『キングレオの回想』 円居挽 著 (文藝春秋)
毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2019年12月
探偵役のキングレオこと天親獅子丸と、助手にして彼の伝記作家である天親大河がホームズ譚を思わせる事件に巻き込まれていく──。ドイルの原作を現代に甦らせたベネディクト・カンバーバッチ主演の『SHERLOCK』、それをさらに日本に輸入してパロディ化するという三次創作的試みを行っているのがキングレオシリーズ。『キングレオの冒険』以来四年ぶりのシリーズ新刊である『キングレオの回想』では、前巻とはまた違ったテーマ設定が印象的だ。『回想』ではシリーズのパロディとしての性質がいっそう強調されている。
本書に収録された短編のうち、特に「双鴉橋」について見てみよう。(まさしく本書中白眉の作品)。
名探偵キングレオが「真相を明かさないまま解決した事件」を題材に、三人のキングレオ伝記執筆「希望者」たちが競作するというのが「双鴉橋」のあらすじ。構造としては素人探偵たちによる「推理合戦」に似た趣があるが、本作は「何が真実か」ということよりもむしろ「何がキングレオの伝記としてふさわしいか」という点に重心をおいているのがユニークだ。
「より真実らしい仮説を立てること」(いわゆる仮想推理)を目的とするミステリは著者が「ルヴォワール」シリーズ以来書き続けてきたテーマでもある。しかしながら「双鴉橋」においては「ある人物」が原因で仮想推理合戦がさらに奇妙な方へ向かっていく。その人物にとって「より真実らしい」仮説を追い求めた結果、逆説的に物語が真相から乖離していってしまうのだ。
このアイロニーは本格ミステリを考えるうえで非常に重要な示唆を与えてくれる。すなわち派手なトリックやサプライズを追い求めた結果、そこに至る論理のプロセスを軽視し「その推理が正確か」ということ以上に「その推理が面白いか」というところに着目してしまう読者心理への告発だ。納得できる解決が与えられるということと、真相を導き出すということはまったく違う営みである。「双鴉橋」はその狭間で反復横跳びしながら戯れるような作品だ。
作中ではこの問題をいわゆる「解釈違い」の話題と絡めてコミカルに描いている。フィクションに強い没入感を求める受け手は、「推し」のキャラクターの行動原理を自分なりに咀嚼してみた結果、ときに自分の理解とコンテンツ中(あるいは二次創作中)の当該キャラの行動との齟齬に苦しむということがある。そんな「解釈違い」を本作は戯画化して描いているが、そうして浮き彫りになってくる不幸な懊悩に迷い込んだ者たちの悲哀がまた良い味を出している。
『回想』が『冒険』と決定的に異なっているのは、助手である大河の出番の少なさだ。彼は決して活躍していないわけではないしむしろ大きな存在感を放ち続けているくらいだが、大河がキングレオの助手として活躍する場面は圧倒的に少ない。それはいったいなぜなのか。未読者はぜひ本書の中に答えを見つけ出して欲しい。
正統派探偵-助手譚の中に生じたねじれを丹念に追った意欲作だ。
文責:夜来風音
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