米澤穂信 『王とサーカス』 : 急ぐことと待つこと
書評:米澤穂信『王とサーカス』(東京創元社)
期待以上の出来でした。特に、テーマの生かされた、ラストで示される犯人像がすばらしく、笠井潔の名作『バイバイ、エンジェル』に通じるものがありました。
本作のテーマを「他者の現実的悲劇を報ずることの、ジャーナリズムにおける正当性」の問題だと限定的に理解する読者は少なくないでしょうが、本書のテーマの射程はもっと遠く広く「善かれと思ってなされるすべての行いが、必ず一部の誰かにとっては迷惑であり悪でしかないという現実。にもかかわらず、私たちはより善きことをなさねばならないという決断において、ある意味、冷たい(避けられない犠牲を容認する)心を持たないではいられない」という、苦い人間認識が示されていると見るべきでしょう。
また、これは「面白い娯楽作品を提供すること、享受することの、負の現実的側面」の認識という作者自身のジレンマにも直結する、誠実な問題提起だと言えるでしょう。
作者のこの生真面目な誠実さに最大の敬意を表しつつ、ここでは世界の現実と向き合って闘った神学者カール・バルトの『急ぐことと待つこと』という言葉を贈りたい。
私たちは、このいかんともし難い現実に対して、つねに今ここで対処しなければならない。しかし、それが人間のすることであれば、当然その不完全性によって悲劇を招くこともある。だがしかし、そこで絶望するのではなく、私たちはそれが真に結実する時を「待つ」心(希望)を持つべきなのです。作中でも描かれているとおり、それが開き直りや傲慢に陥らないよう、最大限に「気をつけ」ながら。
初出:2015年12月21日「Amazonレビュー」
(2021年10月15日、管理者により削除)
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