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中道とはこんなにも難しいのか⁈

「ほっとひと息、仏さまと猫まんが〜修行中のねはんねこ〜」へようこそ。
イラストレーター&ライターの【ねはんねこ】です。

本日のお題は「中道」です。




 中道とは、仏教においては極端にならずにほどよい所を探っていく、という「在り方」を示したものです。バランスをとって生きる、という説明をすることも多いと思いますが、このバランスを取るという説明は少し理解しづらいかもしれません。

 お釈迦様の視点は、どんなものにも捉われず広いものですから、例えどんな人であろうともその人のあるがままを受け入れて、余分な自分の判断は付けずにそのままに見て、どう導いたらよいかを常に考えながらお話してくださいます。
 このように広く広く考え方の幅を持って、より広いあり方を実践していくことが中道なんですね。その為には八正道という行いをしていくことが大事な事と説かれています。

 どんな人を見てもあるがままに受け入れるのはかなり難しいのではないでしょうか。
 ねはんねこは修行中の身ですので、道行く通行人や通勤電車に乗っている人々の小さな行動全てが気になってしまいます。独り言を言っている人、なぜかやたらに距離が近い人、ワイヤレスイヤホンのリンクがうまくいっていないのか、めっちゃ音がでてる人とか色々いますよね。
 そういう人たちをみるといちいち心の中で判断したくなります。こういう判断を一日に何百回として、挙句にそのたびに感情が揺れ動くのですから、夜になるころには疲れ切っているのも当たり前なんですね。
 
 何を見ても二項対立でしか考えられないものですから、「良い/悪い」「好き/嫌い」「気になる/気にならない」といった判断をしてしまうのですね。自身の過去の狭い経験からこういった判断をいつも通りにしているから、いつまでも自分の枠を取っ払うことができない。
 
 この二項対立の中にある自分の思考のパターンを毎日壊して、新たな枠組みを作り続けることが悟りへの道だそうです。この二項対立的な判断は一体どこから湧いてくるのか?果たしてそれは妥当なのか?を常にチェックしていくことの大切さを日々感じております。ここが初めの一歩ですよね。

 ねはんねこは、そうに違いない!とすぐに決めつけてしまうちっさい猫なので、あっさり全肯定されてしまうと逆にあれ??って肩透かしをくらった気持ちになってしまいます。
 そんな考え方おかしいとか、そんなの間違ってると否定される違いないと思って発言したのに、そのままそうなんだねと深く受け入れられると、驚いてしまうわけです。
 それぐらい「否定されて当たり前」を生きていた。
 全く余分な判断をせずにしっかりと全てを聞くという在り方を実践している方に出会うと、それだけで癒されてしまいますよね。
 

こちらの動画を見て、中道について色々と思いを馳せてみました。


について色々と思いを馳せてみました。





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