入院前検査と、術前説明 〜母を連れて〜
3月の受診直後の長距離トラックとフェリーの出張は無事に終わった。
大出血はまぬがれた。
船酔いはひどかったが、それ以外に大きく体調を崩すことはなかった。
前の受診の後、自宅で母に主治医の話をなるべく忠実に伝えた。
子宮全摘出については以前から特に反対されていないが、ダ・ヴィンチによる手術というところが強く引っかかっているらしい。
「本当に大丈夫なの?安全なの?先生はちゃんと訓練受けてるの?」
2人で色々なウェブサイトを見て、ダ・ヴィンチ手術がどのようなものか、メリットとデメリットはどうなのか、どういう手術をするのか、素人なりに調べてみた。
それでもわからないことは、次回の説明のときにきっちり訊こうということになった。
入院前検査
34歳の4月下旬。
もうすぐでゴールデンウィーク突入だが、世間はいっこうに沸き立たない。
さて、入院前2週間のその日、入院前検査と家族への術前説明が予定されていた。
朝9時、まず一人で諸々の検査を受ける。
同じことを前の子宮鏡手術のときもやったのに、またわくわくしてくる。
まずは血液検査。
流れ作業で血が3本抜かれていく。
尿検査もする。
その日は不正出血少なめだったので、カップに放尿で大丈夫。
前の手術のときはかなり出血していて、そのことを看護師さんに言ってしまったものだから、内診台で導尿することになってしまった。
バルーンではないカテーテルだとツーン感がハンパないし、抜いた後の排尿がめちゃくちゃ痛い。
もうあんな思いはしたくなかった。
血液検査終わり、採尿終わり、次は心電図。
胸に吸盤が取り付けられていく。
次の朝までこいつのキスマークが残っていた。
最後は、身長・体重と肺活量。
一気に息を吐き出すのが苦手で、何度かリトライしてようやく適正な検査結果が出た。
肺年齢24歳ですって!
主治医の内診で筋腫の位置と大きさも再確認するということで、内診室に呼ばれた。
子宮のある状態で先生に内診されるのはこれが最後だ。
「はーい、ちょっと失礼しますよ〜」
プローブがぬるっと入ってくる。
「筋腫、直径3cmってところかな〜」
え?そんなに?
最初の手術前の頃、「直径2.6cmくらいの〜」って言ってたじゃないですか。
大きくなっていやがる…。
術前説明
11時半、母と合流して説明に呼ばれるのを待つ。
ほどなくして診察室に入ると、主治医のいつもの笑顔で迎えられた。
「お母様ですね、よろしくお願いします」
と名札を見せてくれる。
「血液検査の結果、貧血も感染症も全部問題ないでーす!すごいです!」
検査結果報告書を受け取る。
「今回ですね、練りものさん、子宮を摘出なさるということで、お母様もお話お聞きになっていると思います」
「ええ、まさかこんなことになるとはね…」
「そうなんですよねー!まだお若いですし、我々産婦人科医としても、できるだけ残す方向でいきたいところですが、生活にも支障が出ているようですし、ご本人の意志は堅いようですので…」
ん?遠回りに頑固で非常識だとdisられている?
私は先生と母に挟まれて、乾いた笑いをあげるだけ。
「それで、今回、ロボット支援下手術というのをやろうと思います。ダ・ヴィンチって装置の名前、聞いたことありますかね?」
「テレビで見たことがあります」
母が答える。
「ありがとうございます。あのロボットのアームを身体の中に入れて手術するんですが、私はそのちょっと離れたコンソールで機械を操作します。
手でやる腹腔鏡手術より、手ブレがなくてより安全と言われていますし、3Dで視界が得られるのでミスが少ないです。
ご本人のすぐ横には補助の先生もつきます。手術室に入ったら、ダ・ヴィンチ見られますからね!」
プリントに図を書いてくれる(トップ画像参照)。
先生の絵、いつもゆるくて味がある。
「お腹に開ける穴は5つです。おへそと、おへその高さで左右に2つずつ。どれも8mmくらいで1cmないくらいの創なので、すぐにきれいに治ると思いますよ。
お腹の穴からアームを入れて、子宮につながる血管や靭帯を切り離します。両側の卵管も取っちゃいます」
「あの、切り出したものは、どうやって外に出すんですか?」
「おすそから出します」
「そうしたら、前みたいに子宮頸管拡張の処置も必要になりますか…?」
「あ、今回はそれやらないです!」
「良かったー」
「安心してください」
私は大変ほっとした。
あれが具合悪くて悪くてたまらなかった。
「子宮と卵管を取り出した後、身体に溶ける糸で膣の奥を縫います。そして癒着防止シートを腸の前に貼ります。これも自然と身体に溶ける素材で、トウモロコシを原料にしています。すごいですよねートウモロコシ。
膣は、仮に前から見たら、膀胱の後ろからぴょこっと飛び出しているような感じになると思います」
これも同じく、絵に描いて見せてくれた。
「それと、ダ・ヴィンチの手術のときは、腸が邪魔にならないように何十度か頭を下にするようにベッドを傾けて手術するんですね。
私も体験してみましたが、そんなに苦しい体勢じゃないので安心してください。
ただ、頭から落ちないように肩を押さえるので、手術が終わった後で肩が痛くなる患者さんもいます。
でも、それも数日で良くなるので特に心配はないです」
そんなアクロバティックな手術なのですね…。
「わかりました。それで…取り出したものは、見せていただけるんでしょうか?」
「もちろん!ただ、手術直後のご本人はそれどころじゃないでしょうから、後日お写真を見せます。病理検査のほうできれいに写真を撮ってくれるので、ここの画面で見られますよ」
あの憎き子宮とまみえる…楽しみだ。
「ダ・ヴィンチでの手術ということですが…失礼ですが、今まで失敗例なんてないですよね…?」
母が、一番心配なことを切り出した。
「いえいえ!この病院では、今のところすべての手術で成功しています。そのために我々も日々トレーニングしていますから!」
母に安堵の表情が見える。
「5例目までは病院で手術費負担とのことですが、これは婦人科では何例目なんですか?」
「練りものさんで4例目です。受けた他の皆さん、術後の経過も良好で、痛み止めの飲み薬を全然飲まないで退院できた方もいらっしゃいますよ!」
心強いお言葉。
ダ・ヴィンチ手術に消極的だった母も、少しずつ信用に傾いているようだった。
「あと、もう一点なんですが」
先生が切り出す。
「手術中の記録として、録画をさせていただきます。その映像を研究発表などで使わせていただくことがあることを、ご了承いただけますか?」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。お腹の中の様子だけとかなので、個人が特定されないようなかたちで使いますから」
その後、一般的な手術のリスクや合併症の可能性について説明を受けた。
抗菌剤のアレルギー、輸血による感染症、開腹手術への切り替え、腸閉塞やヘルニアなど。
聞けば聞くほど怖くなるけれど、全員がなるわけじゃない。
正常性バイアスを盾にしながら、先生に全てを託すことにした。
先生からの説明を受けた後、看護師さんから入院の説明を母と受けた。
持ち物や注意事項など、前にも経験したはずなのにやはり煩雑。
しかし、大人になってこんなに長く入院するのは初めてのことで、病院での生活が少し楽しみになっていた。
病院の薄味のごはんが好きなのだ。
説明が終わって母と別れる。
私は昼食をとってから、午後に口腔外科を受けることになっていた。