2023年下半期ベスト本【サイエンス編】
下半期は比較的大著に取り組んだこともあり、読んだ冊数としては上半期ほど多くない。その分、面白さや発見はてんこ盛りで、学びも深かった。
名作や大著は、時間をかけるだけの価値がある。当たり前といえば当たり前だけど、やっぱり「鈍器」を見ると二の足を踏むのよね…そこら辺のハードルをもう少し下げたいと思う今日この頃。
幻覚剤は役に立つのか
文句なしのベスト、文句なしの鈍器本。
人の意識・自我とは何か?幻覚剤はそれにどのように作用するのか?進化の中で、キノコはどうやってその成分を獲得したか?
「幻覚剤」という切り口から、現代の精神医療の問題点やその克服のためのヒント、そして人間の精神の本質そのものまで浮かび上がらせる。その語りは、それこそ脳汁が出るほど面白い。上半期に紹介した「なぜ心はこんなに脆いのか:不安や抑うつの進化心理学」の知識と合わせると、面白さはさらに上がる。鈍器を食らわば類書まで!
言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか
1年前の自分と今の自分を比較して、一番大きく変わったと思うことが「言語化を重視しなくなったこと」だ。情報を伝達する手段としての言語はもちろん有用だけど、身体感覚や心情を記述する道具としての言語は、とてつもなくポンコツだ。例えば、自転車に乗れない人に、言語だけで乗り方を教えるのはとてつもなく難しいはず。
でも、改めて「言語とは何か?」と考えると、とんでもなく難しい問題であることに気づく。そして「言語で意味を伝える」という行為も、どこかで身体感覚に頼っていることが分かる。
オノマトペから言語の持つ特徴、そして記号着地問題にいたる流れは、ドラマチックな物語そのもの。言語、そして言語学という学問の面白さが詰まった本。
こころを旅する数学
「もっと早く読んでおきたかった!」と思う本がある。本書はまさにそれで、できれば中学生の頃に読んでおきたかった。
数学のような抽象概念を扱う学問であっても、そのキモは「身体感覚」「直感」、そしてそれらを共有し、高めあうことができる仲間の元への「旅」だ。コレを知るのは遅すぎたんだろうか?いや、そうではないはずだ。本書が言うように、人はその直感さえもアップデートできるのだから。
悪意の科学: 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?
よい本なので、まずはそのダメなところを。「悪意に対する対処方法」については、あまり価値があることは書かれていない。おそらく、大半の人が興味があるのは、そのことなんだろうけど…。
でも、本書は「なぜ対処が難しいか?」をずっと説明しているようなもの。チンパンジーなどの人間以外の動物は悪意、つまり「自分の利益を犠牲にしても、相手に損を負わせる」意図を持たない。その結果どうなるか?もっと陰惨な争いが発生するのだ。
悪意は、不要な競争を避ける効果もあり、進化の過程で人間が獲得した重要な機能でもある。だから、現代になってそのマイナス面が顕著になっても、簡単には捨てられない。どうしたらいいか?のヒントは、実は「幻覚剤は役に立つのか」の方が詳しい。そういう意味で、今年のベスト本はかなり繋がっている(少なくとも僕の中では)。
からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界 / いいかげんなロボット: ソフトロボットが創るしなやかな未来
人の身体はやわらかい。人の身体はいいかげん。そして人の(あるいは生物の)身体は、それ自体が信じられないほどの知性に満ちている。
「からだの錯覚」は人の身体、特に触覚が持つ曖昧さとその可能性について。「いいかげんなロボット」は、生物の身体を再現するロボットからの視点。やっぱりこの2冊は分かちがたい。
身体と向き合う、おぼろげな感覚と向き合う
図らずも、5冊に共通するのが、どこかで「身体」と関係していること。まさか数学の本でさえ、身体論が出てくるとは思いもしなかった。そして、ここでは紹介できなかったけど、僕がずっと取り組んでいた専門分野も、広い意味で「身体」に関係している。
身体の感覚は、言葉よりずっとおぼろげで、つかみどころがない。一方で、とんでもなく豊潤で多様な色彩を放っている。読書を通じて、身体と出会う。そんな思いもよらぬ出会いも、読書の醍醐味なんだと思う。
アート編につづく!
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