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「2020/7/22」|hidemaro

 ヒューストンの中国領事館が閉鎖された夜、僕はあの子を抱いていた。彼女は疲れていたようで、気付けば隣で寝息を立てている。白くて細い指は僕の頬に掛けられていて、指に巡る脈が伝わる。高くて美しい鼻梁が、闇の中に灯るテレビの光で陰を落とす。テレビはヒューストンの生中継からコマーシャルに変わり、ビール飲料の新商品を知らせる明るい音楽が流れる。まるで世界は平和で、何も問題がないかのようだった。
「ねえ、最後のお願い。ダメもとの」
 彼女の切ったメロンを食べ終わった後、僕たちはベッドの上で服のまま抱き合っていた。
「一緒にいて。私たち、やっぱり一緒にいないとダメだと思うよ」
「僕もそう思うよ」
「これ、逆プロポーズだよ。わかってる?」
「わかってるよ。とても嬉しいし、同じ気持ちだよ」
 そう言いながら、めんどいなあという気持ちがよぎる。今更、そんなことできるわけないじゃないか。わからない訳じゃないだろ。本当に想ってるし好きだけど、社会的にそれが難しいことくらい。
「本当にいいの? このままだと、私も結婚しちゃうよ」
「それは、嫌だけど」
「二人とも、二番目に好きな人と一緒になるなんておかしいよ」
 覇気の無い返事をしながら、彼女の頭を撫でて、頬に口付けをする。愛おしいよって気持ちを最大限に表しながら。
「一緒にいてよ」
 一夫多妻制が合法なのは南アフリカ共和国とナイジェリアだけなんだよ。と、SNSに載せたら炎上しそうな言葉が浮かぶ。彼女のことを愛おしいという気持ちは本物だ。でも、同じように大切なものを既に持っていた。それだけだ。
 倫理的に終わってることなんて、言われなくてもわかってる。でも、好きなものは好きだし、一緒にいたいという気持ちも事実だ。この気持ちを社会的な倫理観だけで否定される筋合いはない。そもそも、この世界に真実正しい倫理観なんてあるのか。とりとめなく思考は浮かぶが、彼女を満足させる言葉など浮かばず、口で塞いで、行為で誤魔化す。正確には、唯一満足させる言葉は浮かんではいるが。
 
――「トランプ大統領は『もう十分だ』と言っている。われわれはこれ以上このようなことを起こさせない」と述べ、中国政府への対抗姿勢を鮮明にしている。追加的な中国の在米公館閉鎖の可能性を問われ、『常にあり得る』と答えている。 
 テレビは再びニュース番組に戻っていた。ルールなんて、いつ変わるか知れないじゃないか。しかし、そうは思っても彼女の望む言葉を伝えることはできないと思う。社会的に考えて。

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