【映画感想】ノマドランド

 ノマドワーカーという言葉が数年前はやっていたと思う。
 オフィスに縛られず、カフェや自宅とか好きな場所で働く人間たちのことを指していた。かくいう私もそういう生活に憧れていた。気の向くまま好きな場所や時間で働ければ、通勤電車から解放されるし、喫茶店でカタカタと仕事している人たちはなんとなくかっこよく見えた。
 残念ながら自力で成果物を出せる人間でないとこの働き方は難しい。自営業で生活している人間は尊敬してしまう。

 それはさておき、この映画に出てくるノマドはそんな資本主義社会のクールなイメージとは真逆な存在だ。
 ノマドとは、キャンピングカーで各地を転々と渡りながら、低賃金の現場労働をする中年・高齢者たちのことだ。暖かくて快適な家、美味しいご馳走、たくさんの娯楽から程遠い生活を送っている。そんなノマドたちの物語だ。

・ファーンの魅力


 うっすらと雪が積もっている真冬。アメリカ合衆国の北部にある州で物語は始まる。ノマドとして生きる主人公ファーンの暮らしはお世辞にもいいとは言えない。
 アマゾンの倉庫で働き、狭いバンでインスタント食品を食べ、シャワーにも入らずに寝て一日を終える。暗い画面構成とあいまって、60代前半の女性がそのような生活をしているシーンは、痛々しい気持ちにさせられる。
 だが、この感情はすぐに間違いだと気付かされる。
 ノマドである主人公が、ホームレスとして同情されるシーンが序盤に二回ほどある。ファーンは相手の気遣いをきちんと理解した上で断っていく。
 誇りや哲学を持って生きている人間が同情されるのは嫌なはずであるが、そうした態度を取れるのは懐の大きい人間だ。
 キャンプ場の同僚、リンダ・メイとはユーモアで仲良くなるし、全般的に人付き合いがうまい。
 嫌なことがあっても冷静で、面倒見も良い。
 さらに、物語の後半では一緒に暮らさないかと持ちかけられるが、ファーンはそれらを断る。自分の中に一貫した哲学があり筋を通すのだ。簡単なことじゃないが故に、そういう人間は見ていて気持ちいい。元気も出る。
 強さを持ち合わせた善い人間なのだ、一言で言うと。

・映像美


 映画全体としてコントラストが強めの色調に編集されている。
 自然豊かな場所で様々な人たちと出会い、そして別れていくロードムービーを添える映像美は、ノマドの生活を幻想的にすら見せている。
 特にデイブの家で夜中に目が覚めてから出発するまで、あの数カットは色遣いと画面構成が本当に美しかった。思わず息を飲んでしまった。

・ノマドの生き方


 この映画には2種類の人間が出てくる。
 家をもって暮らす人と、ノマドとして遊牧民のように暮らす人だ。
 この映画のいいところは、主人公ファーンに普通の生き方を強要してこないところだ。
 中盤で、家庭を持ち幸せそうに暮らすファーンの姉に会いに行くシーンがある。姉は自由に生きている主人公を責めない。ただ、人生の中でファーンがいなくて寂しかったと感情を吐露するだけなのだ。ファーンもまた姉の感情を受け止めながら、旅を辞めることはしない。

 定住者とノマドを二項対立的に描いているが、他者の生き方を尊重しない人間を悪役に立てるような安っぽいドラマじゃないのがとても好印象だ。そんなことをすれば、この作品に貴重なものを失っていたと思う。
 本作を何によりも尊いものにしているのは、ノマドのとして生きることの素晴らしさを押し付けがましくなく語っていることだからだ。

 都市に住む人間からは異質な自由。
 土地に縛られず、さまざまな景色を見る。
 人に縛られず、様々な人たちと出会う。
 これを小さなスケールで、生き生きとしたドラマとして成立させている。

・総括

 エンドロールが流れた後、世界を少し新しいものにしてくれる作品。私はそういう映画が好きなのだと思う。
 人によれば、地味でつまらない作品に映るかもしれないけど、僕は好きだから90点だ。

 

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