大いなる幸せを運ぶ小さなツバメの根付
“ 福ら雀 ” ならぬ「福らつばめ」
「つばめ」は日本でも昔から縁起の良い鳥として親しまれ、着物などの紋様や装飾図案にも好んで使われていますが、どちらかというと尾羽がスラリとしたシャープなフォルムで描かれています。
やはり縁起の良い鳥の図柄として昔から好まれているのが「福ら雀」。
寒さの中、羽を膨らませたコロンと丸いその姿が、食べ物に困ることなく丸々肥えているように見え、それが豊かさと子孫繁栄のシンボルと考えられたようです。
丸くデフォルメされた「福ら雀」は根付の図柄としても好まれ、江戸時代から今日に至るまで様々な根付師が手がけているモチーフで、教えている根付教室の生徒さんにも人気です。
そこで考えたのが、あえて“雀”以外の鳥を、ふっくらと丸くデフォルメさせて根付にした『福ら○○シリーズ』。
色々な鳥をその特徴を残しつつ丸くデフォルメして根付として表現するのですが、これがなかなか難しく、それだけにまた楽しいのです。
「つばめ」はシャープなフォルムイメージがあるだけに丸くするとツバメらしさが消えてしまうのでかなり苦労をしましたが、試行錯誤の末、肩の張りを感じさせることで尾羽が短くともツバメ特有の雰囲気を残せました。
幸せを運ぶ「つばめ」
暖かい南の国へ渡らずに、王子が身につけている装飾品や金箔を運びつづける「つばめ」の話は、子供の頃なんとなくどこかで読んで記憶の片隅に残っている人は多いのではないのでしょうか。
そう!オスカー・ワイルドの童話『幸福な王子』The Happy Prince の「つばめ」です。
すでに充分に縁起の良い鳥ですが、その「つばめ」に金の鎖(アルバートチェーン)を咥えさせることで、幸せを運び続けたあの心優しいツバメを連想させ、より物語性を感じさせる根付としました。
童話の中では、サファイヤや金箔を届け、金の鎖は出てきませんが、そこはあえて物語をそのまま踏襲するのではなく、根付を手にとって眺める人の想像力をより自由に掻き立てるようオリジナルの意匠にしています。
この一つの塊材料から輪を繋げて彫り抜いていく技法は、篆刻の『連環鈕』の応用で、篆刻を習っている人は一度はチャレンジしたくなる輪っか繋ぎです。
鹿の角から鎖を彫る
鹿の角の鬆がない部分をツバメの嘴部分にくるように材料取りをして、嘴から足元まで鎖が少し余裕を持って繋がるような大きさと数の輪を慎重に一つ一つ手で彫り抜いていきます。
黒・赤・白そして金
連環の鎖を彫り終えたあとは、ひたすらに鳥の毛彫をし、最後は燕の体色を天然染料だけで黒く染め、お腹の部分は鹿角の素材色をそのまま生かして羽毛の質感を出していきます。
お歯黒染めの黒・ベンガラ(顔料)の赤・鹿角の白、そして金の鎖が華やかさをプラスしつつ全体を引き締めます。
金箔を運んだ童話のツバメを起想させるようあえてチェーンの金箔を所々剥がれたようなデザインにし、その一方T字の金具部分は18金プレートを象嵌し金鎖の華やかさを表現しています。
実用品でもある根付
「根付」は江戸時代に着物の帯から印籠や煙草入れ、巾着などを提げて携帯するための留め具(ストッパー)として使われていた実用品なので、実用に耐えうる耐久性と破損しにくい形や構造が必須です。
強度の配慮
ですので、彫り抜いた鎖が長すぎると実用する際に引っかかって破損の要因にもなります。かといって短すぎると鎖らしく可動してくれませんので、シャラシャラと動きつつ且つ、指などがうっかり引っかからない絶妙の長さに、鎖の輪の大きさと個数を少しづつ彫り進めながら微調整を繰り返していきます。
また、万が一チェーンが何かに引っかかった場合に彫り抜いた鹿角の鎖の破損をできるかぎり回避するため、あえて足元に繋がる最後の一つの鎖をCカン(真鍮金メッキの金属環)に差し替えてたところ、チェーンのT字の留め金具として象嵌した18金とデザイン的にバランスが取れ、結果的に華やかになりました。
経年変化の配慮
根付は身につけたり、手で触って愛でたりするうちにどうしても擦れて少しづつ摩滅していきますが、その経年変化を「なれ」と言い、永年愛されてできた味わいとして好まれています。
オスカーワイルドの童話のツバメを起想させるよう鹿角チェーンの金箔をあえて所々剥がれた感じにデザインしてありますが、根付として使用し「なれ」で金箔や金泥が剥がれてきても違和感ないよう、鎖のベースはヤシャ染で黒く染め美しさが保たれるよう配慮してあります。
お知らせ
この、幸せの「福らつばめ」は2022年1月19日(水)〜24日(月)開催の個展に出品しております。詳しくは下記をクリックしてご覧くださいませ。
※デジタルカタログには展示する全作品が載っておりません。
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