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Shakespeare 『ペリクリーズ』第5幕第1~第3場

第5幕

 (ガワー登場)

ガワー
 我々の 物語では マリーナは
 売春宿を 後にして 幸運に 恵まれて
 真面目な人の 家に落ち着く ことになります
 彼女の歌は この世のものと 思えぬほどの 美しさ
 踊ったならば 女神のような その踊り
 人の目を 魅了する
 話をすれば 博識な 学者でさえも 黙り込む
 刺繍針 使ったならば 花や鳥 木の枝や 木の実など
 自然の姿 そのままで
 彼女のバラは 自然のバラと 瓜二つだし
 ルビー色の チェリーなど ウールでも シルクでも
 本物と そっくり同じ
 貴族の子女が こぞって生徒に なったため
 彼女には 多くの富が 集まるのです
 その収入を 彼女はすべて
 忌わしい 女将にすぐに 与えるのです
 マリーナの 話はここで 中断し
 海上に 残したままの ペリクリーズに 目を向けましょう
 海の上では 風に吹かれて 彼の船
 事もあろうに 娘が住んでる 土地にまで 流れ着き
 沖合に 碇泊(ていはく)したと ご想像 お願いします
 丁度その日は 海の神 ネプチューンの
 年に一度の 祭りの日です
 そこにいた ライスィメイカスは
 豪華な船で あるのにも 拘わらず
 黒い弔旗(ちょうき)を 掲げてる タイアの船を 目にすると
 小舟で急ぎ その船に 向かったのです
 どうか皆様 もう一度 この舞台を 悲しみに 打ち沈む
 ペリクリーズが 乗る船と ご想像頂いて
 そこで起こる 顛末(てんまつ)を しっかりと 演じますので
 ごゆっくり ご鑑賞 お願いします (退場)

 
第1場
ミティリーン沖 ペリクリーズの船のデッキ

 (ヘリケイナス、水夫1 & 2登場)

水夫1
〈水夫2に〉ちょっと待って くれないか?
 ヘリケイナスさまに 取次ぎをするからな
 ああ いらっしゃったぞ
 〈ヘリケイナスに〉ミティリーンから
 小舟が一艘 着きまして
 ここの領主の ライスィメイカスと いう方が
 乗船したいと 申されて いるのですけど…
 どうしましょうか?
ヘリケイナス
 ご案内 致すのだ 紳士らを呼んでくれ
水夫1
 紳士の方々 どうかデッキに お集まり 願います

 (2、3人の紳士登場)

紳士1 
 お呼びでしょうか? 
ヘリケイナス
 紳士諸君 身分のある方 乗船される
 丁重に お迎えを するのだぞ (紳士達 退場)

 (紳士達、水夫達、ライスィメイカス、貴族達 登場)

水夫1
 さあ こちらです この方(かた)に お聞きになれば
 どんなことにも お答えになるでしょう
ライスィメイカス
 初めてお目に かかります 神のご加護が ありますように!
ヘリケイナス
 あなたにも! 私を超える 年まで生きて
 安楽な 最期が来るよう 願っています
ライスィメイカス
 ありがとう ございます
 実を申せば ネプチューンの 海の神を奉る 恒例の
   祭りをここで していたところ
 海辺から ご立派な船を 見たのです
 どこからの お起こしなのかを 伺おうと 思いつき
    ここに参った 次第です
ヘリケイナス
 失礼ですが ご身分は?
ライスィメイカス
 目の前に 広がる土地の 領主です
ヘリケイナス
 領主殿 我らの船は タイアからです
 この船に 国王も 乗船されて おられます
 だが 国王は ここ3ヵ月 誰とも言葉 交わされず
 悲しみを 引き延ばす 僅(わず)かな物を 口にされるが
 真面な食事は なさらない
ライスィメイカス
 ご不興の 原因は 何なのですか?
ヘリケイナス
 話せば長い ことになります 要点だけを 申すなら
 最愛の 王女と王妃 亡くされた ことなのだ
ライスィメイカス
 お目通り 願えますか?
ヘリケイナス
 それはできるが お会いされても 意味がない
 どなたとも 一切口は 利かれない
ライスィメイカス
 では お目にかかる それだけで… 
ヘリケイナス
 それならどうぞ (カーテンを開ける) 
 運命的な 一夜の惨事で このように なられたのです 
ライスィメイカス
 偉大なる王! 万歳! 神のご加護を! 高潔な陛下!
ヘリケイナス
 何をしようと 無駄なのですよ お話しは されません
貴族1
 申し上げます ミティリーンには
 一人の女性が いるのです あの娘なら 
 きっと王でも 口を利かれる ことでしょう
ライスィメイカス
 それはいい 考えだ あの娘なら 必ずや
 美しい 歌声と 数ある他の 魅力によって
 今はまだ 閉ざされている 門をこじ開ける ことでしょう
 あの娘はとても 朗らかで 誰よりも 美しい
 今 彼女は 仲間の 娘らと
 島の横に 突き出している 岬の森に いるはずだ
 (貴族1に囁く。貴族1退場) 
ヘリケイナス
 残念ですが 効力はないでしょう
 でも 少しでも 回復の 望みあるなら
 どんなことでも 試さねば なりません
 ご親切に して頂いて もう一つ お願いが あるのです
 食糧が 不足していると いうのでは ありません
 時が経ち 古くなって いますので
 食糧を 少しだけ 購入させて 頂けません?
ライスィメイカス
 そんな物など 無料にして 差し上げましょう
 そうしないなら 正義の神が 天罰をくだされて
 麦の穂の 一つ一つに 害虫を 送られて
 この土地は 飢饉(ききん)に喘(あえ)ぐ ことになります
 そのことよりも もう一つ お願いします
 王の悲嘆の 原因を 詳しくお話し 頂けません?
ヘリケイナス
 では お座りください お話しを 致しましょう
 おや… どなたかが 参られました

 (貴族1、マリーナ、お付きの女性登場)

ライスィメイカス
 ああ 私が呼んだ 娘がここに 来ています
 〈マリーナに〉よく来てくれた
 〈ヘリケイナスに〉美しい 女性でしょう
ヘリケイナス
 なかなか立派な 貴婦人ですな
ライスィメイカス
 由緒正しい 貴婦人と 確認が 取れたなら
 花嫁として 素晴らしい 選択で
 最高の 結婚が できるのですが…
 美しい娘で 美に由来する 美徳など 兼ね備えてる
 〈マリーナに〉心を病んで 苦しんでいる
 王がここに いらっしゃる
 不可思議な あなたの力で 王が言葉を 取り戻せたら
 その成功の お礼とし 望むものを 与えよう
マリーナ
 領主さま できる限り 王さまの 快復に 努めます
 ただ一つ そのために 私と連れの 女性以外は
 王さまの 傍からは 離れていて もらえませんか?
ライスィメイカス 
 では あなたに任せ 我々は 離れています
 神の力を お借りして あなたの成功 祈っています 
 (マリーナは歌う)
ライスィメイカス
 (前に進み出て)  歌をお聞きに なりました?
マリーナ
 いいえ ちっとも 振り向いたりも されません
ライスィメイカス
 (脇に下がって ヘリケイナスに)
 あの娘が王に 話しかけて いるところです
マリーナ
 陛下! 王さま! お耳を少し 拝借させて 頂けません?
ペリクリーズ
 ハァ? 何だって?! (王はマリーナを押しのける)
マリーナ
 私は今まで 一度たりとも 他人(ひと)の視線を もらおうと
 誘ったことは ありません 控え目な 娘です
 いつも私は ほうき星かと 思えるほども
 他人の視線に 晒されて いるのです
 耐え難い 苦しみを 味わった 私のものと
 王さまの 悲しみを 正しく秤(はかり)で 測ったら
 左右どちらにも 傾かないと 思います
 気まぐれな 運命により 私の地位は
 落ちぶれて おりますが
 祖先の血筋 遡(さかのぼ)るなら
 偉大な国の 国王に 劣らない 家柄に 生まれています
 でも「時」が 私の家柄を 消し去りました
 そして私は この世の波に 弄ばれて
 人に仕える 立場になって しまったのです
 〈傍白〉ああ こんな話は もうしたくない
 でも なぜか 私の頬が 火照(ほて)り出し
 誰かが私に 囁いている
 「王さまが 話し出すまで やめてはならぬ」と
ペリクリーズ
 運命 血筋 家柄が 私と同じと 言ったのだな?
 そうではないか?
マリーナ
 はい 言いました 私の家柄 ご存知ならば
 先程のような 暴力は されなかったと 思います
ペリクリーズ
 確かにそうだ 悪かった
 頼むから こちらの方を 向いてくれ
 よく似ているな 生まれはどこだ? この土地の 者なのか?
マリーナ
 いいえ どこの土地でも ありません
 でも 見ての通りで 普通の娘です
ペリクリーズ
 〈傍白〉悲しさが 込み上げて来て
 今にも涙が 溢れそうだ
 愛(いと)しい妻は あの頃は この娘のような 顔立ちだった
 私の娘も 生きていたなら
 これほどの 年頃に なっていたはず
 この娘 私の王妃に そっくりだ  広い額も
 スラッと伸びた 背丈まで 同じだし
 銀の鈴 思わせる声 宝石のように 輝く瞳
 美しい瞼も 同じほど ゴージャスだ
 歩く姿は ジューノの 生き写し
 声を聞いたら よりそれを 聞きたくなって しまうほど
 〈マリーナに〉ところで君が
 住んでいるのは どこなのだ?
マリーナ
 私には 異国の地です
 でも このデッキから 見える場所です
ペリクリーズ
 育ったのは どこなのだ?
 どうやって その才能を 開花させたのか?
 そのおかげで 君という娘(こ)は 輝いて見えるのだ
マリーナ
 私がもしも 過去の話を したのなら
 きっと嘘だと 思われて 私のことを
 軽蔑される ことでしょう
ペリクリーズ
 頼むから 話しておくれ
 君の口から 偽りの 言葉など 出て来るわけが ないからな
 その顔は 正義の女神 思わせる 慎み深さ
 真実の王が 住んでいる 宮殿の ようである
 君の言葉は 信じることが できるのだ
 君の話が 有り得ないと 思えても
 この感覚が その話 信じるように させるだろう
 その理由はな 君は私が 愛した女性 そっくりなのだ
 君の家柄は どのような 人達だ?
 君のことに 気がついて 押しのけたとき
 君の家柄は 立派だと 言ってたような 気がするが…
マリーナ
 確かにそれは 言いました
ペリクリーズ
 では 両親のこと 話しては くれないか?
 この世の虚偽や 不正の波に 揉(も)まれて君は
 私の悲しみに 匹敵する 悲しみを 味わったと
 言ってましたな
マリーナ
 はい そう言いました
 私の中で 有り得ることと 思われる ことだけを
 お話ししました
ペリクリーズ
 では その話 聞かせてもらい
 君が受けた 悲しみが
 私のそれの 千分の一に 価すると 分かったならば
 君は雄々しく それに耐え
 私は女々しく していただけと 認めよう
 いや しかし 君を見てると
 王族の 墓に立つ 忍耐の 像のようだし
 微笑みにしても 究極の 苦しみを 取り除いて くれそうだ
 いったい君の 親族は どんな人達 なのですか?
 なぜ連絡が 取れなくなって しまったのです?
 君の名は 何なのだ? さあ 言ってくれ 傍に座って!
マリーナ
 私の名前 マリーナと 申します
ペリクリーズ
 ああ この私を 馬鹿にするのか!?
 君が来たのは 心ない 神の挑発に 従って
 この私を 嘲笑う ためなのか!?
マリーナ
 お願いです どうか心を お鎮めに なってください
 そうでないなら 話すのは やめにしますわ
ペリクリーズ
 おとなしく してるから 続けて欲しい
 君の名が マリーナと聞き
 どれほどの ショックを受けたか
 想像も できないだろう
マリーナ
 マリーナという 名前を私に くださったのは
 位の高い 人でした 国王である 私の父です
ペリクリーズ
 何だって?! 国王の娘だと!? そして名前が マリーナと!!
マリーナ
 私の話を 信じると 仰ったので…
 でも そんなにも お心を 乱されるなら
 もうよしましょう
ペリクリーズ
 だが 君は 生きている 人間か?
 脈拍は あるのです?
 妖精じゃ ないのです?
 続けてくれ! さあ 話すのだ!
 どこで生まれた⁈ なぜマリーナと 名づけられたのか!?
マリーナ
 マリーナと いう名前 付けられたのは
 海の上で 生まれたからです
ペリクリーズ
 海の上? 母親の名は?!
マリーナ
 私の母も 国王の娘です
 私を産むと 母はすぐ 亡くなりました
 乳母のリコリダ 何度もそれを 話してくれて
 その度に 涙を流して おりました
ペリクリーズ
 少しだけ 息をつかせて くれないか?
 眠りの中で 悲しみに くれている 愚か者を
 欺く夢に 違いない
 そんなはず あるわけがない!
 — 娘はすでに 埋葬されて いるのだからな—
 君が育った 所はどこだ?
 最後まで じっくりと 話を聞こう
 もう邪魔は しないから
マリーナ
 信じ難くて 信じることを 拒んでおられる 様子です
 話すのは やめたほうが 良くありません?
ペリクリーズ
 君の言葉の 一言一句を 信じよう
 でも その前に 聞きたいことが…
 どうやって この地まで 来たのだね?
 もう一度 尋ねるが 育ったのは どこなのだ?
マリーナ
 王である 私の父は ターサスに 私を残し 去りました
 残酷な クリーオンと 邪(よこしま)な ダイオナイザが
 私のことを 殺そうと するまでは
 そこで育てて もらってました
 奥さまに 命令されて 悪党が 私を殺そうと したときに
 海賊の 一群が 現れて 剣先を突き付けて
 私を船に 攫(さら)って行って
 ここミティリーンに 連れてきました
 どうなさったの? なぜ泣いて いらっしゃるの?
 きっと私が 作り話を していると お思いなのね
 この私 王である ペリクリーズの 娘なのです
 善良な王 ペリクリーズが まだ生きて おられるなら…
ペリクリーズ
 おーい! ヘリケイナス!
ヘリケイナス
 何かご用で?
ペリクリーズ
 あなたは真面目で 高潔な 相談役だ
 何事であれ 賢明な 判断を しれくれる
 こんなにも 私を泣かせる この娘は
 何者なのか? 何者に 見えるのか?
 分かるなら 教えておくれ
ヘリケイナス
 私には 分かりかねます
 ここにおいでの ミティリーンの 領主によると
 高貴な女性の ようですが…
ライスィメイカス
 この娘 両親の ことなどは 話そうと しないのですよ
 問い詰めると いつも黙って 泣くばかり…
ペリクリーズ
 ああ 名誉ある ヘリケイナス
 どうか私を 叩いては くれないか?!
 いや 斬り付けて くれたっていい!
 今すぐに 体罰を 与えて欲しい
 そうでないなら 喜びの 大波が
 命の岸壁 乗り越えて 私の頭上に 降り掛かり
 この幸せの 渦に呑(の)まれて 溺れ死んで しまうだろう
 ああ マリーナ ここに来なさい
 おまえに命を 与えた父に  今おまえ  命を 与えたのです
 海で生まれた おまえは遠く ターサスで 土に埋められ
 海でまた 蘇ったのです
 〈ヘリケイナスに〉跪き 我々を 脅かす 雷鳴よりも
 高らかに 聖なる神に お礼の言葉 述べてくれ
 この娘は私の マリーナなのだ
 〈マリーナに〉母の名前は 何だったか 言ってくれ
 それさえ聞けば もう聞くことは 何もない
 もうすでに 疑いなどは 消えてはいるが
 真実を より確実に したいのだ
マリーナ
 その前に お願いです
 どうかお名前 お聞かせください 
ペリクリーズ
 タイアの王の ペリクリーズだ!
 さあ 言ってくれ 海で命を 落としてしまった
 王妃の名前 何であったか?
 他のことは 完璧に 言い終えた
 マリーナ おまえが 我が王国の 跡継ぎで
 父親の ペリクリーズの 命の支えだ
マリーナ
 母の名を 正しく言えば
 お父さまの 娘にと なれるのですね
 私を産んで そのときに 命を亡くした
 母の名は セイザです
ペリクリーズ
 さあ 神の祝福を!
 立つがいい まさしく私の 娘だからな
 ヘリケイナス 新しい服を 持って来てくれ 私の服だ
 マリーナは ターサスで 死んでなかった
 残忍な クリーオンに 殺されていても
 おかしくは なかったのだが
 すべてのことは マリーナが 話すであろう
 それを聞いたら 納得し
 マリーナを 王女と認める ことだろう
 誰が来たのだ?
ヘリケイナス
 こちらの方(かた)は ミティリーンの 領主です
 王さまの お体を 心配し
 お見舞いに 来られたのです
ペリクリーズ
 ハグさせて 頂こう 礼服を 持って来てくれ
 喜びが 大き過ぎ 目が回りそうだ
 ああ 神よ! どうか娘に 祝福を!
 おや 聞こえるだろう?!  何の音楽?
 マリーナよ  ヘリケイナスは 事情がまだ
 吞み込めて いないから 確かに私の 娘であると
 一つ一つ 説明を してやってくれ
 だが あれは 何の音楽?
ヘリケイナス
 私には 何も音など 聞こえませんが…
ペリクリーズ
 聞こえない? 天上の音楽だ 耳を澄まして
 聞いてごらん マリーナ
ライスィメイカス
 仰ることに 逆らうの 良くありません
 調子を 合わせて あげるのですよ
ペリクリーズ
 とても不思議な 音楽だ 聞こえないのか?
ライスィメイカス
 聞こえています
ペリクリーズ
 この世のものと 思えない 天からの 音楽だ
 うっとりと 安らぐ音で 私の瞼(まぶた) 重くなって きているな
 少しの間 休ませて頂こう
ライスィメイカス
 王のために ここに枕を! 王を一人に してあげましょう
 さて 皆さま もしこれが 私の思う 方向に
 進むのならば 良き知らせ お届けします
 (ペリクリーズ以外、一同退場)

 ([ペリクリーズの夢の中] 女神ダイアナ登場)

ダイアナ
 ダイアナの 神殿は エフェサスにある
 あなたは急ぎ その神殿に 行きなさい
 我が祭壇に お供えを した後で
 修道女らを 全員集め その者達を 前にして
 海の上で 命なくした 妻のことを 語りなさい
 その次に 汝の不幸な 娘の苦難
 事実に沿って 語るのですよ
 この指示に 従うのなら 幸福が訪れる
 従わぬなら 不幸が待って いるでしょう
 私の持つ 銀の弓に懸け 目を覚ますのよ
 目を覚まし この夢を 語りなさいね (退場) 
ペリクリーズ
 銀色の衣装を 纏(まと)うダイアナ!
 あなたの指示に 従いましょう
 おい ヘリケイナス!

 (ヘリケイナス、ライスィメイカス、マリーナ登場)

ヘリケイナス
 はい 何でしょう?
ペリクリーズ
 ターサスに これから向かい 非道なまでの クリーオン
 討伐する気で いたのだが
 その前に やるべきことが 出てきたために
 行き先は エフェサスとする そのわけは
 しばらくしたら 話すから
 〈ライスィメイカスに〉英気を養うために しばらく
 上陸許可を 願いたい
 その間 旅に欠かせぬ 食糧を 購入させて 頂けないか?
ライスィメイカス
 喜んで ご要望に お応えします
 その際に こちらから お願いが あるのです
ペリクリーズ
 マリーナと 結婚したいと 言われても
 喜んで お受けせざるを 得ないだろう
 随分お世話に なったようだし…
ライスィメイカス
 お嬢さまの お手を取らせて もらいます
ペリクリーズ
 マリーナ さあ行こう (一同退場)

第2場
エフェスサス ダイアナの神殿の前

 (ガワー登場)

ガワー
 砂時計の 砂が尽きようと しています
 あとわずか そこで私も 沈黙します
 これが最後の 頼みごと
 快く お受け頂き そろそろ私を ご放免 願います
 王を迎えて ミティリーンは 豪華な式典
 宴会や音楽や 余興など 喧騒があったこと 
 どうかまた 皆さまの ご想像に 委(ゆだ)ねます
 ライスィメイカスは 美しいマリーナと
 婚約が成立します
 でも ダイアナが 命じたように
 祭壇に お供えが 必要です
 そこまでの 船旅の 詳細は 省かせて もらいます
 船には羽が 生えたよう 望み通りに 一気に彼らを
 エフェサスに 届けることが できたのも
 皆さまの 想像力の お陰です (退場)

第3場
エフェサス ダイアナの神殿の前

 (セイザが修道院長として修道女達を従えて登場し、祭壇近く
に立つ。セリモンとエフェサスの住人達が登場。ペリクリーズ、
ライスィメイカス、ヘリケイナス、マリーナ、その他登場)

ペリクリーズ
 聖なる女神 ダイアナよ ご命令に 従って ここに来ました
 私はタイアの 王ですが 危険があって 国から逃れ
 ペンタポリスで 美しいセイザという 王女と結婚 したのです
 出産のとき 妻は死に 生まれた子には
 マリーナと 名づけました
 ああ 貞節の シンボルである 女神ダイアナ!
 マリーナは ターサスの 国王である
 クリーオンに 養育されて おりました
 ところが娘 14歳に なったとき
 クリーオンに 殺されかけて いたところ
 幸運の星に 助けられ ミティリーンに 逃れたのです
 たまたまそこの 沖合に 碇泊してた 我が船に
 一人の娘(むすめ)が やって来て
 その娘(こ)が語る 過去の記憶で 私の娘と 分かったのです 
セイザ
 そのお声! そのお姿は!
 ああ あなたは… ペリクリーズ… (気絶する)
ペリクリーズ
 どうかしたのか? あの修道女は?
 死んでしまうぞ 誰か助けろ!
セリモン
 王さま 今ここで 女神ダイアナに 語られたこと 真実ならば
 あの方は あなたの王妃 なのですよ!
ペリクリーズ
 高貴な方と お見受けするが
 それは違うと 言わざるを 得ないのだ
 妻はこの手で 船から海に 投じたからだ
セリモン
 きっとそれ この海の 沖でしょう
ペリクリーズ
 はい その通りです
セリモン
 僧院長の お手当てを! 喜びが 大き過ぎ
 気を失って しまわれたのだ
 あのご婦人を 納めた棺 荒れ狂う海が
 激しく音を 立てていた朝
 ここの浜辺に 打ち上げられて いたのです
 私が棺を 開けますと 宝石に囲まれて
 ご婦人が 横たわって いたのです
 私の手当てで 息を吹き 返されて
 お元気に なられたので
 ダイアナの神殿に お入れしました
ペリクリーズ
 その宝石を 見ることは できますか?
セリモン
 もちろんです 私の家に 来てもらえれば
 喜んで お見せしましょう
 おや 僧院長の 意識がもとに 戻ったようだ
セイザ
 ああ もう一度 この目でしっかり 確かめないと
 もし 彼が 私の夫で ないのなら
 私の操は 欲望という 囁きに 耳を貸したり
 しないでしょうし 見ることさえも 抑制するに 違いない
 ああ あなた! ペリクリーズじゃ ないのです?!
 お声も お顔も そっくりですし…
 嵐とか 出産や死とか 仰って いませんでした?
ペリクリーズ
 死んだセイザの 声がする…
セイザ
 そのセイザです この私
 死んだと思われ 水葬された セイザです
ペリクリーズ
 不滅の女神 ダイアナよ!
セイザ
 私には今 あなただと はっきりと 分かります
 涙ながらに 私達 ペンタポリスを 出るときに
 私の父が あなたにと 贈った物が
 その指に 嵌(は)めている 指輪ですから 
ペリクリーズ
 これだ そう これなのだ ああ神よ!
 この幸せは 過去の不幸を 帳消しに してくれる
 その唇に 触れるとすぐに この体 溶けようと 構わない
 さあ もう一度 この腕の中に 飛び込みなさい
マリーナ
 私の心は お母さまの 胸の中に 飛んで行きます
 (セイザに跪く)
ペリクリーズ
 さあ 見てごらん 跪いてる 女性は誰か?!
 あなたの体を 分けた子だ セイザ
 海に因(ちな)んで 名づけた娘の マリーナだ
セイザ
 神の祝福 受けた私の マリーナね!
ヘリケイナス
 万歳! 奥さま万歳! 王妃さま!
セイザ
 この方(かた)は?
ペリクリーズ
 私がタイアを 出るときに 国の統治を 任せたという
 高齢の 家臣だよ その話 したはずだ
 その人の名は 覚えてないか?
 彼の名は 何度も 口にしたのだが…
セイザ
 ヘリケイナスね
ペリクリーズ
 また一つ 新たな証拠
 セイザ どうか彼を ハグしてあげて くれないか?
 ヘリケイナス なんだから
 さあ どのようにして 発見されて
 どのようにして 蘇生したのか 聞きたいものだ
 この不可思議な 奇蹟に対し 神の他には
 誰に感謝を すればいいのか?
セイザ
 セリモンさまです 神の力を 発揮されたのは
 この方を 通してです 他の誰でも ありません
ペリクリーズ
 セリモン殿 神様は 人間を 使者として
 お遣わせ なさいます
 その中で あなたほど 神のお傍に
 仕える方は いらっしゃるまい
 死んだ王妃を どのようにして 蘇(よみがえ)らせて くれたのか
 是非お聞かせを 願いたい
セリモン
 では そのように 致します
 その前に 我が館へと お越しください
 王妃と共に 発見された 品々を お見せして
 この神殿に 入られた 経緯など 重要な点
 漏らすことなく 話しましょう
ペリクリーズ
 聖なる女神 ダイアナよ!
 あなたのお告げに 感謝して
 一日の 終わりには 祈りと供物(くもつ)を 捧げます
 セイザ ここにおられる 立派な領主と
 マリーナは 婚約者で
 ペンタポリスで 結婚と なっている
 (髭を触って) この飾りなど 雰囲気を 陰気にさせる
 形をさっぱり 整えましょう
 14年間 剃刀(かみそり)を 当てないで いたけれど
 婚礼の日を 祝うため 身綺麗に せねばならない
セイザ
 セリモンさまに 手紙が届き 私の父が 亡くなったとか…
ペリクリーズ
 天に昇って 星になられた ことだろう
 だが ペンタポリスで 二人の婚礼 執り行って
 我々は そこで余生を 過ごしましょう
 タイアの統治 婿殿と 娘に任せ 隠居する
 セリモン殿に 我々の滞在を お許し願い
 まだ聞いてない 話をしっかり 聞かせてもらう
 では ご案内 宜しく頼む (一同退場)

 (ガワー登場)

ガワー
 アンタイオカスと 娘とは 悍ましい 官能の 欲望により
正当な罰を受ける お話で ペリクリーズと 王妃と娘の
お話は 過酷で苦い 運命に 襲われようと 美徳とは 破壊
の嵐に 耐え抜いて 天にしっかり 導かれ 最後には 栄光の
喜びを 与えられる お話です ヘリケイナスでは 真実や
誠実さ 忠誠心の 大切さ 高徳な セリモンでは 学識と
慈悲の心 の大切さ 教えてくれて 邪な クリーオンと
その妻は ペリクリーズに 対しての 悪逆な 所業など
人から人に 伝わって 一族みんな 宮殿で 焼き殺された
模様です 為されなくても 思っただけの 殺人さえも 嫌わ
れる 神でさえ 彼らを罰し 満足された ことでしょう
長らくの ご辛抱 痛み入ります
では 皆さまの 新しい 喜びが 始まりますよう
お祈りし これで舞台を 終えましょう (退場)



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