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図書館に棲む男②

もしかしたら、なんとか工夫すれば、私はこの図書館に住むことができるのではないだろうか?

時間は深夜3時。頭がフル回転し始めた。

このまま朝を迎え、いや、朝が問題なのか。図書館は9時に開館する。遅くともその30分前には図書館員が出勤するだろう。その時に私はどうあるべきか。

うまくだれにも見つからないまま9時を迎えられれば、そのままお客として紛れ込めるだろう。しかしどうやって?

きっと図書館員は朝の掃除や見回りなどで館内各所を隅々まで見て回るだろう。その時、同じようにソファに隠れていればやり過ごせるとは考え辛い。

どこか、見つかりにくく、不自然でない隠れ場所を探さなくては。

この図書館には通い過ぎていて、館内設備は知り尽くしている。まずは頭の中で隠れるのに最適な場所を探してみた。

しかし、机の下、書架の影、思いつくところはどこも心許ない。そこで私はまた歩き出し各所を見て回った。9時の開館まで隠れていても見つからず、そして9時になれば自然と溶けこむことのできる場所とは。

トイレはどうだろう。いや、開館前にきっとトイレ掃除をするだろう。トイレに貼ってある掃除チェック表からも、毎日8時45分ごろに掃除が行われていることがわかった。

そしてもう一つ。そのチェック表から、夜は閉館時間の21時より後には掃除の履歴はなく、閉館前の20時ごろが最後のトイレ掃除のタイミングであることもわかった。これは使えるかもしれないが、今はどうやって朝をやり過ごすかを考えなければ。

普通のトイレにはうまく隠れておけるような場所が見つからなかったが、隣の多目的トイレにその場所はあった。

掃除道具入れ。

扉を開けるとモップやバケツ、洗剤がおいてあり、人が1人ギリギリ立っていられるような空間。隠れることはできるが、そこは開館前の掃除のタイミングで必ず見つかってしまうであろう場所だ。

見つけたのはその隣、掃除道具入れと全く同じ作りの収納スペース。ここにはモノが何も置かれていない。おそらく、掃除係がこの扉を開けることはないのではないか。希望的観測が多分に含まれているものの、賭ける価値はあるように思えた。

今日はこの場所に賭けてみよう。そう決めた。

時間は朝5時。ソファに戻ってしばらく目をつぶっていたが、寝過ごしてしまわないよう気は張っていた。いまならまだ引き返すことができる。エレベータで1階まで降り、警備員に事情を説明すればよいだけだ。それで私は不法侵入という罪を犯さずに済むだろう。

しかし、それはどうしてもできなかった。理屈では計れないものがある。目の前に夢にまでみた環境への取っ掛かりがある。今日は小さな一歩かもしれないが、うまくやり過ごせたなら、また今夜のような素晴らしい時間を過ごすことができる。もしかしたらこれから毎日。

あの多目的トイレのデッドスペースに隠れ、もし、9時になる前に図書館員に見つかってしまったら、それは言い訳のしようもなく、不法侵入者にほかならない。その時は潔くあきらめよう。

さて、いつあの場所に移動するべきだろうか。

あまり長く閉じこもっていられるような場所ではないが、図書館員が何時に出勤するかが分からないため、開館時間の9時ギリギリに移動することはリスクがある。なにぶん、当然、今日が初めての挑戦であるわけなので何も情報がない。

結論として、身体的にはすこし厳しいが、7時半であればさすがに安全だろうと考えた。

時間は朝6時。夜が明けてきたので館内も徐々に静謐な明るさに包まれ始めた。実に美しい光景だ。これが毎日見られるとしたらどれだけ幸せなことか。そんなことを考えながら、時間が来るまでソファ席で本を読んだ。

7時半。

多目的トイレに向かった。中に入ると自動で電気が点く。ドアは閉めない。まっすぐ例のデッドスペースに向かった。そっと扉を開ける。

「え?」

これは私の発した声ではない。

そのデッドスペースには、先客がいた。

(続く)


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