ニュースプラットフォームに求められる「ジャーナリズム」の視点とは
「信頼される情報空間」についてメディアに携わる方々とともに考え、発信するシリーズ。今回お話をうかがったのは、慶應義塾大学名誉教授の大石裕(おおいし・ゆたか)さんです。メディア環境の変化と、それに伴って高まるニュースプラットフォームの社会的責任や役割について、話を聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)
ニュースの二つの機能 「環境監視機能」と「共通基盤」
――ニュースはなぜ大事なのか、改めて教えてください。
ニュースには、二つの機能があります。一つはいわゆる「環境監視機能」です。自分を取り巻く個人や社会がどう変化しているか。その環境の監視のためにニュースはとても大事です。もう一つは、ニュースを私たちが共有することによって、自分はこの社会の一員であり、この情報を知っているのは自分だけではないと認識する。そこで社会の共通基盤ができ上がる。この二つの意味でニュースは大事だと考えます。
――ニュースを取り巻く近年の状況をどのように見ていますか。
80年代までは新聞やテレビの影響力が強すぎたとも言えると思います。みんなが同じ情報に接するということでメディアや政治エリートに説得され、操作されてしまいかねない。対抗するオルタナティブメディアが必要だという意見がありました。90年代半ばからインターネットを通じた情報流通が増していき、当初はオルタナティブメディアとしての期待もありました。ただ、環境監視機能を有するメディアがうまく代替わりできたかというと、今はまだできていない状況だと思います。
また、共通基盤の形成という点においても、アルゴリズムを用いた情報提供や、SNSにおけるエコーチェンバーといった現象が顕著になるにつれ、同じ社会の中でも、対話や合意が成り立ちにくくなっていると思います。加えて、新自由主義経済、グローバリゼーションが進むことで格差社会が進んできました。かつては過剰な格差を抑止するような社会、バランスの取れた社会、福祉社会を目指してきましたが、それでは国際的な経済競争に対応できなくなるという考え方が浸透し、日本もその流れに乗ったわけです。その中で社会的分断や格差が深刻化してきました。そうした社会経済状況の中でメディアの役割が模索されているということは言えると思います。
――近年はSNSなどでプロ・アマ問わず個々人が簡単に情報発信できるようになりました。
自分で情報発信できるのは非常にいいチャンスですし、影響力の強いメディアの情報に一方的にさらされていたよりはいいだろうと言われていました。ただ、果たして私たちはどの程度、情報発信の準備ができていたのでしょうか。有用性と同時に存在する危険性に対する認識が高まらないままに、情報へのアクセスが広がり、意見の表明が自由になったことで誹謗中傷などさまざまな問題が発生してしまっています。SNSやプラットフォームには社会的責任を果たすことが求められるようになり、規制の議論も行われるようになりました。
センセーショナルな言葉や映像が社会を動かすこともある
――過激な表現を見出しに使うことなどによってユーザーの興味関心を引き付けようとするいわゆる「アテンションエコノミー」についてはどう考えますか。
政治、経済などの硬派なニュースを敬遠して自分の周りの半径数メートルの世界に閉じこもってしまっているという批判はネット社会になる前からあったと思います。社会問題がつねに深刻に考えられていたかというと、必ずしもそうとは言えない。したがって、ネット社会になり、これだけ情報が氾濫してアクセスしやすくなったにもかかわらず、大事なニュースへの関心が高まらないということは、一面では理解できます。でも、やはりきわめて深刻な問題だと思っています。
テレビについて言えば、もともとニュースはNHKの独壇場で、民放がニュースに本格的に乗り出したのは80年代なかばだと見ています。テレビ朝日「ニュースステーション」で久米宏さんが、TBS「筑紫哲也 NEWS23」で筑紫哲也さんが出てきてニュースがぐっと面白くなり、朝から晩までがニュース、情報番組一色になりました。それは同時に、インフォメーション+エンターテインメントの「インフォテインメント」という番組も多数生み出してきました。
ある意味、ニュース情報番組の量の増大が質の低下を招いたわけです。かといって、質が高いままで量が少なくていいのかというとそんなこともない。その延長線上で考えるなら、一定程度センセーショナルな見出しは認めざるを得ないと思います。世論は過激な言葉や映像がゆえに盛り上がって社会を変えることもあります。もちろん行き過ぎた場合は抑制しなければならないし、批判することも必要です。ただ、抑制的になりすぎると社会を動かす可能性も減じてしまうと思います。
ニュースプラットフォームに求められること
――ニュースプラットフォームはどのような視点を求められているのでしょうか。
一人ひとりのユーザーが、情報の正確さを判断する力、情報を批判的に読み解く力を備え、その向上を心がけることもちろん必要です。ただ、実際は皆がいつもニュースを通じて社会のことを考えているわけではない。とは言いながらも、ニュース離れ、政治離れが進んでいいわけはない。そこをかろうじてつなぎとめる役割をはたしてきたのが、新聞やテレビなどのジャーナリズムだったのではないか。そうした伝統的なジャーナリズムの影響力が低下してきたとき、ニュースプラットフォームにジャーナリズムの機能を担う準備があるのか、あるいは旧来のニュースメディアと連携しながら、ジャーナリズムの報道、解説、論評といった機能を果たすことができるのか。そういう重い課題を今、Yahoo!ニュースは突きつけられていると思います。
Yahoo!ニュースに求められる三つの役割
――Yahoo!ニュースとしてももっとニュースを読んでもらおう、関心を高めてもらおうと工夫をしています。
Yahoo!ニュース トピックスのように複数のメディアから配信された情報を配信するというのは、一定の社会的責任を果たしているだろうと評価しています。ただ、パートナーと連携して、ユーザーの関心を高め、正のスパイラルを生み出すような共同連携企画のような取り組みも、もっと目に見える形でやっていくべきだと思います。
――より良いサービスになるために必要なところはどんなところでしょうか。
まず一つめに、解説の機能は向上の余地があると思います。例えば、ハマスによるイスラエルへの大規模攻撃のニュースでは、多くの人が理由や背景について理解できていなかったのではないでしょうか。Yahoo!ニュースが既存のメディアと連携してさまざまな専門家に解説をしてもらい、そういったことを図解や動画として出していく。また、専門家のネットワークを作って共通の財産にしていく。そうすることでYahoo!ニュースの価値はもっともっと上がるのではないかと考えています。
二つめはYahoo! JAPANトップページに掲載する情報の中に、速報的なものだけでなく、特定のイシューをもっと入れていくことです。そうすれば単なる媒体、ツールとしてのヤフーではなく、メディア+ジャーナリズムの機能としてのYahoo!ニュースとして価値はぐっと高まるだろうと思います。
最後に、第三者の目を入れることです。一つひとつは他のメディアが取材したニュースでも、トップページで情報を選別するということは一定の価値観が現れます。きちんと公共の利益を考えられているのか。トップページに掲載したラインアップの適切さについて評価してもらうということも大事だと思います。
■大石裕(おおいし・ゆたか)さん
慶應義塾大学名誉教授、十文字学園女子大学特別招聘教授、東海大学文化社会学部特任教授。博士(法学)
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