
蠢き|とわ
週明けのお昼のワイドショーの話題は、本土の大学生たちが石垣島で迷惑行為をしているというものだった。大部分がモザイクに覆われた画面の右上で、歯に衣着せぬ司会ぶりが人気のアナウンサーが、物言いたげに口元を歪めている。音楽が騒がしく鳴り響き、加工を施された声が何か叫んでいる。
先週はスタジオと熱海を中継でつなぎ、リポーターが観光客を直撃取材していた。駅前のアーケード街で温泉まんじゅうを片手に歩くカップルや、インスタ映えすると話題になったスイーツショップに並ぶ女子大生に、「これは不要不急の外出ですか?」とマイクを向けていた。彼らが何と答えたのか、「息抜きに」、「行く場所が無くて」、と流しに落ちる水音でとぎれとぎれにそう聞こえた。リポーターはカメラに向き直ると、視聴者にステイホームを呼び掛け、映像はVTRに切り替わったようだった。
四月から幼稚園児になるはずだった娘は、タブレットを人差し指でなぞり、ゲームに夢中になっている。彼女はお弁当屋さんになりきって、お客さんの注文通りにおかずを詰めることに真剣で、「ママとお買い物に行かない?」と聞いても、「コロナウイルスだからいかない」と画面から少しも目を離さない。
夫が在宅勤務になってから、娘を外へと連れ出す理由が無くなった。娘も遊具や砂場のある公園へは行けないと分かっていて、あれもこれも触っちゃダメと口うるさく注意されるスーパーマーケットだけでなく、どこへ行くことも諦めて「パパとおうちにいる」と言う。
二人は二週間の間、一度も外出していない。川沿いの桜並木の葉むらに反射する光の眩しさも、土手に盛る菜の花の土臭い匂いも知らずに、ひっそりと部屋に籠っている。そうして居られないわたしの方がおかしいのかもしれない。
夕飯時、四日ぶりに食材を買い足したので、テーブルの上にはわさび菜のお浸しとカブのスープ、春キャベツのコールスロー、鰆の味噌漬け、グリンピースご飯と品数が並んだ。仕事部屋から夫の手を引いて戻って来た娘が、「うわあ、いっぱいだね」と鮮やかな食卓に目を輝かせる。
テレビではニュースキャスターが今日の感染者数と死亡者数を報告し、意見を求められた有識者が「だれか一人の身勝手が多くの人の命を危険に晒しますからね」と、自分の言葉に何度も頷くように言った。
「なんか、大学生たちが石垣島に旅行に行っちゃって大変らしいよ」
席に着いた夫に昼のワイドショーで見聞きしたことをかいつまんで話すと、「ねえ、沖縄って飲んだ後にラーメンじゃなくてステーキ食べるんだって。シメのラーメンならぬシメのステーキ」と笑って、リモコンに手を伸ばすとチャンネルを変えた。
それもわたしが夫に教えたことのような気がした。ふとどこからか波の音がする。音のほうを振り返ると、満月に照らされた砂浜が青白く光っている。生温い海風に交じって、かすかににぎやかな音楽と人の声がした。浜を辿って行くと、人の群がる影があった。二、三十人の若者が輪になり、缶ビールをあおってはおぼつかない足さばきで踊っている。男も女もほとんど水着のような服しか身につけていない。髪の毛を振り乱し、両腕だらしなく掲げ、身体から発されるままの叫び声や唸り声を上げた。彼らは燃え盛る炎のようだった。すぐ傍らに立って眺めていたが、だれもわたしに気を留める者はいなかった。若者たちは皆、炎をかき消されまいと身体も心もすべてを焚べて踊っているのだった。
そうしてどれほど経ったのか、辺りに強烈に食欲をそそる匂いが漂い始める。若者たちは突然何かに憑かれたようにぴたりと踊るのを止めると、浜を上がって市街地の方へと歩き出す。わたしもその集団にそっと紛れて後を付いて行く。シャッターの下ろされた商店街の中で一軒だけ、ネオンの赤く光る店があった。わたしは列に続いて何食わぬ顔でボックス席に着くと、唾を飲み込んで運ばれてくる料理を待った。