『プロジェクト・インソムニア』結城真一郎 著(新潮社)
毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2020年8月
最近ブームの特殊設定ミステリの中でも、異彩を放つのが本作だ。館をゾンビが取り囲んだり、未来の映像を映し出す水晶が登場したりと、『ミステリのため』と言わんばかりの人工的な設定が占める界隈において(貶す意図は全くない。筆者はそういう作品も大好きである)、本作の設定は新鮮である。
夢を科学するベンチャー企業、ソムニウム社が実施する極秘人体実験、『プロジェクト・インソムニア』。年齢、性別、属性の異なる七人が、90日間夢の中で毎晩生活を共にする実験である。『ユメトピア』と呼ばれるその世界は、脳に埋め込んだチップで収集された被験者の潜在意識を、本社のサーバーで統合することで形作られる。そこではなんでも夢が叶い、好きなモノを好きなだけ作り出すことができる。ナルコレプシーに悩む蝶野恭平は、社長直々の指名で、被験者に選出される。科学がちょっと進めばもしかしたら、と思わせるのが魅力的だ。『インディペンデンス・デイ』を思わせる宇宙船を撃退してみたり、他の被験者たちと仲を深めていったりと、『ユメトピア』の世界を堪能する恭平だったが、他の被験者にある日突然、『まだ姿を見せていない悪意』の存在を打ち明けられる。間を置かずして襲う事態は、桃源郷を揺るがすだけのインパクトがあり、なおかつ設定を生かしたものになっているのが秀逸だ。
そして事態は他の被験者の死に発展していく。現実ではただの心筋梗塞として扱われる事件は、実は夢の中の殺人であった。だがここで壁が立ちはだかる。『ユメトピア』の中で人は殺せないはずなのだ。立ち上がる不可能状況に、事件は本格ミステリの雰囲気をまとう。次々と被験者が死んでいくサスペンス性や、リーダビリティの高い構成も相まって、頁をめくる手を止めさせない。犯人当ては思いのほかシンプルだが、設定を生かした鮮やかなものだ。トリックも中々意表を衝いているし、それを裏付けするとある伏線に、筆者は膝を打った。白眉は動機である。犯人の抱える秘密を皮切りに、巧妙に覆い隠された伏線が続々と回収され、犯人の行動の背景が描き出されていく。犯人の秘密がトリックに関わってくるのもよくできているが、それがもたらすとある『欲求』が、主人公に「狂ってるよ」と言わしめる、「狂人の発想」に繋がり、事件を引き起こす原動力となる。それがこの設定ならではの感情であることが、特殊設定ミステリとして非常に秀逸である。
だがトリックの余詰めが甘く、犯人当てにしても、解決編までに別解の排除に至れておらず、粗が見受けられるのも事実だ。それでも作者の持ち味ともいえる、リーダビリティの高い構成と現実の手触りある設定、巧みな伏線は、飽和気味のジャンルに一石を投じるだけのポテンシャルがあり、次作が強く期待される。
文責:剣崎聖也
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