Shakespeare 『ペリクリーズ』第4幕第1~第6場
第4幕
(ガワー登場)
ガワー
ペリクリーズは タイアに帰り
故郷の人に 歓迎されて 物事は 思い通りに 進んで行き
悲しみの 王妃は エフェサスに 残されて
女神に使える 修道女に なられたのだと
ご想像 お願いします
さて時は 過ぎゆき お心を ターサスの
マリーナに お向け下さい
マリーナは クリーオンの 教育を受け
音楽や 教養を 特に良く 身に付けて
王女とし 相応しい 成長ぶりで
人々の 憧れの的と なりました
ところが何と 嫉妬という 怪物が
マリーナが得た 賞賛や 彼女の命
反逆の 刃(やいば)を使い 取り上げようと 狙う者
現れしまた
事の起こりは クリーオンには 娘が一人 おりまして
その娘 フィローティンと 申します
マリーナと 同じ 結婚の 適齢期 ここで扱う 物語では
フィローティンは マリーナと 仲良しで
片時も 傍を離れず マリーナが 真っ白の
長くて華奢な 指を使って 絹糸を 織るときも
あるいは 鋭い針で 白い布
傷つけるかに 見えるほど 上手に刺繍を するときも
リュート に合わせ マリーナが 歌い出し
夜鳴き鳥さえ 聞き惚れて 歌うのを やめるときにも
あるいは 女神を讃える 讃美歌を
確かな筆で 書き記すときも
フィローティンは 完璧な マリーナと
その技を 競おうと するのです
あたかもそれは パフォスの白い 鳩に対して
烏(カラス)が白さを 競おうと 挑むかのよう
マリーナは 当然のように 賞賛されて
フィローティンは 多くの美点 備えているのに
全くそれが 目立たない
そういうことで クリーオンの 妻である
ダイオナイザは 極度の妬みで
マリーナの 殺害を 命じます
それにより 自分の娘を 際立たせようと したのです
邪(よこしま)な企(たくら)みを 容易にするため マリーナの乳母
リコルダは 命を落とす ことになります
鬼のような ダイオナイザは
言いなりになる 家来に対し
マリーナに 一撃を 加えるように 命じます
これから起こる 出来事の その結果
ご満足 頂だけるよう 舞台でお見せ 致します
たどたどしい リズムにも 拘わらず
私の言葉は 「時」より速く 進みます
皆さまの 想像力を お借りしないと
そのギャップ 埋めることなど できません
今すぐに 暗殺者 リオナインを連れ
ダイオナイザが 登場します (退場)
第1場
ターサス 海辺近くの広場
(ダイオナイザ、リオナイン登場)
ダイオナイザ
誓いはしっかり 覚えてるわね
必ず殺ると 言ったでしょう
ほんの一撃 知られることは ありません
手っ取り早く 片付けて
こんなにも 儲かる仕事 ないのだからね
良心なんて 冷たいものよ
優しい気持ちを 起こしたりして
良心を 口うるさく 燃え立たせたり しては負け
殺す相手が 女でも 慈悲の 気持ちを 起こしても負け
殺るために 軍人に なりなさい
リオナイン
絶対に 殺りますからね
でも マリーナは 善良な 人ですよ
ダイオナイザ
だからこそ 天に召される べきなのよ
ほら マリーナが やってきた
たった一人 頼りにしてた 乳母が死に
それで涙を 流しているの
あなたの決意は 揺らぐことなど ないでしょうね!
リオナイン
絶対に ありません
(花籠一杯の花を持ったマリーナ登場)
マリーナ
大地から 花の衣装を 取り去って
あなたが眠る 緑の芝に 蒔きましょう
黄色い花や 青い花 紫色の スミレたち
それに加えて マリーゴールド
暖かい日が 続く限りは
あなたの墓地に 咲き続けます
ああ 悲しいわ 嵐の中で 生まれたときに
お母さまは 亡くなって この世の中は
私にとって 嵐の日々よ 親しい人から 離されていく
ダイオナイザ
どうしたの? マリーナ 一人なの?
フィローティンは どうしてあなたと 一緒じゃないの?
そんなにも 悲しむと 血が減っていく
私を乳母と 思えばいいわ
まあ 顔色が 嘆きのために 灰色に 変わってしまい…
潮風で その花が 萎れないうち
私にそれを お渡しなさい
リオナインと 散歩でも なさったら?
潮風は 活力を 与えるし 消化を助け
食欲も 湧いてきますわ
さあ リオナイン 彼女の腕を お取りして
散歩に連れて あげなさい
マリーナ
いえ それは 結構ですよ
あたなの家来を お借りするのは 良くありません
ダイオナイザ
まあ あなた! あなたのことも お父さまも
私は 身内のように 思っています
私達 今か今かと お父さまが 来られるの 待っているのよ
手紙では お手本のような 女性だと 書いているのに
そんなにも やつれていれば
はるか遠くの この国に 残してきたこと 悔やまれて
夫と私は しっかりと 養育しなかったとし
非難される ことになります
お願いだから 散歩に行って 元気なあなたに 戻ってね
人々の 目を引いた 美しい あなたの表情
取り戻して くださいね
私のことは 気にしなくても 結構よ
一人で家に 帰れますから
マリーナ
それでは少し 散歩しに 参ります
あまり気乗りは しないのですが…
ダイオナイザ
まあ そんなこと 言わないで 体には いいのですから
リオナイン 30分は お供するのよ
言ったこと 忘れないでよ!
リオナイン
お任せください 奥さま
ダイオナイザ
では しばらくは お散歩を 楽しんで くださいね
でも ゆっくり歩き 汗をかかない 程度にね
本当に 手の掛かること…
マリーナ
ありがとう ございます (ダイオナイザ退場)
この風は 西風かしら?
リオナイン
南西ですね
マリーナ
私が生まれた ときの風 北風よ
リオナイン
そうですか
マリーナ
乳母の話 なんだけど
私の父は 嵐なんかを 恐れもせずに
水夫達に 号令を掛け 王自らが 綱を引き
擦りむいた手で マストに掴まり
デッキを壊すかと 思えるほどの大波に 耐え続け
頑張られたと 聞いております
リオナイン
いつのことです?
マリーナ
この私 生まれたときよ
波や風 あんなにも 荒れたのは
それまでに なかったことよ
帆先まで 縄梯子で 登ってた 水夫が波に さらわれて
ある者が 言った言葉が
「アッチッチ Inside Out! Go ? 海に落ちたか?」
水夫らは みんなずぶ濡れ
船の先から 船尾まで 走り回って 水夫長 警笛鳴らし
船長は 怒鳴り散らして 混乱の渦 だったのよ
リオナイン
訳の分からん 話はやめて さあ お祈りを!
マリーナ
お祈りを?! どういうこと?
リオナイン
祈りたいなら 少し時間を 与えよう
祈るがいいが 手っ取り早く やるんだぞ
神の耳には 届くはず
すぐに殺ると 誓ったからな
マリーナ
どうして? 私を殺すの?
リオナイン
それが王妃の 命令なんだ
マリーナ
でも なぜ王妃が?! 私のことを?
誓ってもいい 今まで一度も あの方を
傷つけた 覚えはなど ありません
リオナイン
どんな人にも 悪いことなど 言ったことも
したことも ありません 本当よ
ネズミだって 蝿だって 殺したことも
傷つけことも ないのですから
マリーナ
虫をうっかり 踏んだこと あるけれど
泣いてお詫びを しましたわ
どうして私 王妃さまを 怒らせるの?
私が死ねば あの方の 理に適(かな)い
生きていたなら 危険なのかが 分からない
リオナイン
俺の仕事に 理由づけなど 必要はない
ただ殺るだけだ!
マリーナ
そんなこと あなたはきっと しないはず
優しそうだし 優しい心を お持ちのはずよ
先日の 喧嘩のときは 仲裁に入られて
怪我をなさって いましたね
本当に 善良さ 見て取れました
もう一度 それをなさって 頂けません?
あなたの王妃が 私の命を 取ろうとしてる
哀れに思い 仲裁に 入ってくれて
弱い私を 助けて下さい
リオナイン
誓ったからは 殺るだけだ
(マリーナを摑まえる)
(海賊達登場。リオナイン退場)
海賊1
待て! 悪党め!
海賊2
すげえ獲物だ! こいつはすげえ!
海賊3
山分けだ 分かったな さあ この女
さっさと船に 搔(か)っさらおうぜ
(マリーナを連れて海賊達退場)
(リオナイン登場)
リオナイン
あの海賊は 海賊王の ヴァルティーズの 配下の者だ
マリーナを 連れ去った どこにでも 連れて行け
戻って来たり しないだろうな
きっと殺され 海の中へと 投げ捨てられる
もう少し 様子伺い 待つことにする
弄ぶだけ その後は 船には連れて 行かないことも
考えられる 残されてたら 大変だ
犯された あの女 この俺が 始末する
第2場
ミティリーン 売春宿の一室
(売春宿の亭主、女将、ボウルト登場)
亭主
ボウルト!
ボウルト
何でしょう?
亭主
しっかり市場を 探してこいよ
ミティリーンには しゃれた男が 数多くいる
それなのに この宿は 女不足で 損失続き
女将
これほども 女の子が 足りなくて 困ったの 初めてのこと
今いるの あのお粗末な 3人だけよ
この数じゃ どうすることも できないわ
この3人は 働き詰めで ガタが来ている
亭主
フレッシュな 人材が 必要だ 契約金は はずまないとな
どんな商売 するにしたって 良心的にやらないと
栄えることは ないだろう
女将
その通りだね 父親が 誰だか不明の 哀れな子
11人も 育てたけれど…
ボウルト
そう 11人も 破滅させ …
では 市場調査を してきましょうか?
女将
他(ほか)に手が ないでしょう ここにいる スタッフは
風でも吹けば 飛んでいく 根が腐ってる 根なし草だよ
亭主
今の言葉は 本当だ あの娘らは はっきり言って 不潔だし
東欧から来た 男なんかは 死んでしまった
うちの娘と 寝たからだろう
ボウルト
全くだ あの娘ときたら 男にすぐに
梅毒を プレゼントして
男がすぐに 蛆虫(うじむし)の プレゼントに なっちまったな
では 市場調査に 出かけます (退場)
亭主
3千か 4千枚の 金貨でも あったなら
楽に暮らせて この商売は 辞められる
女将
どうしてなのさ? 辞めるなんての …
年を取ったら 金儲けなど 恥とでも 言うのかい?
亭主
俺達の 評判は 儲けほど 良くはない
儲けにしても 危険性 考えたなら 釣り合わない
若い間に 溜め込んで 早いうちに 店じまい するのに限る
それにだな 神様に 受けが悪いと なったなら
辞めるのも 正論だ
女将
何を今さら 言ってるんだよ
他の商売 見てみても 悪いこと してるのは 同じだよ
亭主
俺達と 同じかい?! いやもっと 上手くやってる
俺達の やりかたは 下手なんだ
俺達の 仕事なんかは 職業なんて 言えないし
天職じゃ ないからな
おや ボウルトが 帰ってきたな
(海賊達とマリーナを連れてボウルト登場)
ボウルト
さあ こちらへどうぞ
確かこの娘(こ)は バージンと 言いましたよね
海賊1
ああ 言った 間違いはねえ
ボウルト
〈亭主に〉旦那 この品を 安く手に 入れました
お気に召したら すべて良し
そうでなきゃ 手付金が 大損になる
女将
それじゃ この娘を 売りに出す
謳(うた)い「文句」は どうするのかい?
ボウルト
美人だし 話し振りは 上品だ
豪華な服を 着ていると
これで「文句」 は ないだろうう
女将
その娘(こ)の値段 いくらだい?
ボウルト
金貨千枚 絶対に それ以下に ならないと…
亭主
では 全額すぐに 支払うからな 奥に来てくれ
女将 この娘には 何をしなけれゃ ならないか
教えておけよ もてなし方を 知らないと
困ったことに なるからな (亭主と海賊達退場)
女将
ボウルト この娘の特徴 覚えておいて
髪の色 顔立ちや 背の高さ 年のこと
それよりも 大事なことは バージンだって 強調し
一番の 高値を付けた 者が最初に この娘とヤレる
そう振れ回って 来るんだよ
生娘ってのは 昔も今も 同じだからね
男がいれば 高値で売れる
さあ 言われた通り やって来るのよ!
ボウルト
言われた通り やってきますよ
マリーナ
ああ酷(ヒド)いこと! あのレオナイン
ぐずぐずしていて スローだったわ
ものも言わずに 殺してくれれば 済んでいたのに
この海賊も もっと野蛮で
私を海に 投げ捨てて くれていたなら
お母さまを 捜し求めて いたはずなのに…
女将
きれいなあんた 何をブツブツ 嘆いているの?!
マリーナ
私が綺麗に 生まれたことよ
女将
それなんか 神様の お恵みよ
マリーナ
神様を 恨んでは おりません
女将
とにかく私の 懐に 飛び込んだなら
食いはぐれには ならないからね
マリーナ
確実に 殺してくれる 手から逃れて
後悔してる ところです
女将
そんなことより これからあんた
快楽に 浸って楽に 生きられるのよ
マリーナ
いいえ ちっとも
女将
「いいえ」じゃなくて 「はい」でしょう
これからは いろんな男が 味わえるのよ
楽しく生きて いけるわよ
いろんな肌の 男とも ヤレるんだから
何をしてるの?! 耳なんか 塞いだりして!
マリーナ
それでもあなた 女性なの?
女将
女じゃなけりゃ 何だって 言うんだよ!?
マリーナ
真面な女性 以外の人は 女性ではありません
女将
未熟なくせに 大口を たたくんだから
気をつけないと 鞭打つよ
しっかりと 躾(しつけ)てやるよ
おまえはまだ 世間知らずの 苗木なんだよ
持ち主の 思い通りに 曲げてやるから
マリーナ
神様 どうか私を お守りください
女将
神様が あんたを守る 気があるのなら
それなんか 男どもに やらせるだろう
男どもに 可愛がられて 食べさせて もらえるんだよ
ステキな刺激 与えてくれる ことになる
ああ ボウルトが 帰って来たわ
(ボウルト登場)
斡旋所 辺りでおまえ 大声で 触れ回って いたんだろうね
ボウルト
この声で この娘(こ)の似顔絵 描(か)きながら
この娘についた 髪の毛ほども
何回も 叫び回って きましたよ
女将
教えておくれ 男らの反応は どうだったのよ?
特に 若い者には 受けただろうね
ボウルト
その通り 若者は 父親の 遺言を
聞くかのように 真剣でした
スペイン人の 男など 俺の描写に 涎(よだれ)を垂らし
もう この娘と 寝たような 気になっていた
女将
明日になれば その男 上等の ラフ を着け
きっとここまで やって来るよね
ボウルト
明日じゃなくて 今夜でしょう
それから女将 膝が曲がって 歩くときには
身を低くして よたよた歩く
フランスの騎士 知ってるでしょう
女将
誰のこと? ムッシュ・ヴュロル ?
ボウルト
ああ その人だ 俺が宣伝 してたとき
喜んで 飛び跳ねて 着地したのは いいんだけれど
腰が抜け 呻(うめ)き声を 上げながら
「明日行くから」と 言っていた
女将
やれやれ あの人は ここに病気を 持ち込んだ
ここに来りゃ 新たな病気を 撒き散らす
その代わり この宿で 金貨どっさり
撒いてくれる ことだろう
ボウルト
こんなにも 美しい 看板娘が いるのなら
世界中から 多くの客が やってくるはず
女将
〈マリーナに〉ちょっとの間 こっちに来なよ
あんたにも 幸運が 舞い込んできた
よく聞くんだよ これからは 喜んで したいことでも
おずおずと するんだよ
お金なんかは もらいたくない 顔をしていりゃ
どんどんそれが 転がり込んで 来るんだからね
今の暮らしは 辛いのと さめざめと 泣いて見せれば
あんたを好きな 客達に 同情心が 起こるのよ
そうなると あんたの株が 増々上がり
自然に金が 貯まるのさ
マリーナ
何の話か 私には 分かりませんが…
ボウルト
女将さん 分からせて やればいい
今すぐに 体で教えて やったなら
恥じらいも 消えてなくなる ことだろう
女将
本当に あんた今 真面なことを 言ったわね
花嫁だって やるべきことを やる前に
恥らって 見せるんだから
ボウルト
恥じらう者や 恥じらわぬ者 それぞれですが
ところで女将 掘り出し物の 美味しい肉の 商談を
してきたの 俺なんですが…
女将
分かっているわ あんたには
串刺しに したけりゃ好きに させてやるから
ボウルト
いいんですかい?
女将
いけないわけが ないだろう
お嬢さん こっちへおいで あんたの衣装 良く似合ってる
ボウルト
おや 似合ってるなら 脱がさねえって ことだよな…
女将
ボウルト 町の中へも 行ってきな ここにいい娘(こ)が
いるからと 宣伝よ
客が増えれば 斡旋料も 増えるんだから
自然がこの 傑作を お作りに なったんだ
その傑作が おまえに幸運 もたらすよ
だからどんなに 素晴らしいのか 触れ回り
がっぽり稼げば いいんだよ
ボウルト
女将 やりますからね この新人の 美しさ 宣伝し
雷が 鳴ったなら ウナギが寝床で 立ち上がるよう
性的な 男らが 小娘の 寝床でウナギの 真似をする
今夜にも 客を数人 連れてきますよ
女将
〈マリーナに〉さあ 行くからね
わたしについて 来るんだよ
マリーナ
熱い火か 鋭いナイフ それがなければ
足が届かぬ 深い川 あったなら
愛の女神の ダイアナよ 乙女の操 守ろうとする
私をどうか 助け給え
女将
ダイアナなんて 私らと 何も関係 ないんだからね
ぐだぐだと 言わないで ついて来なさい (三人退場)
第3場
ターサス クリーオンの館の一室
(クリーオン、ダイオナイザ登場)
ダイオナイザ
あなたは何て 馬鹿なのよ!
やってしまった ことなんか どうしようも ないじゃない!
クリーオン
ああ ダイオナイザ!
太陽も 月もそんなに 酷い殺人 見たことも ないだろう
ダイオナイザ
思うにあなた 子供になった みたいだわ
クリーオン
この俺が 広大な 世界の王で あるとして
王女の命 取り戻すこと できるのならば
その世界 捧げてもいい
ああ マリーナ王女!
美徳が血筋 凌(しの)ぐほど 立派であった
しかしその 血筋でさえも
地上に於ける いかなる王と 比べても
見劣りは しなかった
リオナインの 悪党め!
おまえは その悪党を 毒殺したと 言うのだな
その毒杯で おまえも共に 乾杯を していれば
罪滅ぼしに なっていたはず
ペリクリーズ王が マリーナ王女を
引き取りに 来られたら 何と言うのだ?!
ダイオナイザ
死んだと言えば 済むことでしょう
乳母だって 運命の 女神では ありません
養育は できたとしても
命を守る ことなどは できません
乳母は夜中に 死にました そう言ったのは 私です
その事実に 歯向ったりは 誰にできます?!
自分のことを 慈悲深く 無実であると 言うために
「悪巧みで 妻が勝手に 殺しました」と
あなたが言うなら 別ですが…
クリーオン
ああ 何ということを! 地上に於ける 罪の中でも
神々が 最も嫌う 罪を犯して!
ダイオナイザ
それなら あなた ターサスの ミソサザイ が 飛んで行き
ペリクリーズに 告げ口をすると 言う仲間に
なればいいのよ! 高貴な血筋の 生まれにも 拘(かか)わらず
何てあなたは 臆病なのよ!
クリーオン
このような 悪行に 前もって 賛同しては いなくても
後になって 承認を 与えたならば 高貴な血筋と
誇るわけには いかないのだぞ
ダイオナイザ
それならどうぞ 勝手になさい
マリーナの 死の真実を 知っているのは あなただけ
リオナインは 死んでしまって
他には誰も 知る者は いないのですよ
マリーナが いるために 私の娘に 日が当たらずに
幸運に 見放されて おりました
誰も娘を 見ることもなく 見るのはただ マリーナだけよ
私の娘は 馬鹿にされ
挨拶も してもらえずに 下女扱いよ
私の胸は 張り裂ける 思いだったわ
私のしたこと 人の道に 外れると 言うのなら
あなたこそ 自分の娘を 愛しては いないのよ
あなたの大事な 一人娘に するべきことを したまでよ
クリーオン
天罰が恐ろしい!
ダイオナイザ
ペリクリーズに 何が言えます?
私達 棺に向かい 泣きました
今も続けて 喪に服してる
あの娘の墓も もうすぐに できますわ
墓碑銘も 光り輝く 金文字で 刻まれている
一般の 人達の 称賛であり 私たちの 気持ちです
費用もすべて 出しております
クリーオン
おまえなど 怪獣の ハーピー だ
天使の顔で 人を欺き 鷲の爪で 襲い掛かる
ダイオナイザ
あなたなんかは 信心深く 装った 偽善者よ
蝿なども 殺しておいて 「冬が来たから 死にました」と
神様の前で 言うのよね
でも 私には 分かっているわ 結局 あなたは 私が描く
道の通りに 歩いてくれる (二人退場)
第4場
ターサス マリーナの墓の前
(ガワー登場)
ガワー
このように 時は過ぎ去り
長い道のり 短くなって
小舟にて 大海渡り
望みを託し 我々の 舞台はいつも
想像力の 翼を借りて
境界越える 地域から 別の地域へ 飛んで行きます
風土の違う 国々で 同じ言葉を 使います
このことも 寛容な お気持ちで どうかお許し 願います
さて今は 舞台が少し 中断と なりますところ 利用して
物語の 中継ぎを 致します
ペリクリーズは 彼の生きる 喜びである
マリーナに 会うために 貴族や騎士に 付き従われ
荒れる海へと 再び船を 出しました
年老いた ヘリケイナスも 乗り合わせて いるのです
後に残って 国の統治は ヘリケイナスが 高い地位にと
昇進させた お見知りおきの 年老いたエスカニーズ
順風に 恵まれて 帆に風を受け
早くもターサスに 着きました
マリーナを 連れて帰ると いう思い
王の一途な 水先の 案内人
しばらくは 中空に 浮かんでる 埃や影に なりながら
舞台で動く 人々を ご覧ください
目で見たことを 耳にお聞かせ 致します
[黙劇]
一方から、ペリクリーズが従者達を連れて登場する。もう
一方から、クリーオンとダイオナイザが登場する。クリー
オンはペリクリーズに墓を示す。ペリクリーズは悲嘆にく
れて、粗(あら)布(ぬの)を身に纏(まと)い退場する。次にク
リーオン、ダイオナイザが退場する。
偽りの 演技によって
人の心は これほども 傷つくのです
ダイオナイザの この偽りの 感情と 対照的に
ペリクリーズの 真の嘆きが あるのです
ペリクリーズは 身も心も 悲しみに 包まれて
溜め息で 胸を突かれて 大粒の 涙に濡れて
ターサスを去り 船上の人と なるのです
ペリクリーズは もう二度と 顔は洗わず
髪の毛は 切らないままで
粗布を 身に着けて 海に出る
彼の体を 崩壊させる 心の嵐に 耐え続け
やっとのことで 乗り切るのです
さて ここで 邪な ダイオナイザが
マリーナの ためとして 刻んだ 墓碑銘 紹介します
美しく 優しくて 最良の 女性
この地に眠る タイアの王の 娘であって
マリーナと いう名を 与えられ
誕生のとき 海の妖精 シィーティスは 誇らしげに
大地を少し 飲み込んだ
それで大地は 洪水恐れ 生け贄(にえ)として
シィーティスの子を 天に捧げた
これに怒った シィーティスは 石英の 固い岸壁
砕こうと 休みなく 襲いかかって 来たのです
ソフトで優しい 言葉ほど 悪事隠せる ものはない
ペリクリーズに 娘の死 しばらくは 信じさせ
辿るべき道 運命の 女神に任せ
我々の 舞台では ペリクリーズの 耐え難い
娘に対する 嘆き悲しみ ご覧に入れます
では ここを ミティリーンだと ご想像 お願いします
(退場)
第5場
ミティリーン 売春宿の前の路上
(売春宿から二人の紳士登場)
紳士1
こんなことって 聞いたことある?
紳士2
いやないね こんな所で
彼女がここに いる限り この俺に 二度とない
紳士1
神の摂理の ご講義を
こんな所で 受けるとは 思っても みなかった
君はどうだね?
紳士2
そんなもの 思ってみる わけがない さあ行こう
売春宿は こりごりだ これからは 修道女らの
讃美歌でも 聞くとしようか…
紳士1
もう こんな所に 来たりするのは やめにする
(二人退場)
第6場
ミティリーン 売春宿の一室
(亭主、女将、ボウルト登場)
亭主
あの娘に対し 払った額の 倍払っても
この家に あの娘入(い)れるの 阻止すべき だったよな
女将
本当に あの娘には 参ってしまう
生殖力の 神である プライエイポス さえもまた
フリーズさせるし 人類を 滅亡させる 危険があるわ
こうなれば 強姦するか 追い出すか
どっちかに しないとね…
お客らを 喜ばせ 私らの商売の 利益を上げて くれるべき
それなのに あの娘ときたら 理路整然と 話したり
神の教えを 説いたりするし
跪(ひざまず)き お祈りを 始めたり するんだからね
こっそり悪魔が あの娘にキスを しようとしても
悪魔でも ピューリタンに されちまう
ボウルト
この俺が メチャメチャに あの娘の体
弄んで やりましょう
そうしないなら 上客は 来ないだろうし
下品な客は 神父にでも させられちまう
亭主
あんな娘は 梅毒にでも 罹(かか)ればいい
女将
その通り 梅毒さましか 追い出して くれそうもない
おや ライシィメイカスさまが お忍びで 来られたぞ
ボウルト
強情な あの女さえ 客の言うこと 聞いてくれたら
領主でも 庶民でも こぞってここに 来るんだが…
(ライスィメイカス登場)
ライスィメイカス
商売は 順調か? 1ダース バージン買えば いくらだな?
女将
これはまあ 領主さま お久しぶりで…
ボウルト
お元気そうで 何よりですな
ライスィメイカス
そうだろう 客が元気に 歩けるのなら
おまえ達には 好都合だな
さて今日は 「健全な」 話だが
たっぷりと 楽しめて 後で医者には
世話にならない 娘はここに いるのかい?
女将
そんな娘が いると言うなら いるんですがね
ヤルと言うなら いないんですよ
ミティリーンでは あんな娘は 見たことが ありません
ライスィメイカス
やると言うのは あのことだよな
女将
言わなくっても お分かりでしょう
ライスィメイカス
それならその娘(こ)を 呼んでくれ
女将
白い肌が ほんのり赤く
白バラと 赤いバラ でも そのバラに …
ライスィメイカス
バラがどうしたと 言うのだな?
ボウルト
そんなこと 言わなくっても 分かるはず
ライスィメイカス
慎み深く 振る舞ってれば 女将の受けも 良くなって
バージンの 女が多く いるという 評判も 立つからな
(ボウルト退場)
女将
ほら来ましたよ 蕾(つぼみ)がまだ 摘まれてない バラの花
保証済みです
(ボウルト、マリーナ登場)
綺麗な娘でしょう
ライスィメイカス
長く修業を 積んだなら 一人前に なるだろう
さあ 金(かね)だ 席を外して くれないか?
女将
わずかの時間 頂けません?
この娘に少し 言いたいことが… すぐに済みます
ライスィメイカス
お好きなように…
女将
〈マリーナに〉言っておくけど あの方は 立派な人よ
マリーナ
そうであること 願っています
心から 尊敬できる 方として…
女将
この土地の 領主さまで
いろいろと お世話になって いるんだからね
マリーナ
この土地を 治めてるなら 当然のこと
でも どれほど立派か 私には 分からない
女将
頼むから 操のことで 言い争いを したりしないで
あの方を 大切に 扱ってよね
あんたのエプロンに 包み切れない ほど多く
お金たんまり くださるんだよ
マリーナ
慈悲深い お気持ちで なさるのならば
慎んで お受け取り 致します
ライスィメイカス
まだなのか?
女将
領主さま あの娘はね たった一度も
男性の 経験が ないんですから
思いのままに なるように するのには
骨が折れるか しれません
では これで失礼し お二人だけに 致します
ライスィメイカス
では 下がって良いぞ
(亭主、女将、ボウルト退場)
この仕事に 就いてから どれほどに なるのかい?
マリーナ
何の仕事の ことですか?
ライスィメイカス
口に出して 言ったなら 恥ずかしいだろう
マリーナ
恥ずべきことは 一度たりとも した覚え ありません
どうぞ それ 言ってください
ライスィメイカス
お勤めをして どれくらい?
マリーナ
物心 ついてから お勤めは 欠かしたことは ありません
ライスィメイカス
そんなに早く? 5歳とか 7歳とかで? お勤めに?!
マリーナ
もう少し 前だったかも
今の私の お祈りが お勤めと 仰るのなら
ライスィメイカス
おまえが今 住んでる家は
おまえのことを 商品と 言っている
マリーナ
この家が そんな所と ご存知で
来られるの なぜですか?
あなたのことを 名誉ある 家柄で
この領域の 領主だと 伺ってます
ライスィメイカス
何だって?! 女主人が 僕の身分を
前もって 知らせたのだな
マリーナ
女主人って 誰なのですか?
ライスィメイカス
秘薬作りの あの女だよ 恥や不正の 種を撒き
根を張らせてる 人のこと
ああ それで 僕の権威を 聞き知って
僕の気を 引こうとし 素っ気ない
振りをして いたんだな
権力の 地位を使うか 逆に諂(へつら)い
おまえのことを 手に入れようと
するのでは ないからな
今すぐに プライベートの 客室へ
案内を してもらおう さあ早く
マリーナ
名誉ある 家柄の お生まれならば
今 それを 証明なさって 頂けません?
名誉ある 地位などを 授けられて いるのなら
名誉に見合う 良き行いを なさってください
ライスィメイカス
これは参った どういうことだ?!
もっと続けて 道徳律を 言ってくれ
マリーナ
無情なる 運命により 薬よりも 高額な
伝染病を 売っている 堕落した宿に
閉じ込められて いるのです
でも 私は今も 清い身なのよ
もし 神に このような 不浄の籠から
この私 救い出して もらえるのなら
大空を 自由に飛べる 鳥の中で
一番醜い 鳥になっても 構わない
ライスィメイカス
あなたがそんな 立派なことを 話すとは
思っても みなかったし 想像さえも できなかったな
もし 僕が 汚れた心 持っていても
あなたの今の 言葉によって 清められて いただろう
この金を 取って置き 清らかな道
進まれるよう 願っています
神様の お力添えが ありますように!
マリーナ
あなたにも 神のご加護が!
ライシィメイカス
こんな所へ 僕が来たのは 悍ましい
動機があっての ことじゃない
この店の ドアや窓など 見るだけで
不潔な気持ちに なるのです
さようなら あなたは美徳 そのものだ
きっとあなたは 良い教育を 受けたのでしょう
このお金 どうかもらって 頂けません?
あなたのために 置いておきます
あなたの美徳 穢そうと する者は
盗賊のように 呪われて 地獄行きに なればいい
次に僕から 知らせがあれば 良いことと 思って下さい
(ボウルト登場)
ボウルト
領主さま 私にも 金貨1枚 お恵みを!
ライスィメイカス
出て行くがいい!このポン引きめ!
この宿なんか 清らかな娘が 支えてなけりゃ
とっくに潰れ おまえなど その下敷きに なっていたはず
この僕に近づくな! (退場)
ボウルト
何てこったい!? おまえには 別の手を
使わなきゃ なるまいて
だいたいな おまえが固く 守ってる
操なんての この世の中で
ヒドく貧しい 国でさえ 朝飯代にも ならねえんだぞ
そのために この宿が 潰れたら
飯の食い上げに なっちまう さあ 俺に ついて来い!
マリーナ
私をどこに 連れてくの?
ボウルト
おまえが操 失くすところだ
それが嫌なら 首斬り人が おまえの首を 斬るところ
さあ ついて来い!
これ以上 大事な客が 追い払われちゃ たまんねえ
来いと言ったら ついて来い!
(女将登場)
女将
おやおや これは どうしたんだい?
ボウルト
状況は 増々悪く なってきてます
この女 ライシィメイカスさまに
例の説教 やりやがってね…
女将
まあ 何てこと!
ボウルト
この女 俺達の 商売は 神様に
顔向けが できないものと 言ったんだ
女将
そんな女は 縛り首だよ!
ボウルト
領主さま 領主らしく あの女には 接しようと なさったが
あの女 雪投げの ボールのように
冷たい言葉 投げつけて しまいやがった お祈りつきで!
女将
どこにでも 連れて行き 好きなだけ 弄んで やればいい
バージンという ガラスなんかは 叩き割り
順応性と いうことを 教えておやり
ボウルト
茨だらけの 土地であっても 茨スッキリ 抜き取ってやる
マリーナ
ああ神よ! お聞きください
女将
この娘(こ)が 呪い 唱えてる 早くどこかに 連れてって!
こんな女を 家の中に 入れたのが 間違いだった
本当に くたばっちまえ!
私らを 破滅させようと 生まれたんだよ
女らしくは できないのかい?!
ローズマリーと 月桂冠で 飾られた 「ごちそう」の娘さん
ここからとっとと 出て行きな! (退場)
ボウルト
さあおまえ 俺の後について来い!
マリーナ
どうしようと 言うのです?
ボウルト
大事にしてる おまえの「宝石」 奪い取って やるだけのこと
マリーナ
お願いだから たった一つ 教えてくれる?
ボウルト
一つだけなら 言ってみな
俺にも一つ もらわねえと いけねえものが あるからな
マリーナ
あなたが一番 悍(おぞ)ましい人を 呪うとき
「何になれ!」って 言うのです?
ボウルト
「この宿の 亭主になれ!」か
「女将になれ!」の どっちかだ
マリーナ
二人とも あなたよりは ましでしょう
あなたは二人の 手足ですから
あなたの方が より悍ましい
地獄では 最も酷い 扱いを 受けている 悪魔でも
悪評高い あなたの地位に 就きたいと 思わないわよ
あなたはね 女を求めて やって来る
下劣な男を 呼び入れる 客引きよ
短気な男の 暴力に 文句も言えず
腐った肺から 吹き出されてくる 悪口に
じっと耐えてる だけでしょう
ボウルト
この俺に どうしろと 言うんだい?
また 戦争に 行けと 言うのか!?
7年間も 戦場にいて 片足を失って
貰った金は 義足さえ 買えねえほどの 額だったのに…
マリーナ
今してる 仕事でなけりゃ 何でもいいわ
溝(どぶ)や海辺の 塵(ごみ)拾い 処刑人の 見習いは?
その方が はるかに上よ
狒々(ひひ)だって そう呼ばれるの ポン引きと 呼ばれるよりは
はるかにいいと 思うでしょうね
ああ 天の神様 どうか私を
無事に ここから お救い下さい
金貨がここに 沢山あるわ これをあなたに 上げるから
この宿の ご主人が 私を使い 稼がせようと するのなら
こう伝えては くれません?
「この私 歌うこと 踊ること 織ることも
裁縫も その他のことも 自慢じゃないけど 色々できる
それを教える ことにする」って
大勢の人が 住んでいる この町だから
生徒になる人 沢山いるわ
ボウルト
それみんな 教えることが できるのか?
マリーナ
その証明が できなかったら
この宿に 連れ戻されて お客の中で
一番卑しい 人を相手に されたって
不平は決して 言わないわ
ボウルト
おまえのために 一肌脱いで やろうじゃねえか
丁度いい 働き口を 見つけてやるよ
マリーナ
でも お願いよ 真面目な女性を 見つけてね
ボウルト
正直言って そんな人らと 付き合いは ないんだけどな…
とにかくな おまえを買ったの 宿の亭主と 女将だからな
二人がそれで いいと言わなきゃ どうにもならねえ
だから 二人に 俺が話を つけてやる
上手いこと 言いくるめる 自信はあるぞ
さあ できること してやるからな ついて来な (二人 退場)