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50歳、耳でほどく心のモヤモヤ
ポッドキャストを「Spotifyで配信中」と聞いても、最初は何のことやらピンとこなかった。でも気づけば、最近は配信番組にすっかりお世話になっている。
もともとラジオっ子だった私は、夜寝る前にアンテナを窓際に伸ばして電波を調整するのが日課だった。
三宅裕司のヤングパラダイス
伊集院光のOh!デカナイト
コサキンdeワァオ
この3番組が、私の青春の三本柱だ。
どういうわけか、昔から漫画を読むのが苦手だった。コマの流れを追うのがうまくできず、漫画よりも小説のほうがストレスなく読める子どもだった。
テレビや映画でも、字幕があるとホッとする。映像を理解するよりも、文字で情報を得るほうがはるかにわかりやすく感じるのだ。
けれど、ラジオには文字がない。それなのに「なぜ、心地よく聴けるのか」と考えてみた。おそらく私は、文字が好きというより、視覚的な情報を処理するのが苦手なのだと思う。雑踏の中ではすぐに疲れてしまうし、スポーツ中継もいまいち楽しみ方がわからない。正直、子どもたちの運動会や音楽祭よりも、静かに作品と向き合える展覧会のほうが好きだ。
そのような私にとって、文字と声は最高の娯楽だった。ところが、老眼が始まってから状況は一変する。夕方以降、読みたくても文字がはっきり見えなくなってしまうのだ。好きなものが遠ざかるというのは、なんとも切ない。
そこで頼りになるのが、「耳からのレジャー」だ。なんとなくスマホをいじっている際に出会ったのが、「北欧、暮らしの道具店」のインターネットラジオ番組『チャポンと行こう!』である。店長の佐藤さんとスタッフのよしべさん(佐藤さんの義理の姉でもある)が繰り広げる、気取らないトーク番組だ。
お店の宣伝というわけでもなく、旧知の二人が淡々と語り合う会話のテンポと内容が、私の世代にぴったり合う。気がつけば、番組が始まった2018年の初回まで遡って聴いてしまっていた。
ポッドキャストを聴くのは、主に家事の時間だ。気が進まない作業に向き合うとき、音楽よりもラジオのほうが不思議と気持ちを支えてくれる。理由ははっきりしないけれど、人の声が持つやわらかさが、どこか心地よいのだ。
お気に入りの番組のひとつ『となりの雑談』のコンセプトに、「喫茶店で隣の席の会話がふと耳に入ってくる」というフレーズがある。この程よい距離感が、非常に心地よい。当事者になると、どうしても相手の話に真剣に向き合おうとしてしまう。でも、他人同士の会話は介入する余地がない分、最初から力を抜いてぼんやりと受け流すことができるのだ。
何より、「私に向けられた言葉ではない」という気楽さがある。ただの雑談だからこそ、完全に他人事として聞きながら、ときには共感したり、ふと首を傾げたりする。ラジオがリスナーに向けて語りかけるのに対して、ポッドキャストはMC同士が自然に会話している。その会話に、私はそっと耳を傾けるだけでいいのだ。
第三者として聞く、何気ない日常の話題がこんなにも心地よいなんて。とくに同世代の女性たちのリアルな会話は、自分の経験と重なり合い、思わず耳を傾けてしまう。
50歳にもなると、若い頃の苦い経験もいつの間にか笑い話に変わる。同時に、幼少期から抱えてきた問題にも、少しずつ折り合いをつけられる年齢だ。親子関係の拗れには一区切りがつき、パートナーとの距離感も、かつてのように深く悩むことは少なくなる。
残りの人生について漠然と考える中で、「今、この瞬間に集中しよう」という気持ちが強くなったように思う。誰かに相談するほどのことではないけれど、心の隅にずっと引っかかっている小さなモヤモヤ。そんな話題が耳に入ってきたとき、「あぁ、私だけじゃないんだ」とふと気づく瞬間がある。
今さら誰かに背中を押してもらう必要はないと思いながらも、密かに「いつか解決できたら」と願っていることも無きにしも非ず。そっとしておきたい自分と、早く片づけてスッキリしたい自分。その間で揺れながら、若い頃のようなエネルギーがない分、つい後回しにしてしまうことも多い。
そんなとき、ポッドキャストの何気ない話題がきっかけで「私もやってみようかな」と思える瞬間がある。不思議なことに、知り合いでもない人たちの会話が、そっと自分の背中を押してくれるのだ。まるで、自分自身が自分に「大丈夫だよ」とささやいているような感覚になる。
こうした感覚は、現実の生活ではなかなか得がたいものだ。知っている人からの言葉には、どうしても忖度が生まれる。これは私の生き方の癖なのかもしれないけれど、人の善意には応えなければと無意識に気負ってしまう。本当は苦しいのに、「平気、平気!」と笑顔でやり過ごすあの感覚に近い。気が乗らないのに、せっかくアドバイスしてもらったからと義務感で動いてしまい、結局うまくいかないことも多々あった。
それは、周りのせいではない。単に、私の「外面の良さ」が原因だ。親しい人からのアドバイスほど素直に受け取りにくい私にとって、ポッドキャストの距離感は本当に心地よい。自分のペースで自分を励ませるし、その結果を誰かに報告する必要もない。もし、嬉しかったり、悲しかったりした気持ちが整理できなければ、番組にお便りを書くことで気持ちを少し軽くできる。
最後に、私のお気に入りの番組を4つ紹介しておきたい。アラフィフのパーソナリティが多い中で、大和田慧さんと安達茉莉子さんの『もちよりRadio』は断然若くて新鮮! 若いのに深い! 10年前の自分と会話しているような気分になれるから、人生の答え合わせをする感覚で聴いてみるのもおすすめ。