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【シナリオ】りんごの奇跡

シナリオセンター通信本科課題5「鏡」

いつもリュックにりんごを入れている大学生・智。ガラクタ市で買ったコンパクトミラーを開くと、持ち主だった男・郷原が現れた。幽霊になって。

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<人物>
川井智(21) 大学3年生
郷原徹(66) 日雇労働者
木下茜(23) 居酒屋しなの店員
郷原千代(90) 郷原の母
土浦武志(21) 智の友人

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〇路地(夕)
安宿の看板の間に『しなの』の提灯。

〇居酒屋しなの(夕)
客は郷原徹(66)を始め、男たちがぽつぽつ。
その中に川井智(21)と土浦武志(21)。
机の下に大きなリュック。
オレンジジュースを口に運ぶ智。
土浦、ビール片手に店内を見回し、
鼻で笑う。

土浦「汚ぇ店。ま、この辺にはお似合いか」

木下茜(23)、土浦を睨む。縮こまる智。
立ち上がる郷原。レジに小銭を出す。

茜「残念! あと三百円!」

茜の声に目を向ける智と土浦。
郷原、ポケットの中身をレジに出す。
レシート、馬券、ゴミ、
かわいいりんごが描かれたコンパクトミラー。

智「あ、りんご…」

立ち上がる土浦。不安げに土浦見る智。

土浦「俺貸しますよ、金あるんで」
郷原「あー…ありがとな。
   でも俺は借金はしない主義なんだ」
土浦「あ、じゃあ、これ買い取るってことで」

とコンパクトミラーに手を伸ばす。
郷原、土浦の腕をぐっと掴み、

郷原「腕折れる前にどっか行きな!」

茜と他の客、土浦に冷たい視線。
土浦、レジに札置き、逃げるように出ていく。
智、慌ててリュックからりんごを出し、
郷原と茜に渡す。
りんごを見つめる郷原。

郷原「いいりんごだな。好きなんだ、りんご」
智「……」

郷原をじっと見つめる智。
ハッと我に返り、深々とお辞儀して出ていく。

〇解体現場
トン袋に瓦礫を集める郷原。
パラパラと瓦礫が降ってきて上を見る。
見開かれる目。

〇居酒屋しなの・前
袋いっぱいのりんごを持った智。
戸を開けようとして、開かない。

〇路地
すれ違う男の顔を覗き込みながら歩く智。
道端の青シートに並ぶガラクタ。

智「あれ…」

その中にりんごが描かれたコンパクトミラー。

〇智の家(夜)
壁にリクルートスーツ。
床にダンボール箱。
コンパクトミラーを開く智。
小さな鏡。
閉じる。
かわいいりんごの絵。

智「……」

スマホが鳴る。『母ちゃん』の文字。
青森なまりで話す智。

智「うん。収穫手伝えなくてごめんね」

とダンボール箱開き、りんごを掴む。

郷原の声「ふじか?」
智「ジョナゴールドだよ。
  ふじの収穫はもう少し後でしょ。
  何言って…」

ベッドに郷原。
息止めて固まる智。

郷原「息しないと死ぬぞ。俺みたいに」
智「…母ちゃん、ごめん…またかける…」

手を出す郷原。
智、郷原の手にゆっくりとりんごを置く。
落ちるりんご。

智「わぁぁぁーーーー!!」

〇居酒屋しなの・前(夜)
提灯の灯りを消す茜。
路地の先を少し見つめ、
ため息をついて中に入る。

〇智の家(夜)
コンパクトミラーを睨む智。

智「これなの?」
郷原「これだな」

郷原、コンパクトミラー掴もうとして、
手が素通り。
智、叫びそうになって、

郷原「しーーー」

こらえる智。
よしよしとうなずく郷原。

〇居酒屋しなの・前
戸を見つめる智と郷原。

郷原「未練なくなれば成仏できるだろ、普通」
智「知らないよ。幽霊なんて初めてだもん」

扉開き、茜が顔を出す。

茜「りんごくん、さっきから何してんの?」

智、茜に三百円を渡す。

智「あのおじさんのツケ…です…」
茜「何で君が? って会ったの?!」
智「一応…」
茜「よかったぁ~変な噂聞いて心配してたの。
  もぉ~茜が店で待ってるって伝えて~」
智「…はい」

中に入る茜。

郷原「……」

郷原を見る智。

智「成仏って、まだ?」

〇智の家(夜)
智、リュックにりんごを入れる。

郷原「いつも持ち歩いてんのか?」
智「母ちゃんがなんかの時のために入れとけって。
  僕よく失敗しちゃうから」
郷原「これも母ちゃんか?」

壁にかかったリクルートスーツ。

智「それは父ちゃん。ちょっと成績良かったら
  その気になっちゃってさ。東京行けって」
郷原「いい親だな」
智「そうかな…そう…だよね」
郷原「なら、付き合う友達、ちゃんと選べよ?」

智、コンパクトミラーを手に取り、

智「これ、大切なんだね」
郷原「初めてひと様からいただいた
   記念の品だからな」

智、ドン引きの顔。

郷原「嘘だよ。お前かわいいな」
智「一生おじさんと一緒は嫌だよ、僕」
郷原「酒さえ飲めればなぁ」
智「この鏡なんなの?」

郷原、気合を入れてなんとかコップを
掴もうとしている。
むくれる智。

〇路地
道端で酒を飲む男たち。
大きなリュックを抱えた智、恐る恐る近づく。

〇智の家
ベッドでぶすっと胡坐をかいている郷原。
テーブルにコンパクトミラー。

〇路地
道行く人に話しかけてはりんご渡す智。

〇居酒屋しなの・前
箒と塵取り手に出てくる茜、
周りを見ると男たちが皆りんごをかじっている。
茜「?」

〇路地
安宿の看板を指さす男。
智、アッとなり、男にりんごを渡して駆け出す。

〇公園(夕)
ベンチにダンボール抱えた智。
りんごを手にした男たちが覗き込む中、開く。

〇智の家(夜)
テーブルに、コンパクトミラー、
『けやき介護医療院』と書き殴られた
ボロボロのメモ、
赤ちゃんをおぶった女性が
りんごを収穫している白黒写真。
取り調べのように郷原と向き合う智。

智「……」
郷原「……」

スマホに土浦から着信。
即切る智。

智「おじさんちもりんご農家ってこと?」
郷原「俺の物、よく捨てられてなかったな」
智「それなのに…それなのに…」
郷原「?」
智「ふじの収穫時期もわかんないの?!」
郷原「大昔に逃げ出したんだよ、俺は」
智「でも、りんご好きって言った!」

智、コンパクトミラーを掴み、

智「これ! りんごだから買ったんでしょ?!」
郷原「…お前、卒寿ってわかるか?」
智「何それ?」
郷原「90なんだ、おふくろが。生きてればな」
智「……」
郷原「おふくろが生きてる間に、一つくらい
   親孝行してやりたいと思ったんだがなぁ。
   俺の方が死んじまったな」

智、袋にりんごを詰め始める。
土浦から着信。
智、電話に出て、

智「うるさい!!」

と切る。
郷原、驚いた顔で智を見る。
智、黙々とりんごを袋に入れていく。

〇けやき介護医療院・庭
智と郷原のもとに、車いすを押され、
郷原千代(90)が来る。

郷原「……」
智「あの僕、息子さんの…えっと…友達です」

眠っているように目を閉じている千代。

郷原「……」
智「あのこれ…」

と、千代の膝の上にりんごを一つ置く。

千代「…いいりんご」
郷原「……」
智「あとこれ…」

智、コンパクトミラーも膝に置く。

智「息子さんからです。卒寿のお祝いって」
千代「…素敵ね」

りんごの絵を優しく撫でる千代。

郷原「…おふくろ…ごめんな…最後まで
   ダメな息子で…ほんとに…ごめんな…」

千代、しっかり目を開き、郷原を見る。

千代「おかえり、徹」
郷原「…おふくろ……ただいま…」
智「……」

〇同・千代の部屋
コンパクトミラーを大切そうに眺める千代。
傍らに郷原。千代の肩にそっと手を乗せる。
郷原を見て微笑む千代。
微笑み返す郷原。
千代、ゆっくりコンパクトミラーを開く。
覗く郷原。微笑んで鏡を見つめる二人。
鏡には千代の顔だけが映っている。

〇智の家
スーツを箱にしまいながら電話する智。

智「週末帰るよ。うん。
  父ちゃんと母ちゃんに話したいことがあるんだ」

<終わり>

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