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【歴史小説】第66話 祭りのあと③─逮捕─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


「お前、俺に突進してきた奴だな? その弱そうな面(ツラ)には見覚えがある」

 風呂から上がった為朝は、側に置いていた刀を手に取り、身構えた。

 大鎧を着た武者と全裸の男。どちらが勝つかは誰の目に見ても明らかである。

「覚えていてくれて光栄だ。今からお前を捕まえる」

「湯治をしている人間と子ども相手に、数百人も連れてくるのは、卑怯じゃねぇのか?」

 為朝は湯から上がり、側に置いていた刀を抜いて斬りかかった。

 斬撃はかまいたちとなり、追手の兵士に当たる。

 為朝が放った斬撃を受けた兵士たちは、血を吹き出して倒れてゆく。

「次は貴様だぜ」

 余裕の笑みを見せながら、為朝は正清に向かって斬撃を放った。

 見えない斬撃にも関わらず、余裕でかわす正清は言う。

「ほう。剣速を速めてかまいたちを作って人を斬る、か。いかにも力任せなお前らしい戦術だ」

「なら、もう一度喰らってみるかい?」

「いや、結構だな」

 風に揺れる旗のような身のこなしで、正清は為朝の放つ斬撃を器用に避けてゆく。

「これ以上戦わないでください! 捕まってしまいます!」

 一人で数百人相手に戦おうとする為朝を見ていた金剛夜叉は、戦いを辞めるように諭した。

「よく見ておけ、金剛夜叉。男に生まれたからには、負けるとわかっていても、一人で立ち向かわなければいけない時があるんだ」

 為朝は刀を振り回し、襲い掛かる雑兵たちを斬り倒した。 巻き起こったかまいたちに当たり、血を吹き出して倒れる武者たち。

「でも、そんな大人数を一人で……しかも十八番の弓矢なしで倒すなんて無謀です」

 鋭くとがったダイヤモンドの礫を生成しながら、

「お前は羅刹丸でも呼んで道満のところへ帰ってろ」

「そんなこと」

 できるわけないじゃないですか、と言って援護をしようとしたとき、突然放たれた黒い斬撃とともに首が斬れた。

 斬撃が放たれた視線の先には、抜身の刀を持った正清がいた。

「危ない危ない。この少年も異能者か。少々やり方は違うが、お前にできることは、この俺にもできる」

「貴様も異能者だったか⁉」

「そのとおり」

「こんな立派な異能があるのなら、どうしてあのとき使わなかった?」

 刀を大上段に構えた為朝は、正清目がけて斬りかかった。

 持っていた刀は、吸い込まれるように正清の身体にくっつく。

 為朝は必死で正清の身体にくっついた刀を取ろうとした。

「こちらが能力者とわかれば、いろいろ厄介だからな」

 そう言って正清は、為朝の腹を目がけて思いっきり蹴りつけた。

 泡を吹いて、気を失う為朝。

「こいつは宗家に引き渡すことにする。検非違使に引き渡して、また消えたとなっては厄介だからな」

 残った正清の部下たちは為朝の手足を縄で縛り、麓に置いた大八車に載せて護送した。

 逮捕された為朝の手足には、対異能者用の護符が貼りつけられている。


   2


 出家した崇徳院は、崇讃という名前をもらい、仁和寺の一僧侶として僧房で生活していた。

 陽が昇る前に起きて掃除や読経を済ませ、朝食を取る。そして修行や学問に励み、夕方に読経と食事を取り、日が没するとともに寝る。

 初めは疲れることもあったが、慣れてくると、退屈な宮中の生活よりも楽しく感じられた。

 だが、仁和寺での楽しい生活は、長くは続かなかった。

 逃亡した崇徳院が見つからないことに業を煮やした朝廷は、詮議の目を寺院にも及ばせた。

 朝廷の魔の手は、見えない形で仁和寺にも届いていた。

 ある日、稚児が庭の掃除をしていたときに、小豆色の直垂を着、腰に太刀を帯びた中年男が、

「おや、坊ちゃん、頑張ってるね」

 と声をかけてきた。

「ところで坊ちゃんに聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」

「いいよ」

「それじゃあ、オジサンと遊ぼうか」

「うん」

「でも、ここだとお坊さんに見つかるから、違うところにしようか」

「わかった」

 小豆色の直垂を着た中年男は、人目のつかない場所に稚児を誘導した。


 遊び疲れ、稚児と休んでいたときに、小豆色の直垂を着た中年男は、

「前ここに、立派な牛車に乗った、茶色く、長い髪の男の人は来なかったかな?」

 と聞いた。

「うーん」

 稚児は全ての記憶を総動員して、小豆色の直垂を着た中年男が言っていた男を見たかを思い出そうとする。

「来てた。きれいな車に乗って、御室さまとお話してるの見た」

「そうなんだ」

 満足そうな笑顔を浮かべた小豆色の直垂を着た中年男は、懐に手を伸ばし、

「おじさんも知りたいことが知れてよかったよ。じゃあ、お礼にこれをあげよう。街に出たとき、好きなものをたんと買っておいで」

 銭を5つ、稚児に渡した。

「ありがと、おじさん!」

 差し出された宋銭を、喜ばしそうに受け取る稚児。

「お礼だから、気にすることはないよ」

「また遊ぼうね」

「うん、また来るよ」

 そう言って、小豆色の直垂を着た中年男は稚児の前から去っていった。

「これで新院の居場所は掴めたぜ。さっそく検非違使庁に戻って伝えないとな」


   3


 崇徳院が仁和寺の僧侶となって1ヶ月が過ぎようとしていたある日のこと。

 静かな洛北の寺院に、検非違使の役人が甲冑姿の軍勢数百人ほどを引き連れ、周りを取り囲んだ。

 検非違使の長と思しき男は大声で、

「新院よ、無駄な抵抗は辞めて、ここから出てきなさい」

 と叫んだ。

 ただ事ではない、と踏んだ僧兵たちは、薙刀を片手に門前へ集まる。

「ここは治外法権の地。仏の御前を血で汚すことは、我らが許さん」

「いくら仏の御前とはいえ、罪人をかばうなど、道理に反している」

「当寺院に新院をかばった覚えなどどこにもない。意味不明な言いがかり」

 そう叫んで、僧兵が検非違使の役人に斬りかかろうとしたそのとき、

「無駄な争いは辞めよ」

 一人の男の声が緊迫した空気が流れる門前に響き渡った。

 何だと思った僧兵と検非違使の役人は、一斉に声のした方向を見る。

 そこには、仁和寺の主である覚性法親王がいた。

「こ、これは法親王殿下!」

 先ほどまでにらみ合っていた僧兵と検非違使の役人は、頭を下げた。

「これはこれは、検非違使の皆様。ものものしく武装されて、いかがなさいましたかな?」

「法親王猊下、こちらに新院を匿われている、と稚児の一人からお聞きになられているのですが、本当なのでしょうか?」

「そんなことはありませんよ」

 とぼける覚性法親王に、検非違使の役人は、

「1ヵ月前、菊花紋が付いた牛車が目の前に停まっていた、と寺の稚児から聞いていますが?」

 内部からリークした情報を突き付けた。

(稚児を使って情報を仕入れるとは。検非違使も随分と汚い手を使いやがる)

 検非違使の汚いやり口に、眉を潜める覚性法親王。

「何やら外が騒がしいなぁ?」

 崇徳院が出てきた。

「崇讃、なぜ出てくる? 今は検非違使の役人と大事な話をしているところです」

 弟の忠告を無視した崇徳院は、

「私が、新院だ」

 両手を上げ、自ら検非違使に名乗り出た。

「いけません」

「止めるな、本仁。いずれは捕まる運命。どうせなら、諦めてこの場で潔く捕まった方がいい」

「でも……」

「私がここにいると、寺のみんなに迷惑がかかってしまう。だから、私は自首することにしたんだ」

「物分かりがいいのはいいことです。行きましょう。法親王に、言い残すことはありますか?」

「過ごした1ヵ月は、とても楽しかった」

 そう言い残した後、崇徳院はお縄にかかった。
捕まった崇徳院は讃岐国に流罪となり、新院から讃岐にいる院を意味する「讃岐院」と呼ばれるようになった。

 死後怨霊となって祟りを及ぼし、新たに「崇徳院」という諡号をもらうまで、この呼び名で呼ばれ続けることになる。


   4


 黒い入道雲が立ち込み、夕立が降り始めたころ。隠居していた忠実が暮らす奈良の藤原摂関家別荘に、大きめの桶を担いだ使者が訪れた。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 持仏堂で忠実が念仏を唱えているとき、「失礼いたします」 木の桶を持った使者が入ってきた。「何だ?」 忠実は聞いた。

 浮かない表情で、使者は大きめの桶をゆっくりと忠実の御前に差し出した。

 桶を見たとき、忠実は嫌な予感がした。もしかしたら、頼長や可愛い孫が都で起きた騒乱に巻き込まれて死んだのではないか? そんな不吉な予感が脳裏によぎる。

「頼長……。お前なのか……」

 忠実は中身を確認することなく桶に抱き着き、慟哭した。


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