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京極夏彦〈百鬼夜行シリーズ〉全レビュー|第10回:『百器徒然袋 雨』

2023年9月、京極夏彦の〈百鬼夜行シリーズ〉最新作『鵼の碑』が、17年の時を経てついに刊行された。第1作『姑獲鳥の夏』刊行からおよそ30年、若い読者には、当時まだ生まれてすらいなかった者も多い。東大総合文芸サークル・新月お茶の会のメンバーが、いま改めて〈百鬼夜行シリーズ〉と出会う連載企画。毎週火曜更新予定。

 薔薇十字探偵社の探偵・榎木津礼二郎が活躍する中篇三つをまとめたのが、この『百器徒然袋 雨』である。時間軸的には、『塗仏の宴』後から『邪魅の雫』あたりまで。特に本編のネタバレというほどのネタバレはない。刊行も『陰摩羅鬼の瑕』の前であり、リアルタイムにはこれからどんな事件が起こるのか、少ない描写から想像する読者もいたのだろう。

 今作品は中篇集ということもあって長篇やあるいは『百鬼夜行 陰』とはまた違う形式で書かれている。事件に巻き込まれ解決する形式は長篇と同様のものだ。犯罪も起こっているし、込み入った事件や奇妙な状況(無数の瓶が置いてある屋敷が出てくる瓶長など)の解体も味わえるが、長編の陰惨・陰鬱さは感じさせず一件落着、すっきり終わる読み口になっている。

 さらに通常のシリーズ長篇とは異なり、視点が転換することはない。三作通して、ある元電気配線工の一人称で薔薇十字団の活躍が語られる。関口はじめいつもの一癖も二癖もあるメンバー視点ではない、部外者から見た彼らを見ることができて新鮮……なのだが、初めはただの依頼人だった語り手もだんだん薔薇十字団に呑まれていく。愉快な一味の、というか榎木津の下僕の仲間入りである。シリーズをここまで読まれた方ならきっと、登場人物が魅力的であることには頷いてくれるだろうが、関わりたいと思うかはまた別だ。連中のおかしさにあてられた彼の未来は一体どこへ。

 ……などとつらつら書いてはみたものの、この中篇集で一番いつもと異なる点といえば、京極堂の憑物落としではなく榎木津のはちゃめちゃな解決が事件に幕を引くことだろう。

 榎木津礼次郎は探偵である。

 彼は、推理しないし調査もしない。彼が人の記憶を視る体質なのもあるが、それ以上に探偵=神=榎木津礼二郎なのである。

 収録された三編全てには、「薔薇十字探偵の○○」、というサブタイトルが付けられている。それに、ノベルス版表紙に燦然と輝く「探偵小説」の文字。これすなわち、榎木津小説という意味である。榎木津小説なので榎木津が活躍するに決まっているのだ。しかし榎木津小説のレビューなんて重荷に過ぎる。

 彼といえば、眉目秀麗文武両道、財閥兼元子爵の御曹司、しかして奇天烈な言動の探偵だ。彼の周りで対等にいられる人間は限られており、そのほかは皆振り回されて下僕になってしまう。事件でさえも榎木津が引っかき回していった後は、残らず更地になって何かが潜む余地もなくなる。何が起こったのかを推測するのは通常通り京極堂の役目であるが、榎木津主催の解決とその下準備の派手で大がかりなことといったら。オチがわかった後また読み返してみると苦笑してしまうほどである。

 まさしく力技の、はちゃめちゃな大立ち回りが楽しめる作品だ。

(ブレミエス)


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