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京極夏彦〈百鬼夜行シリーズ〉全レビュー|第12回:『百器徒然袋 風』

2023年9月、京極夏彦の〈百鬼夜行シリーズ〉最新作『鵼の碑』が、17年の時を経てついに刊行された。第1作『姑獲鳥の夏』刊行からおよそ30年、若い読者には、当時まだ生まれてすらいなかった者も多い。東大総合文芸サークル・新月お茶の会のメンバーが、いま改めて〈百鬼夜行シリーズ〉と出会う連載企画。毎週火曜更新予定。

 薔薇十字探偵・榎木津礼二郎は推理をしない名探偵だ。眉目秀麗にして腕力最強。破天荒にして非常識。豪放磊落にして天衣無縫。関わった事件をことごとく、根底から破壊していく天下無双の薔薇十字探偵。『百器徒然袋 風』はそんな型破りの名探偵・榎木津礼二郎を主人公とした、百鬼夜行シリーズのスピンオフ作品第二弾である。

 百鬼夜行シリーズ本編における榎木津礼二郎は、京極堂こと中禅寺秋彦とは対になるような存在だ。その圧倒的な知識に基づいて推理を行う京極堂を”静”の名探偵とするならば、榎木津はその行動力で事件を破壊する”動”の名探偵。しかも榎木津は、他人の記憶が見えるという特殊体質の持ち主である。犯人を一目見ただけで事件の全貌を把握してしまう探偵泣かせの探偵であり、百鬼夜行シリーズにおける唯一の“フィクションらしい”キャラクターだ。しかし百鬼夜行シリーズ本編において、謎解きは京極堂の仕事である。それゆえ榎木津はその特殊体質にもかかわらず、探偵として事件解決の本筋に絡むような役割は得られない。つまり榎木津はある意味で、探偵としては不遇なキャラなのだ。

 ところが、本作の主役は榎木津礼二郎である。榎木津が探偵なら、一目で犯人を見破ったって構わないし、京極堂の憑きもの落としだって必要ない。つまり本作『百器徒然袋 風』とは、あの榎木津礼二郎が、ついに”探偵”として存分に大暴れする、榎木津の、榎木津による、榎木津のためのミステリ小説なのだ。

 本作には、『五徳猫ごとくねこ』『雲外鏡うんがいきょう』『面霊気めんれいき』の三篇が収められている。各話のタイトルは、どれも鳥山石燕の画集『百器徒然袋』に登場する妖怪に由来する。どの中編も作品内の時期は初冬から年の瀬にかけての話であり、読む時期としてまさに今がぴったりだろう。

 最初の中編『五徳猫』は招き猫がテーマの話だ。もともと『百器徒然袋 風』は猫小説といえるほど猫尽くしのミステリ中編集ではあるのだが、この中編は特に猫、猫、猫である。もちろん、招き猫に関する京極堂の蘊蓄も冴え渡る。曰く、右手で招く猫は金を呼び、左手で招く猫は人を呼ぶ。そしてそんな招き猫をテーマにした本作は、ある母娘と猫との関係を描いたホッと心の温まる猫小説であり、探偵・榎木津大活躍の一作となっている。

 次の中編『雲外鏡』は榎木津の"他人の記憶が見える"という体質を利用した、特殊設定ミステリである。さすが京極夏彦、と唸らせる見事なトリックには驚かされるが、榎木津の登場によって一気にバカミスになってしまうところには思わず笑ってしまう。

 最後の中編『面霊気』は、榎木津と"面"にまつわる話である。"追儺"という、大晦日の厄払いの儀式を開催しようとする榎木津と、それに振り回される下僕たちというストーリーだ。本作では榎木津礼二郎という”キャラクター”について、京極堂が言及する場面がある。そこがある種メタ的な構造となっていて面白くもあり、同時に本編では描かれなかった、京極堂と榎木津の関係が描かれているところにもほっこりする。

「榎木津はね、あれはあれで、榎木津と云う面を被って暮らしてるんですよ。何も被ってないように見えるし、本人もそう振る舞っているけれど――あれはそう云う面なんですよ」

(マキムラ)


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