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リレーレビュー企画② 駄犬『誰が勇者を殺したか』

ミステリー、S F、ライトノベル……それぞれ異なるジャンルを愛好し、読書傾向が交わらないことも多いお茶会員。当企画はそんなお茶会員たちが他の会員におすすめの小説を紹介し、レビューしあう企画です。第二回は温泉卵推薦の駄犬『誰が勇者を殺したか』を月見怜がレビューします。

推薦文 

 当作品はファンタジーの世界観を上手く活かしながら、タイトルの意味が読むにつれて二重三重に意味を持っていき、かつ登場人物の関係性も一冊の中で綺麗にまとめられているということで、いずれかの要素一つをとっても間違いなく名作と言える作品です。結末がわかってしまえば新鮮な驚きは大きく減るにも関わらず、複数回読んでも楽しめるというレベルですね。そして世間の評価もそれにふさわしく高かったと認識しているわけですが、この作品がいわゆるミステリの要素を含むにもかかわらず、僕自身は全くミステリには造詣が深くありません。そこで、今回この作品を読んでもらいたいのももちろんですが、ミステリを日常的に読む人のレビューをみたいと言う点も含めて推薦させていただきました。
(温泉卵)

 

レビュー

 これは魔王討伐後の物語だ。世界は再び平穏を取り戻し、大衆は歓喜の渦におぼれている。ただ彼らーー勇者一行を除いて。

 勇者一行の後日譚と言えば、いまは『葬送のフリーレン』が大ヒットしていて、読者の多くはそれを思い浮かべるだろう。しかし『フリーレン』が完全に「終わった後」の話であるのに対して、本作はどちらかというと、ちゃんと魔王討伐を「終わらせる」話といっていい。魔王討伐とともに帰らぬ人となった勇者が、なぜ死んでしまったのかを紐解くことによって、彼らの物語に「めでたしめでたし」というための物語だ。

 本作は王国が勇者をたたえるためにその偉業を文献に編纂するという形をとって進んでいく。勇者の周りのひとびとに勇者の素性を聞きこみ、その輪郭から勇者の姿を立ち上げようとするのだ。ドキュメンタリーに近い形式で進んでいくなかで、徐々に勇者という人物が浮かび上がってくる様子は、他のファンタジー作品ではなかなか味わえないスリリングなもので、本作の見事な発明であろう。歴史を編むという行為と、勇者の死にまつわる真実を探る行為が重ね合わされ真相へと近づくさまは、巷で言われるようにミステリー小説的といえる。
 
 しかしながら、本作はタイトルが匂わせるような「誰が殺したか」フーダニットを明かすもの、ひいては探偵小説的な謎解きものではないことは言い添えておきたい。本作の面白みはファンタジーにおける偉業の多角的な語り直しというところにこそある。しかしその語り直しにおけるロジカルな話運びは読んでいて心地よく、そういう意味ではもちろんミステリー読者にもおすすめできる一冊になっていると思う。
 
 ただやはり本作は、ファンタジーとして抜きん出ている一冊だということをもっと主張していきたい。なぜならば個人的に感じた本作の好ましいところは、勇者のその描かれかたにあるからだ。そこには作者の「勇者」と呼ばれる存在への思想が強く表れていて、読みながらわたしも、「勇者」とはこのような存在であり、その勇者性に周りのひとは灼かれてしまうのだと腕を組みながらぶんぶんと首を縦に振ってしまった。フィクションには数多くの勇者、英雄、ヒーローが存在する。そんな彼らに共通するのは一体何なのか。それを本作は勇者の姿を追う過程でつまびらかにしてくれる。勇者は何をもってして勇者たりえるのか、本作はそれを問う物語としてもとても楽しく、まさしく勇者譚なのである。
 
 そしてなんといっても、本作は、勇者を語ることは世界を語ること、そしてそれはもちろん、壮大な物語を語ることなのだという素朴な面白さに気づかせてくれる。そんな王道ど真ん中のファンタジー小説だ。
(月見)


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