彼がお皿を重ねたら、 それは同じ大きさだった
中学生になってコンタクトを使うようになると、斜視がだんだん目立たなくなってきました。写真でも、すこーしだけずれている程度。
ぱっと見では、わからなくなっていたと思います。
きっと、コンタクトの方が焦点が合いやすかったのでしょう。
小学生の時は「どこ見てるの?」と聞かれることが多く、(それは「斜視あるある」の1つ)辛かったけれど、それがかなり減りました。
それから、長い間、コンタクトを使いながら暮らしてきました。
高校生になり、大学に入り、卒業して働きはじめ、
仕事を辞めてアメリカに行ったり、日本に帰ってきたり、
結婚したりしました。
☆☆☆
7年前から自宅で仕事をするようになって、
コンタクトは外出時だけ使い、毎日メガネで過ごすようになりました。
家のデスクに座って、パソコンを見続ける日々。
すると、少しずつ、目のズレが大きくなっていったのです。
自分では、「普段ズレていても、コンタクトを入れている時にはズレが小さくなるんだから、大丈夫」と思っていました。
ところが、だんだんと、コンタクトの時にもズレが大きいままの時が増えてきました。
そんな時、ある出来事が。
知人と夫とわたしで食事をした時のこと。
同じ柄で違う大きさのお皿が、斜め前に座った知人の前に2つ並んでいました。
違う料理が盛られていたから、特に不自然ではなく、
その景色を当たり前に受け入れていました。
でもその時、何となく聞いたのです。
「皿の大きさが違うんだね」
「え? 同じだよ。ほら」
彼がお皿を重ねたら、
それは同じ大きさだった。
遠近感がわからなくなってきている。
それは、ちょっとした衝撃。
小学生の時にも、自分に投げられたボールはキャッチできないし、
モノをよく落としたり、テーブルの角にぶつかったりしていました。
(それは「斜視あるある」)
多くの斜視の人は、斜視になっている方の目で見た映像を、頭の中で打ち消してしまっています。
(「見えている」けれど、「見てはいない」状態。「抑制」と言います)
片目でしか対象物を見ていないため、距離感が上手くつかめません。
とはいえ、普通は、経験の中で、モノの大きさなどから距離感を学習していくのです。
それが、年を重ねるにつれて目の筋肉が衰え、
ズレが大きくなって、
さらに、頭の中の調整機能がついていかなくなってきたということ。
そういうことがあっても、日常生活に大きく支障があるわけではないので、
そのままになっていました。
あんなに驚いたのに、いつの間にか、
パソコンと自分だけの距離の中で、
だんだん、なかったことになっていったのでした。
(つづく)