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四十六分|hidemaro
「なんか、昔の映画の効果音って驚かしがメインになってない?」
「驚かすっていうか、迫力を出そうとしているところはあるかも。今みたいに繊細な効果音はまだあまりなくて、少しでもリアリティを出そうとして効果音を入れ始めた。っていう流れがあるからね」
二階の彼の部屋で、黒澤明の『用心棒』を観ていた。リビングの白い壁をスクリーンにして、その下にはYAMAHAのウーハー、部屋の隅には同メーカーのサブウーハーが置かれている。彼は芸術大学の学生で、映画学科だった。映画を小さな音で観ることなんて耐えられないと、防音のこの物件にしたらしい。
「え、音大生じゃないんですか」
彼との初めての会話で、私は何の楽器をやっているか、何年生かを尋ねた。だって、どう考えたってこの物件には自分と同じ音大生が住んでいると思っていたから。
「あー、絶対言われると思った。不動産屋さんにまで聞かれたからね」
ソフィアコッポラとUTのコラボTシャツを着た彼はそう言って笑った。世帯数の少ないこの物件では住人同士が顔を覚える機会は自然と多くなる。スーパーマーケットの荷物台で横並びになった日、私から声を掛けた。それまでもエントランスで顔を合わせていたので、お互い認識はしていた。ここから家までの六分間、付かず離れずで歩くくらいならと、声を掛けたのだ。勿論、少しタイプだったということもあるが。高身長だが少し丸顔で、完全なイケメンではない感じ。
「どんな映画がお好きなんですか」
彼はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに映画の話を続けた。スーパーからの帰り道なんてあっという間で、エレベーターの中でも話は続いた。何だか彼の声は心地良く、ずっと聞いていられる気がした。
「良かったら、少し上がっていきませんか」
普通だったら断るところだが、悪い人でなさそうだし、まだ外も明るかったことに安心していた。それに、同じ建物の中の違う部屋って、やっぱり気になる。
「え、三階の私の部屋と本当に同じだ。でも、全然違う部屋みたい」
彼の部屋は物で溢れていて、額装された映画のポスターが置かれ、パンフレットが積まれていた。何より驚いたのは、クローゼットの中が映画DVDの収納スペースと化していたことだった。でも、違ったのは部屋の使い方だけではなかった。日々ピアノの練習に明け暮れる生活の私と、自由気ままに暮らしているように見える彼。
「ならず者三人を叩き伏せるシーンがあったでしょ。あそこの殺陣はリアリティがあって良いんだよね。確か、四十六分くらいだったかな……」
「まさか、時間覚えてるの」
リモコンを巻き戻しで操作する彼に、思わず尋ねる。彼は丸い顔に笑みを湛えて答える。
「一番好きなとこだからね。盛り上がる時間は、覚えてるよ。何回でも見返したくなる。音楽でもそうでしょ。好きなところは、何度でも聴きたくなる」
あれから二ヶ月が経って、私たちはただの隣人に戻った。一番盛り上がるところは過ぎてしまったようで、エンドロールも流れ終わった。私は録音したコンクールの音源を巻き戻しながら、『用心棒』を観た日のことを思い返す。好きなところは、何度だって見返したくなる。