ちゃお
私は、自分をどう呼称するか常に意識してきたが、同様に人を呼ぶときも気をつけてきた。
特に家族を呼ぶときは自分と相手の関係、その場の関係でふさわしい呼び方をする、というのをいつも考えていた。
息子に対しては、私は普段はちゃん付け、叱るときは呼び捨て、家人はいつもちゃん付け、娘はいつも呼び捨て、三者三様で面白い。
一方、娘には特別な呼び名がある。
それは「ちゃお」
娘が5歳くらいのとき、自転車の補助輪を外して練習していて少し遠くまで行ってしまったので、一緒に見ていた息子に「お姉ちゃんに、帰ってきて、って呼んでごらん」と言ってみた。
息子はものすごく言葉が遅くて、幼稚園に入るまでほとんど何もしゃべらなかった。娘がいちいち先走って息子の代弁をしてしまい、「ほんとにそう?」と聞いても息子は頷くだけ。
こちらの話は理解できるみたいだったから、そこまで心配はしていなかったけど、この頃は冗談じゃなく声を聞くこともあまりなくて、「この子しゃべれるんだろうか」とは思っていた。
で、自転車で遠くまで行ってしまった娘を呼び戻そうと、息子に「呼んでごらん」と言ったら
「ちゃ~~~お~~~!」
と大きな声を出したのだった。
ちゃお、とはたぶん「お姉ちゃん」の「ちゃん」を伸ばしたんだと思う。
その、息子が意外に大きな声で言った「ちゃ~お~」という言葉が本当に可愛らしく、家族に興奮気味にその話をして、その日以来家族内で娘を呼ぶときは「ちゃお」となったのだった。
私は娘と一対一のときは、もちろん名前で呼ぶ。
娘は娘で一対一のときは「わたし」と言うけど、家族といるときは自分のことを「ちゃお」と言っていて、立場によって呼称を使い分けるのが私とおんなじだ。
その娘から先日お怒りの電話があり。
お相手に「ちゃお」という呼び名をバカにされたとのこと。
「『ちゃお』だって~プププ、みたいな雰囲気も腹立つんだけど、それ以来からかうように私のことをちゃおって呼ぶのが腹立つ。それはあの人が使っていいものじゃないんだよね」とめちゃくちゃ怒っていた。
彼女が怒っているポイントが、バカにされたこと以上に、家族じゃないのに使っている、というところだったのが、彼女なりに「ちゃお」という呼び名とそれを使う家族を大事にしているということであり、私はとても嬉しかった。
たぶん羨ましかったんじゃない?自分はそこに入り込めないからさ、と言うと、娘は「ふ~ん」と言っていたけど満更でもないようだった。