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宇宙論(2)

 誰もがそうなのかもしれないけれど、僕もまた幼少期は変な子供だった。すぐに思い出すことといえば、保育園に自分で電話して頻繁にズル休みをしていたことだ。保育士さんに「家庭の事情です」と説明していたことをよく覚えている。そうしてNHKの教育番組をずっと見ていた。『つくってあそぼう』という番組があって、それがお気に入りだった。あと、『さわやか3組』とか、『むしまるQ』とか。名前を忘れてしまったものも含めれば、膨大な数のお気に入り番組があった。それをとにかくひたすら見ていた。

 次に思い出すのは保育園の学芸会のことである。僕らは『ボノボ』という劇を演じることになって、僕はヘビの役になった。そこでおかしなことがおきたのだけれど、そのヘビは1匹のヘビであったにも関わらず、僕を含めた3人の園児で演じることになった。大きな水色の布を3人で被って、くり抜いた3つの穴から3人が顔を出して。僕はひどく落胆した。なぜ、1人でヘビの役を演じさせてもらえないのだろう。台詞なんていくらでも覚えるのに。これじゃあヘビではなく、まるでケルベロスだ。僕はひどく落胆した。それが園児の人数と配役の関係上、仕方のないことだともわかっていた。それでも落胆した。台詞は3人に割り振られる。こんな感じだ。「ぼくは」「ヘビだぞ」「こわいぞー」。恥ずかしい。こんな虚しいことがあるか。落胆した。

 あとはブロックとミニ四駆とゲームが好きだった。ブロックは一般的なレゴブロックではなく、親が買い与えたドイツ製のリブロックというものだった。これは実に多彩に遊んだ。毎日、飽きることなく遊んでいた。これには親の証言もある。毎日毎日、朝起きるとテレビの前に陣取って、テレビを見ながらひねもすのたりブロックをいじっていたという。そういう子供だった。

 ミニ四駆に関していえば心が痛む思い出がある。僕が保育園の友達たちとミニ四駆で遊んでいた時、友達が持っていた単三の乾電池が無性に欲しくなった。自分が持っている乾電池より、なぜか友達の乾電池の方が素敵に思えたのだ。それで僕はその乾電池をこっそり盗んだ。そのことはすぐに友達にバレた。それでも僕はそのことを認めなかった。すると、その友達は泣きながら自身の母親にそのことを告げ、それはちょっとした騒動になった。僕は証拠隠滅のために盗んだ乾電池を路面排水溝に捨てた。そうして僕は嘘をつき続けた。僕は盗んでいない、僕は盗んでいない。そして問題はさらに大きくなり、友達は僕の母親にもその事件のことを訴えた。それでも僕は嘘をつき続けた。僕は盗んでいない、僕は盗んでいない。僕の母親は僕を信用した。そうして問題は不完全燃焼のまま終わった。そのあと、母親は、僕の友達について小さな声で言った。「ああいう嘘をつく子、嫌いだな」。僕は心を痛めた。嘘をついているのは僕なのに。それでも僕は口を割らなかった。

 そういう子供だった。

(2024.4.23)

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