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【歴史小説】第53話 保元の乱・序④─動き始めた武者たち(後編)─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
「お主何者だ!」
突如声をかけてきた検非違使の役人に、通ろうとしている武者は名前を尋ねた。
「私は平基盛と申します」
「俺は宇野七郎親治。大和国の者だ」
「そうですか。親治さんは、何のためにこの道を通りたいのですか?」
太刀の柄を右手でつかみつながら、基盛は聞く。
「左府殿が、院にお味方せよ、と命令されているため、急ぎ白河北殿へ向かっておる」
「なら、ここを通ることはできませんね。帝の宣旨で、院にお味方する者はこの場で捕らえよ、と仰せられていますので」
「それはできぬ。主君を二人持つなど、武士として恥ずべき行い。帝が何と仰せられようが、ここは通させてもらう。皆のもの、若造をやっちまえ」
親治の家来たちは、基盛率いる官軍に襲い掛かる。
「一人たりともこの道を通すな!」
戦いが始まった。
互いに太刀や薙刀で斬りあったり、弓矢で援護射撃をしたりしながら戦う。
「そなた確か基盛といったな?」
「はい」
「帝と院、どちらが偉いか、答えられるか?」
この問いに、刀を八相に構えた基盛は、
「院に決まっていましょう。これぐらい街の辻で遊んでいる下賎の子供でもわかります」
と答え、肩をめがけて斬りかかった。
親治は基盛の放った一撃を受け止めながら、再び質問する。
「ご名答。では、なぜそなたはこの国で一番の権力者の命令に逆らい、帝の側に着いた?」
「それは、院が国賊と二人の犯罪者を匿っているからです」
「だからどうしたというのだ? この前崩御なされた院だって、祇園社の神輿に矢を放った、郎党の管理ができなかった犯罪者をな。皮肉なことに、その犯罪者がそなたの父上だとは笑わせてくれる」
「それを言われたら、何も言い返せないな」
その後二人は十数合刃を合わせた。
だが二人とも無傷のまま、太刀を構えてにらみ合う。
「どうしたんだ、来ないのか?」
刀を構えながら、親治は聞く。
「……」
黙り込む基盛。
「もしかして、負けるのが怖いのか? 無理せずこの場から逃げてもいいんだぞ」
「……」
親治の煽りにしない基盛。だが、負けるのが怖いのか? という言葉は間違いではなかった。
基盛にとってはこれが初めての戦。それも、場数を踏んだ誰かに付き従いながら戦うのではなく、自分で指揮しながらの。だから、この戦場において、頼りになるのは自分ひとり。
「半分当たり。でも、ここで引いたら、検非違使での評判も悪くなるし、何より父上に顔向けできない」
そう言って基盛は刀を構えた。
「ほうほう。一瞬にして勝負をつけようという魂胆だな。刀が鯉口を切る前に忠告しておくが、俺は何も言わないから、逃げてもいいんだぜ」
「お前の言葉、信用できるか!」
基盛は抜刀した。
ものすごい速さで、刃は親治を斬ろうとする。
親治は基盛の一撃を受け止めた。
「居合は抜いたときの速さがものを言うんだな」
「そうかな? 刀の使い方は、刃だけじゃないんだぜ」
基盛は左手に持っていた刀の鞘を、親治の喉元へと突きつけた。
刀を落とし、痛がる親治。
そこへ基盛は肘打ちを頭にお見舞いして倒した後に、
「手の空いている者たち、大将を生け捕りにしろ!」
と指示し、寝技をかけて動けないようにした。
このあと親治は生け捕られ、検非違使へと引き渡された。
合戦の方は、基盛の危機を聞いてやってきた忠清の軍勢によって鎮圧された。
2
近衛にある頼政の屋敷に数十年ぶりの客が来ていた。為義だ。
「お久しぶりですな、為義殿」
水色の狩衣を着、灰色の指貫を履いた頼政は、分家筋の棟梁にうやうやしく礼をした。
「お久しぶりです、惣領殿」
「それで、何の用で今日はこの屋敷へ?」
「あぁ、頼政殿も、帝と新院、関白殿下と左府殿が不仲であることはご存知ですよね?」
「えぇ」
「実は頼政殿にも、新院のお味方をなさって欲しいのです。頼政殿は風雅を愛するお方。同じ風雅の友で、歌壇でも顔なじみの新院をお見捨てになるのは心苦しいでしょう?」
「はい」
「そういうわけで、私と一緒に、新院にお味方してくれませんでしょうか? 厚かましいお願いではございますが、なにとぞよろしくお願いします」
全身全霊の力をおでこに込め、為義は頭を下げた。
頼政はしばらく黙り込んだあと、
「いいでしょう」
と答えた。
「ありがとうございます。では、歓迎の品としてこれを差し上げます」
為義は懐から宋銭の入った袋を取り出した。
「では、ありがたく頂戴しよう」
銭を受け取る頼政。
「私はこれにて。あと、10日の深夜に白河北殿へ集まるように」
そう言って為義は客間を出ていった。
為義の姿が見えなくなったあと、頼政は銭の入った巾着袋を力強く握り、
「いつ見ても見苦しい男だ。こんなものを渡して」
とつぶやき、側にいた息子の仲家に渡した。
「いいのですか、父上?」
「構わぬ。お前も鎧兜を買うのに金がいるだろう」
「ありがとうございます、父上。いただいたお金は、大切に使わせていただきます」
そう言って仲家は頼政から受け取った銭を、懐へと入れた。
3
内裏の文庫では、図書寮の役人たちが蔵書のチェックが行われていた。
蔵書には、数百年記録された議事録や日記、そして諸国の絵図や大内裏の図面、大陸から持ち込まれた文物などが、いろはにほへとの順で保管されていた。古いものでは埃を被っていて、何年も開いていない物もある。
役人は資料に紛失が無いか、一つ一つ入念にチェックしていく。
だが、「た」の部分の資料をチェックしていた役人が、
「無いぞ、高松殿の地図が無い!」
と声を上げた。
作業を止め、群がる役人たち。
「曲者は今日入って来た庭師だけではなかったか。これは報告せねば」
「た」行の資料をチェックしていた役人は、廊下を走り、図書寮を管理している図書頭のところへ向かった。
4
夕方。頼長は東三条殿の釣殿で読書をしていた。読んでいる本には、びっしりと漢字のみで文章が書かれている。
(遅いな)
頼長は今朝出した忍びの帰りが遅いことを不審に思っていた。本来であれば夕方ごろには報告しに来るはずなのに、戌の刻になっても来ない。
(もしや、二人とも捕まったか?)
嫌な想像が頭を巡ってきたときに、
「左府殿。高松殿から図面を盗んで参りました」
高松殿へと出した忍びの一人秦信光が戻ってきた。
「でかしたぞ、信光」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「それよりも、光貞はどうした?」
頼長は偵察の目的で出したもう一人の忍光貞の安否を聞いた。
「義朝に見つかってしまいました。捕えられたと聞かないことから、何とか逃亡には成功したようです」
「ほう」
逃げることには成功した。これ以降の話を聞かないことや、帰ってこなかったことを総合して、頼長は光貞がどうなったかを察した。
「これが高松殿の地図ね」
水色の狩衣を着た頼長と、藍色の直垂を着た信光青年の間に、黒い水干を着た、艶やかな黒髪の女性が割り込んできた。道満だ。
「道満ではないか」
「明後日、帝を呪詛するわ」
「また蠱毒でも使えば──」
頼政がまた矢で射貫くのでは? と頼長が言おうとしたとき、道満は、 白蝋めいた人形の肌に赤い絵の具で描いたような唇に笑みを浮かべて言う。
「馬鹿ねぇ。敵に同じ呪法を二度も使う陰陽師はいないわよ」
「そうだよな」
「えぇ」
道満はうなずいて、
「貴方の部屋、使わせてもらってもいいかしら? そこに、護摩壇と軍荼利明王の小像を置くから」
と聞いた。
「もちろん。その方がいろいろとやりやすい」
「わかったわ。じゃあ、明日はよろしくお願いしますよ。あと、祈祷をしている間に貴方たちはここを出なさい」
道満はそう言って、頼長と信光のいる部屋を出た。
回廊から見える天の川。いつもはきれいな星の光が流れる川となる。だが、今年はそれを遮るかのように、大きな尾を引いて横切るほうき星。
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