見出し画像

『嗤う猿』J.D.バーカー 著 (ハーパーコリンズ・ジャパン)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2020年4月

 天才的なほどに狡猾で冷酷な殺人鬼と刑事たちの攻防。そんな王道中の王道を行くストーリーでありながら、バーカーの「猿」シリーズが他の追随を許さぬ物語的吸引力を持っているのは、おそらく作者が「自分がやられて嫌なことを書く」という姿勢を徹底しているからだろう。

 本書は東照宮の「見ざる・言わざる・聞かざる」をモチーフとした連続殺人鬼「四猿」と、幸薄い刑事サム・ポーターの対決を描く三部作の二番目。初見の方は必ず第一作の『悪の猿』から読むようにお願いしたい。本書では前作のクオリティを維持しつつ、新たに登場した連続殺人犯との対決を通して主要キャラクターの掘り下げをさらに深化させていく。

 本シリーズを語る上で頻繁に比較されるのはジェフリー・ディーヴァーの警察小説だ。ディーヴァーは代表作リンカーン・ライムシリーズを始めとして、「個性的連続殺人犯」vs「警察チーム」のサスペンスの雛形を完成させた作家である。二転三転としたプロットにより、最後まで事件の黒幕を伏せるという手法もその十八番だ。「猿」シリーズもそれに近いテイストがあり、ディーヴァーの確立したテクニックを駆使していることは間違いない。しかし、シリーズの最大の魅力は別のところにある気がする。

 先述の通り、本書の作者は「自分がやられて嫌なことを書く」。例えば本書に出てくる「殺人犯が被害者に臨死体験を強要するシーン」は迫真の筆致で書かれているだけにとにかく怖いし、「嫌」だ。そして殺人鬼に監禁された被害者たちはもちろん、刑事たちにも、そして殺人鬼自身にもひたすら不幸が降りかかり続ける小説なのだ。中でも「手記」という形式で著述される四猿の凄絶な半生とその強烈なコンプレックスの描写は衝撃的で、もはや詩的ですらある。特に第二巻である本書ではポーター刑事と四猿の過去の対比がいよいよ開示され、両者の抱える暗部が物語を一気に動かしていく。

 こんな風に書くとあまりに悪趣味な小説のように聞こえてしまうかもしれない。だが、これだけ暗いことを書きつつも、全体としてはエンタメのテンポ感を失わないというのも本書の長所だ。あくまで骨子は警察小説であり、正義の物語である。登場人物たちの軽妙な会話も、作品の空気感を暗くなりすぎないように保っている。刑事チームのキャラクターもひとりひとり分かりやすい個性と愛嬌があり、捜査パートを読むだけでも十二分に堪能できる。中でも強面のナッシュ刑事とコンピューターオタクのクロズが、カーステレオで流す曲の話で議論したりスタバでラテを注文しながら捜査したりするあたりはもう完全にキャラ文芸。作者の「理解」が「深」すぎる。

 というわけで本書は圧倒的な面白さのまま二転三転の末に700ページを突っ走り、そして非常に気になるところで終わる。シリーズ三作目にして完結編は2020年秋発売予定ということなので今から期待が高まる。圧倒的に強すぎる殺人鬼「四猿」に警察チームは勝てるのか? ぜひその顛末を見届けたい。

文責:夜来風音


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?