台頭することで、音声コンテンツとの向き合い方も大きく変化するはずで、その時にわれわれは技術で世界をけん引するプラットフォームになっていたいですね。