我等の騎士と錬金術師{序}#三つの願い
➖序文➖
むかしむかし、ある国のある街のある路地裏に乞食娼婦がいました。
ある時、娼婦はその路地裏で三つ子を産みました。
三つ子のうち最初に母のお腹から出てきた子は、目が見えませんでした。
次に出てきた子は耳が聞こえませんでした。
最後に出てきた子は口がきけませんでした。
娼婦は乞食仲間に子どもを貸し出しそれで幾らかを得ました。
同じ乞食なら赤ん坊を抱いていた方が貰いが多いのです。
赤ん坊は四つ五つの年になると自分で物乞いをするようになりました。
ある日、娼婦は客の荷物に手を出しました。
客は異国から来た旅の男で、持ち物の中に麻布を被せた一抱えもある鳥篭がありました。
男が眠っている間に娼婦は鳥篭の布をのけて中を見ました。
鳥篭はからっぽでした。しかし娼婦が篭の蓋をあけると[なにか]が飛び出してきました。
そこで目を覚ました男は大きな声を出しました。驚いた娼婦はその[なにか]を飲み込んでしまいました。
怒った男は娼婦を追い回しましたが、彼女にとって入り組んだ裏路地は庭です。
旅の男はけむまかれてそれっきりでした。
さて娼婦が飲み込んでしまった[なにか]とはなんだったのでしょう。
それはとてつもない寒さに襲われたある冬の日にあきらかになりました。
娼婦と三つ子の暮らす荒屋は屋根こそあれど壁は穴と隙間だらけ。薪はとうに底尽きて、燃やせるものは何もありません。
娼婦は温かな火を欲しました。
するとどうでしょう。娼婦の髪が火となって燃え上がりました。
娼婦は驚いて大声を出すと彼女の中から[なにか]が飛び出して、床に落ちて砕けました。
砕けた欠片は三つ子の口にそれぞれ吸い込まれていきました。
さらに驚いたのは三つ子です。
熱い熱いという母の声を聞いて、目の見えない子どもは風を起こしました。
熱いものを吹き飛ばして母から遠ざけようとしたのです。
しかし燃えているのは彼女の髪の毛。
風を受けていっそう燃え広がりました。
耳の聞こえない子どもは火を消そうと、水を放ちました。
もういいもういい、と言う母声が聞こえず家を押し流すほどの水を出しました。
口のきけない子どもはその水を押し留めようと土を生み出しました。
退いてと言う声が出せず、土は母と三つ子上に降り注ぎました。
娼婦はどうにかこうにか火と風と水と土の災難から逃げおおせました。
しかし三つ子の姿はどこにも見あたりません。
はじめからそんな子ども達はいなかったかのように消えてしまいました。
それからほどなくして娼婦の住む街に奇妙な噂話がたちました。
望めば風をおこせる少年と、望めば水を湧かせる少年と、望めば土を生み出す少年が現れるという話です。
でも誰も少年達の姿を知らないのです。見たことがないと言うのです。
でも噂話は広がりました。
もう娼婦の髪が火になることはありませんでした。
代わりに今日もその国のどこかで、望むままに風が吹き、水が流れ、地が動きました。
母から溢れ落ちた[なにか]は姿なき三つ子の少年となって、街から街へ、国から国へと渡り歩きました。
誰かがそれを[三つの願い]と呼びました。
これが今から語る[錬金術師ロコ・ウルキニカ]と断頭台から生まれた見えない少年[ヤズミン]に繋がる最初の物語です。
さあ、我等の騎士と錬金術師の願いの顛末やいかに。
昔日(せきじつ)の未来、象牙の塔が見続ける夢、縊られる者たちのための御伽話のはじまりはじまり…………
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過去に上演した舞台脚本『我等の騎士と錬金術師』の序文のイメージで書きました。
セリフが役者にも観客にとっても難解で、雰囲気と役者の美貌を楽しむだけの舞台でしたが、いつか小説にリライトしたいと思ってましたので、
#NEMURENUのお題「三つ願い」に合わせて書き下ろしました。
今年もどうぞよろしくお願いします。
読んでくれてありがとうございます。