病理基本用語集#3 異型atypiaと異形成dysplasia
まず最初に
簡略的な結論を誤解を恐れずに言えば、
と考えて概ね差し支えない。
詳細については以下で説明する。
異型(atypia)・異型性(atypism)
形態的に正常から逸脱することで、腫瘍・非腫瘍を問わない。病理以外の領域でも、異型狭心症、異型肺炎(非定型肺炎)、異型抗酸菌症(非定型あるいは非結核性抗酸菌症)などの用語で使用される。
typical(典型的・定型的)に対する atypical(非典型的・非定型的)を思い浮かべるとイメージしやすいかもしれない。形態(かたち)が正常・定型的ならば typical で、異常・非定型的ならば atypical。
良性と悪性の判断基準の1つとして、異型=正常からの逸脱が重要である。正常に近い細胞で、おとなしい顔つきであれば良性寄りを考えるし、正常からかけ離れた細胞で、おどろおどろしい顔つきであれば悪性寄りを考える(細胞異型)。一方、構築が整然として規則的であれば良性寄りを考えるし、構築がばらばらで無秩序であれば悪性寄りを考える(構造異型)。
また、腫瘍の異型の程度を「異型度」として表現する場合がある。大腸腺腫の異型度分類では従来3分法が主流であったが、最近は診断一致率の観点から2分法が主流となっている。
癌の正常からのかけ離れの程度を「分化度」として、高・中・低分化(well / moderately / poorly differentiated)あるいは未分化(undifferentiated)と表現する。癌のグレード Grade もこれに一致して用いられる。
異形成(dysplasia)
本来の意味は「細胞や組織の分化・形態・構造が異常になること」であるが、今日的には特に上皮性病変では前癌病変の意味で用いられる。
例えば、上皮内癌に満たない上皮内腫瘍を
と呼ぶほか、「がん」に満たない腫瘍性病変として、
といった用いられ方をする場合もある。
上皮性腫瘍の異形成(dysplasia)は、特に扁平上皮内腫瘍(squamous intraepithelial neoplasia)で用いられる。
軽度・中等度・高度異形成(mild / moderate / severe dysplasia)および上皮内癌(carcinoma in situ)の4分法が従来用いられてきたが、近年は再現性の観点から low-grade / high-grade dysplasia(intraepithelial neoplasia)の2分法が主流となってきている。
高度異形成と上皮内癌を相同とする3分法の臓器、上皮内癌に満たなければすべて「異形成」として一括する臓器もあり、臓器により分類法が異なっている。
なお、消化器腫瘍WHO第4版(2010)では、膵臓腫瘍で IPMN / MCN with low- / intermediate- / high-grade dysplasia と3分法されていたが、第5版(2019)では IPMN / MCN, low- / high-grade と2分法表記されるようになった。
歴史的には、異型(atypia)と異形成(dysplasia)はしばしば混同して扱われてきた。臓器によっては mild dysplasia は反応性を含むという考え方もがあったが、現状では通常 dysplasia は反応性には用いないのが一般的である。ただし、古い認識のある人と話す場合には、その定義をきちんと確認しておくのが望ましいだろう。
また、異型と異形成の程度は概ね相関するものの、相関しない場合もある。特に口腔では分化型上皮内癌は、前癌病変としての段階は高度異形成・上皮内癌に相当するにもかかわらず、低異型度である。
近年の WHO 分類では high-grade dysplasia は carcinoma in situ に相当する「/2」のコードが付記されていることが多い。ただし、皮膚の上皮内癌に相当する Bowen 病は「/2」であるが、日光角化症は病理総論的に上皮内癌に満たない dysplasia 相当とされ「/0」とコーディングされている。この辺りの議論はまだ成熟しきっていないと思われる。
異形成(dysplasia)のあれこれ
血液内科医の言う骨髄塗抹標本での「異形成」:成熟障害および異型を示し、個々の系統の異形成があることが必ずしも MDS を意味しない
非上皮性病変ではしばしば「形成異常・奇形 malformation」の意味で用いられる。形成異常的な意味での「異形成」:fibromuscular dysplasia, fibrous dysplasia, osteofibrous dysplasia, angiodysplasia, epidermodysplasia (epidermodysplasia vercciformis Lewandowsky-Lutz), cortical dysplasia
また、日本の消化管分野、特に腺上皮病変では dysplasia はある程度限定されたシチュエーションでしか用いられないことが通例となっており、Barrett 食道や炎症性腸疾患などに関連したものが主たる対象であり、これは dysplasia を単に上皮内腫瘍の意味合いで用いる WHO および世界的な基準とは異なっている。
上皮内腫瘍(intraepithelial neoplasia:IN)等
なお、子宮頸部の扁平上皮内病変(squamous intraepithelial lesion:SIL)では、low-grade SIL は一過性の HPV 感染状態であり、非腫瘍性病変である。しかし、日本では CIN 分類も併記することが一般的であるため 非腫瘍にもかかわらず LSIL/CIN1 と intrapithelial neoplasia(dysplasia 相当)として記載され、本質的病態と実務上分類に矛盾が生じることもある。
“in situ” について
本来の意味は “in the original place” “in the appropriate position” 「その部位で」「その場で」「本来の位置で」であり、多くの場合「上皮内」であることを指す。
上皮内 intraepithelial のほかに、表皮内 intraepidermal、乳管内・膵管内・導管内 intraductal などの用語も用いられる。どこまでを “in situ” とみなすは臓器により考え方が異なっている。
尿路上皮が好例で、非浸潤性であるが本来の構築を逸脱した乳頭状の癌を non-invasive papillary urothelial carcinoma と呼ぶ一方で、urothelial carcinoma in situ は文字通り乳頭状構造=構造改変を伴わない純粋な上皮内病変を指す。
また、多形腺腫由来癌では、多形腺腫内に癌が限局していれば “in situ” かつ "invasive" であり、さらに導管内などに限局し間質浸潤がないものは “in situ” かつ "non-invasive" である。
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