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初心者でも美術館を楽しめる、アートの見方教えます!

「アート好き」になるには

昨今、世の中には「ビジネスマンはなぜアートを学ぶべきか」みたいな本とか記事が多い。実際それを見て、「自分もアートに詳しくなりたい!」とか言う人も増えてきている。だけど、アート思考とか発想法みたいなものを勉強しようと思って美術館に足を運んでも、十中八九つまらないだけだ。とりあえず絵画に触れてみて、「なんかこの絵好きだな」「この画家面白いな」、そんな小さな心の動きを感じるのが最初のステップである。「相手の心理が洞察出来るようになる」なんて思ってドラマを見始める人はほぼいない。「ストーリーが面白い」「主演俳優が好き」そんな風に思って見始めるはずだ。そしてそこから、「なんでこの絵が好きなんだろう」「この画家のどこに惹かれてるんだろう」そんな風に自分の感性を言語化してみる。「感じてから考える」を繰り返す中で、「アート好き」になっていくのだ。

そこで今回の記事では「アート好き」の端くれとして、自分が一番好きな画家の一人あるクロード・モネを題材に、「感じてから考える」とはどういうことか示したいと思う。それによって、アートの世界に踏み込みたいと思っている人が踏み出す助けになれば幸いだ。だからこそこの記事ではあえて、画法とか歴史みたいな知識は脇役にしておく。

「感じてから考える」ステップは、以下の二段階に分けられる。
①見た印象を言語化してみる
②なんで好きなのか言語化してみる

ここからは、モネの絵の印象的なところを①のステップで言語化した上で、なぜモネの絵が好きなのかを②のステップで言語化していこうと思う。

感じたままの表現

https://www.artpedia.asia/impressionsunrise/
まずはリンク先の絵を見て欲しい。『印象、日の出』というタイトルのこの絵は、「ただの印象を描いただけの稚拙な絵」だと酷評され、「印象派」の名前のきっかけとなった。
この絵を見た時、「なぜか分かんないけどその場で見てるみたいだな」というのが最初の感想だった。めちゃくちゃ写実的な絵より、なぜか引き込まれるものがあった。

なんでなんだろう?そんな疑問から何となくカメラロールで同じような構図の日の出の写真を探していると、ふと思った。
「こんなんじゃなくね?」
カメラ越しだと対象の大きさが目で見たものと変わってしまうし、その場の明るさとか空気感みたいなものが捨象されてしまう。そんな写真のもどかしさのようなものを感じたのである。

そう思って改めてモネの絵に戻ると、今まさにそこに立って自分の目で見て、肌で感じているような感覚がするのだ。「感じたままに表現する」ことは「見たものを写し取る」こととは違うんだなと実感した。この経験が自分にとって絵画という表現の面白さにハマる契機の一つだった。

これぐらい感性を深掘ってみるとやっと、背景とか歴史がめちゃくちゃ知りたくなる。「勉強」じゃなくて、意欲的に学びたくなる。

http://www.artmuseum.jpn.org/mu_higasa.html
この視点でもう一枚、『散歩、日傘をさす女』。この絵も、その場に立って見てるかのような没入感がある。じゃあ今度は写真じゃなくて、モネが生きた当時のフランスで評価されていた絵と比較してみる。

当時のフランス美術界は、17世紀のルイ14世の治下において創設されたフランス王立美術アカデミーが権力を持っていた。その中で、古典や宗教などの幅広い知識を必要とする歴史画が高貴なテーマで、現実の世界を描く風景画や風俗画は低俗だとされていた。

http://www.artmuseum.jpn.org/mu_venasu.html
リンク先の絵はボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』(たぶん一度は目にしたことがあるはず)だが、ざっくりいうとこういう絵が評価されていた時代だ。
この絵を見てからモネの絵に戻ると、「え、真逆じゃん笑」そう思うはずだ。テーマはめちゃくちゃ日常的で、宗教とか歴史みたいなものは一ミリも感じない。構図も、遠くの世界を眺めているような『ヴィーナスの誕生』とは違って、その場の登場人物視点だ。だからこそ臨場感や没入感が生まれる。
こういう風に見ていくと、「なぜか分かんないけどその場で見てるみたいだな」という最初のざっくりした印象が、多様な視点から言語化できる。

大気や光を描く力

https://artoftheworld.jp/musee-d-orsay/988/
この絵は『サン・ラザール駅』という実際の駅をテーマにした作品である。この絵を最初に見た時、「めっちゃぼんやりした絵だな」と思った。ほとんど煙だし、人も鉄道も輪郭が曖昧だ。そんな風に思ってモネの絵を見ていくと、大気とか光みたいな目に見えない物をめっちゃしっかり描く。なんなら主役になるぐらいの勢いだ。物理的な対象物は明確な輪郭を持たず、大気との境界も曖昧なことが多い。
そして実際景色を見てみると、大気や光が記憶に残る情景を決定づけているのだなと分かる。光がまぶしければ人の形ははっきり分からないし、靄なんてかかっていたらなおさら人や物は視認出来ない。文字通り、「空気感」って重要なんだなと気づかされる。実際にモネは、「光の画家」と称される。
一枚目の『印象、日の出』はまさに、船や建物のような物理的な対象物はぼんやりしていて、大気と光が主役の絵と言えると思う。

しかし、モネは大気や光を主役にすることを目的に描いたのではないと思う。あくまで情景の中で大気や光の印象が強かったから主役になっただけだ。物理的形態を持つか否かに関わらず、その場で感じた対象の中で本質的に印象を与えるものって何だろう、そんなことを突き詰めながら描いていたのだと思う。

情景の機微を捉える目

https://www.artpedia.asia/water-lilies/
https://www.nmwa.go.jp/jp/collection/1959-0151.html
リンク先の絵は二つとも、おそらくモネの絵の中でもっとも有名な、『睡蓮』シリーズの作品である。モネは晩年までの30年間にフランスのジヴェルニーにある自宅の庭でこのシリーズの作品を約250点も書いており、これだけ長い年月同じ場所で同じ対象を描き続けたことは極めて特異だと言える。
始めて複数の睡蓮の絵を見比べた時、「同じものを書いてるのに全然違う」というのが最初の感想だった。上記の二枚にしても、水の色から、水面への睡蓮の写り方まで違う。でも考えてみれば当たり前だ。季節や時間帯が違えば光の量も違うし、日の差す角度も違う。当然睡蓮の色も水の色も変わる。風の強弱で水面の様子は変わるし、写る像もまっすぐな時もあれば歪んでいる時もある。

対象の姿形の変化に囚われてしまいそうになる所を、光や鏡像の変化を見つめて描き出す、そんな、情景の機微をよく観察して捉え、描き出していることが、結果的に同じ場所で同じ対象を描いていても、全く違う印象の絵になる所以だったのだと思う。

なぜモネの絵が好きなのか

ここまで三つの要素にピントを当てて考えてきたが、その中で共通の心惹かれた部分を考えると、「その場での自分自身の感性を真摯に表現しようとする態度」、そしてその態度に起因する「日常の美しさを慈しむ心」が好きなのだと思う。

モネの絵は、目で見た情景そのままの視点・構図を大事にしている。そしてその中で、感性に影響を与えている本質と逃げずに向き合おうとしている。そうした自分の感性に対する真摯さが結果として、その場で情景を体感した人にしか描けない絵に繋がっているのだと思う。(実際、伝統を覆す印象派画家の特徴の一つに屋外制作が挙げられる事から、この考えは彼らの中に確かにあったのではないかと考えている。)

そしてそういった真摯さが、描く対象の選定にも表れていると思う。『印象、日の出』であれば毎日訪れる自然の風景であるし、『日傘の女』であれば日常の何気ないワンシーンである。そして極めつけが、30年間同じ場所で観察し続けた『睡蓮』だ。一見変わらない日常の中の些細な変化や美しさを慈しみ、それを表現しようという心。そこに、「日常に美しさを見出すことが幸せ」という自分自身の幸福哲学が共鳴して、モネが一番好きな画家の一人になったのだと思う。

おわりに

この記事で述べたことは、自分の一体験に過ぎない。もちろん背景知識を勉強して「考えてから感じる」方が向いている人も中にはいるだろう。
しかし、「感じてから考える」を繰り返す中で自分自身の感性、そしてその奥の美意識や哲学みたいなものまで深堀っていければ、自然と「アート好き」になることができるだろうし、いわゆる「アート思考」みたいなものも身に付いていくんじゃないかと思う。

※ちなみに、「アート思考」とビジネスの関係性については以下記事に分かりやすく載っているので参考にしてほしい。
https://dentsu-ho.com/articles/7164
これを読むと、「感じてから考える」やり方で自然とアート思考が身に付いていく事が何となくわかると思う。

「目に見えない敵」との戦争のために、美術館は閉まり、アートと直で触れ合う機会は少ない状況下になってしまった。美術館側やアーティストにとっても経済的に厳しい状況に違いない。
そんな今だからこそ、この記事を読んでくれた人が、オンラインでもいいからとりあえずアートに触れて、「なんかこの絵いいな」「この画家好きかも」そんな感覚を持ってほしい。
筆者がモネの絵を好きになったきっかけ、さらには「アート好き」となったきっかけも、オルセー美術館で生の絵で対峙し、深く心を動かされたことである。繰り返しになるが、まず触れてみて感じることから「アート好き」は始まるのだ。
そして、美術館が正常に動き出した時にそんな人たちが美術館を訪れて、自分の感性、ひいては美意識や哲学と向き合ってくれるようになれば、「アート好き」の端くれとして嬉しい限りである。

おまけ

モネファンが増えて欲しいので、いくつか他の作品も載せようと思う。

https://www.artpedia.asia/la-japonaise/
『ラ・ジャポネーズ』
今回の記事では触れなかったが、印象派が生まれた背景には当時流行の日本趣味(ジャポネズリー)があり、浮世絵に影響を受けたモチーフも多く描かれた。本作品もそんな中の一つで、妻のカミーユをモデルにしている。

https://www.musey.net/2039
『黄昏、ヴェネツィア』
ヴェネチアを訪れた際に描いた修道院の島の眺めのシリーズの一つ。日暮れのあまりの美しさに魅了され描いた、まさに「光が主役」の作品。
日本橋のアーティゾン美術館で見れる。

https://www.musey.net/6621
『かささぎ』
睡蓮同様、雪景色もまたモネが数多く描いたものであり、約140点にも及ぶ。新雪の上の陰影がとても美しい作品。フランスの厳しい冬を描きながらも、どこかほっとするような情景である。

※この記事はGO FIGHT CLUBの課題として書いたものです

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