失敗や挫折も自信の素になる ―思春期の子を持つ親へ―
思春期・青年期は精神的に大きく成長する時期だけに子どもには悩みが多いものです。そんな子どもを保護者はどんな考えで見守ったらよいか、専門家の話を聞きました。「思春期・青年期の子どもの育ちを支える」と題した、宮城教育大学の久保順也准教授による講演採録の一部をお届けします。この講演は、2019年9月29日、仙台市での「新しい学校選びフェア」(主催:特定非営利活動法人 高校生進学支援の会)で行われました。
小学校高学年から中学校にかけては思春期の入り口です。この時期に子どもは大きな環境変化を迎え、それが不登校をはじめとするいろいろな問題のきっかけになりやすいことはご存知かと思います。いま講演をお聞きいただいているお母さん方、お父さん方も、もちろん思春期を体験したはずですが、昔のことでもありますし、子どものことを理解するうえで大切な前提ですから、ここで一緒に思春期の環境変化を振り返ってみましょう。
思春期に訪れるこんな変化
思春期の環境変化として4つを挙げておきます。挙げる順序と変化の大きさは関係がありません。順不同です。
第1は、勉強が難しくなること。
中学校では、教科の科目数も増え、学習内容も高度になります。小学校時代の勉強の仕方では、授業についていけなくなる場合もあります。そのために学校が面白くなくなり、ひいては学校生活全般への意欲をなくすこともあります。
第2は、先輩・後輩関係です。
部活動を始めると、まずは後輩として上級生と接する機会が多くなります。そこで生じる先輩と後輩の人間関係は、小学校ではほとんど経験しなかったはずのものです。大好きなスポーツをやろうと入部したのに、先輩とうまくいかずに退部し、学校生活に張り合いをなくす例があります。
第3は、進路選択のプレッシャーです。
将来就きたい仕事から逆算して、大学はどこ、高校はどこ、などと大まかにでも進路を考える時期に入ります。生徒によっては、中学に入ったらすぐに高校受験を意識しなくてはならないこともあり、そのプレッシャーが生活や友人関係に大きく影響する場合もあります。
第4は、家庭内の人間関係です。
わかりやすい例で説明しましょう。たとえば、子どもが中学生くらいになると、その祖父母に介護の必要が生じるケースも珍しくありません。同居していればとくに、家庭生活の中心は介護へと変わります。それまでは家庭生活の中心だった子どもが、脇にやられるかたちとなり、それが子どもの不満、ストレスにつながることがあります。
以上、思春期の代表的な環境変化を挙げてみました。
「自己同一性」にこだわらない
子どもが心理的に親から離れていく思春期は、環境変化の中で自立と自律に目覚める時期でもあります。そんな時期ですから「自分とは何者だろう」とアイデンティティーを模索して思い悩むことも多くなります。それに関連して「生きるとは、どういうことか」「自分らしさとは、どういうことか」「周囲とどう関わっていったらよいか」などと、答えの無い問い、答えの出しにくい問いにも直面します。これらは悩みではありますが、自分というものを見つめ、これから大人の内面をつくりあげていくための大切な契機、発達課題です。
アイデンティティーの模索は大切なのですが、そこには気をつけたい問題も潜んでいます。アイデンティティーは、しばしば「自己同一性」と訳されます。この字面(じづら)や言葉の表面的な印象にとらわれると、「どんな時にも変わらない、一貫した自己でなくてはならない」という思い込みにつながります。そんなガチガチの一貫性は、どうしたって無理というものです。ところが、真っ直ぐさ、純粋さを求める思春期特有の傾向が手伝ってか、「変わらない自分」を理想にするあまり、その理想像に縛られるケースもあります。これでは生きづらい。いろいろと問題や悩みが生じがちな思春期が、ますます苦しく、無用にしんどいものになります。
親の前にいる時の自分と、友だちと一緒の時の自分では、同じ自分でも違う振る舞いをして当然です。いろいろな自分があっていいし、また成長の過程で変化していくのも自分というものです。もし本当の自分があるとしても、それは人生の様々な経験を通じてはじめて感じとれるものなのではないでしょうか。
挫折こそが、自信をつくる
思春期を過ぎ、いま青年期にあるのが大学生たちです。それぞれに充実した大学生活を送る彼らに聞き取り調査をしたことがあります。調査の目的は、自己肯定感のある大学生から、その自己肯定感がどうつくられたかを探ることです。それぞれの学生に自分の歴史を振り返えらせ、親や教師、友人との関係、自分のみに起きた出来事など、自己肯定感を形成する要因になったと思うエピソードを挙げてもらいました。
調査によって自己肯定感をかたちづくる要因や要因間のつながりが分かりましたが、なかでも注目したいのは「サバイバーとしての経験」です。
サバイバーとは、生存者、生き残った人ですから、表現としてはちょっと大げさかもしれませんが、その当時の本人にとっては大きな挫折だと感じられた出来事をなんとか乗り越えたわけです。こうしたサバイバーとしての経験を、多くの学生が話してくれました。
たとえば、どうしても入学したくて必死に勉強して臨んだ志望校受験に失敗した。あるいは、毎日のように長時間練習に打ち込んできたのに部活でレギュラーに選ばれなかった。その時はひどく落ち込んだけれども、なんとか次の段階に進めた。失敗や挫折はあったけれども、なんとか立ち上がれた――。
話を聞いてみると、自己肯定感のある学生たちはたいてい、いくつかの失敗や挫折を経験していました。ずっと順風満帆で来た人はいない、といってもよいくらいです。失敗をしたからこそ、失敗を乗り越える経験もできたわけで、それが「自分には乗り越える力がある」という自信につながっているようです。さらにその自信が、より高い目標へ挑戦したい、もっと自分を成長させたい、という意欲の土台になっていると言えましょう。
まずは親が気持ちを安定させよう
大きな環境変化と体験する思春期の子どもについて、そして挫折や失敗の体験を土台に自信を築く大学生の自己肯定感について話してきましたが、大変なのは問題を抱えた思春期の子どもだけではありません。問題を抱えた思春期の子を持つ親も大変で、かなりストレスフルになることもあります。多くの親が次のようなことを経験しているはずです。
子どもが言うことを聞かなくなる。反抗する。ウザい、ムカつく、といった雑で不機嫌な言葉づかいが増える。――まずは、こうしたことに困惑する一方、子どもがどんどん親離れしていくことに寂しさや喪失感を覚えます。
そんな状況で子どもが不登校になったりすると、親も心のバランスを崩しがちです。子どもの不登校は、ほとんどの親にとって初めての経験で、先行きが見通せないものです。悩みを共有できる人が周囲にいないと、親が心理的に不安定になるのも仕方ありません。
スクールカウンセラーとしては、子どもだけでなく親からも話を聞きます。子どもが抱える問題の解決には、まず親の気持ちの安定が大事だからです。
そうした場で私が保護者によく話すのは「原因を探して過去を見るよりも、今できること、これからしたいことに目を向けよう」ということ。不登校の原因は、子ども本人にもよく分からないことがよくあるのです。また、たとえ原因が分かったとしても、すでに過去のことで取り除きようがないこともしばしばあります。ですから、親も子も、今やれること、将来してみたいことに焦点を当てて、暮らし方や行動の仕方を変えていってみてはどうでしょうか。
[講師]久保順也氏 宮城教育大学准教授。公認心理師、臨床心理士。児童相談所職員、公立中学校スクールカウンセラー、病院心理士などを経て2010年4月より現職。いじめ問題などに関する研究を行っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?