『ジャンケットバンク』田中一行 著(集英社)
毎月更新 / BLACK HOLE:新作コンテンツレビュー 2020年12月
ギャンブル漫画とはなんなのか。
登場人物たちが己の全存在を賭けて頭脳をフル回転させて戦う……それがギャンブル漫画の醍醐味だ。
作中に出てくる様々な「ゲーム」の中で、キャラクター同士が知能の限りを尽くし、相手の心を読み合い、そして大勝負に打って出る。ときに鮮やかなトリックがあり、ときに心を揺さぶるドラマがある。そんなギャンブル漫画の名作たちがこれまでにいくつも発表されてきた。
『ジャンケットバンク』は、過去の名作たちが確立したギャンブル漫画の魅力──トリック、心理戦、命を賭ける過激さ、キャラたちの強烈な信念、舞台装置の過剰さ、そして顔芸などをしっかりと踏襲しつつも、独自の視点からジャンルに切り込んでいく作品だ。
「銀行の地下では人知れず巨大な博奕ゲームが行われていた……思いがけず銀行博奕の「審査役」に抜擢されてしまった銀行員の御手洗暉は、そこで出会った超人的ギャンブラー真経津晨とともにギャンブルの世界に深く深く落ちていく──」というのが本書のあらすじ。御手洗は真経津の付添・お目付役となり、かれのギャンブル勝負を間近で目にすることになる。
作者の田中一行先生といえば、百発百中のダーツ超人同士が頭脳戦・心理戦を繰り広げる傑作『エンバンメイズ』で知られるギャンブル漫画の名手だ。その作者が満を持して真正面からギャンブルと向き合ったのが本作なのだ。無論、楽しくないはずがない。
中でも面白いのは、寓意性の強いギャンブルゲームが多数登場するところ。おそらくギャンブルものを書く上でもっとも頭を悩ますのは「どんなゲームを登場させるか」というところではないかと思うのだが、作者は「ウラギリスズメ」や「気分屋ルーシー」といったビジュアル的にも派手で、かつ古今の童話や逸話に絡めたゲームを次々と用意してくる。そしてそれらのゲームの寓意が、ドラマを生むための着火剤として機能する。
登場人物たちの描き方にも、かなり特徴的な視座が設けられている。『エンバンメイズ』と比較する形で見ていこう。
『エンバンメイズ』の主人公・烏丸は、奇策によって対戦相手の逃げ道を奪う戦い方をする。それゆえにかれは「迷路の悪魔」の二つ名で恐れられていた。一方で烏丸は大切な人や信念のために戦う、熱い精神性を持った主人公でもあり、その二面性がかれの魅力だった。
対して『ジャンケットバンク』の真経津晨はどうだろう。かれの基本戦法は敵の小細工を見抜き、徹底的にコケにした上で、敵自身の精神の弱さに付け込んで倒すというものだ。その戦い方はいわば「鏡」。第一巻では二種類の試合が描かれているが、そのどちらでも「相手が己の精神の弱さゆえに敗北する」という構図を非常に丁寧に描いている。(※厳密にいうと二試合目の決着は二巻に続く形になっている)。特に敵キャラクターにも明確な人生哲学や信条を持った濃い人間が配置されているので、この負け際の演出はなんとも鮮やかだ。晨は烏丸とはまた違ったスタンスで、敵を打ち破っていく勝負師なのである。
戦いの中で、銀行員の御手洗は「真経津が破滅する姿を見たい」と感じるようになっていく。「負け際」を描いていくこの漫画で、最強のギャンブラーの負け際を見ることはできるのか? ぜひとも最後まで見届けたい。
文責:夜来風音
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