極楽鳥は借り物コーカスレースで鳴く
彩度の高いブルーとオレンジとイエローとレッド。飾り羽を頭上で揺らす鳥のような、独特の形。
「久しぶり、ひぃちゃん。これ、借りてた極楽鳥花」
数十本の極楽鳥花の、豪勢な花束。反射的に受け取ったそれを呆然と眺める私の横で、ごうん、ごうんと重低音を響かせながら回る巨大乾燥機。適度な気だるさが魅力のコインランドリーは、沈黙で満たされた。
周囲にいた数人からの視線に耐え切れず、平然としている幼馴染の腕を引っ張り、コインランドリーの外に出る。
「あれは、貸してないから。あげたの。返さなくていいから。多すぎるし。あと、タイミング」
友人の腕に、前が見えなくなるほどの花束を押し付ける。確かに、数ヶ月前に、友人に極楽鳥花をあげた。しかし、1本だけだ。焦った様子で極楽鳥花を貸してほしいと言ってきたので、店で売れ残っていた極楽鳥花を1本、渡したのだ。
いつも、素っ頓狂なことをする友人は、よく私から物を借りる。長い付き合いだが、お金を借りたいと言われたことは無い。貸した物は必ず返してくれるし、借りたいと言ってくるものが奇天烈で面白いし、何となく、貸して返すという関係を続けていた。
「あ、ごめん」
周囲からの目線にやっと気付いた友人は、縮こまって極彩色の花束をぎゅっと抱き締めた。
「ああ、潰しちゃったら、駄目だって。とりあえず、家戻ろう。その花、水揚げしてあげないと。あと少しで乾燥終わるから。ちょっと待って」
急いで、乾燥機の前に戻る。乾燥完了の表示。よし。ドアを開けて、手早く洗濯物をバッグに詰めた。
通行人からの視線に耐えながら、狭い住居兼花屋に到着する。友人から受け取った花束を、急いでシンクに運ぶ。水を張り、水揚げ用のハサミで茎の先を斜めに切っていく。
花屋を開業してから10年。私が七転八倒している間に、友人はスーツを着たり、作業服を着たり、着ぐるみを着たりして奮闘していた。その間に、疎遠になってしまうかと思ったが。
後ろを少し見る。立ち尽くしている友人は、心配そうにこちらを伺っている。忙しい時も、店に突然現れては、予想外の物を借りていった。何かの、発明をしていたらしい。
その発明品が商品となり大ヒットしていると、数ヶ月前に新聞で知った。腰を抜かした。それから、友人はしばらく姿を見せなくなり。
今度こそ、縁が切れてしまうのだ。もう友人は、この小さい花屋とはかけ離れた、多忙な有名人になったのだから。と思っていた矢先に、この状況。
「しおれちゃった?大丈夫?」
後ろから、友人が私の手元を覗き込んできた。
「大丈夫。こうやって、水を吸いやすくしてあげれば、まだまだ元気だよ」
心底ほっとした様子の友人は、シンクの水風呂で一息ついている極楽鳥花を軽く突いた。記憶の通りの友人の微笑みに、安堵の溜め息が出た。溜め息を勘違いしたらしい友人が、しゅんとした表情になる。
「ごめん。お騒がせちゃって。お店に行く途中で、見かけたから。早く渡したくて、つい」
「違う違う。安心したの。変わってないなと思って」
「安心?」
「もう、あんたは有名人でしょ。私は一般人。だから、もう、こういう風に会えなくなるかなと思ってて」
友人は、きょとんとしたまま考え込む。
「有名人じゃ、ないよ。だって、私の借り癖知ってるの、ひぃちゃんだけだし。借りたいって、言えるの、ひぃちゃんだけだし。これからも、きっと、そうだし」
なぜか急に涙を流し始めた友人に焦る。傍にあったキッチンペーパーを切り取り、手渡した。
「な、なんで、泣く?ちょ、泣かないでよ」
「だって、友達じゃなくなるみたいな、こと、言うから」
「友達でいるに決まってるでしょ。こんな長い間、ずっと友達なんだから。これからも時々来てさ、変な物、借りていってよ」
「本当?本当に、借りていいの?」
私が頷くと、友人はにへらと笑った。私たちは数十年後も、こんなことを繰り返しているのだろう。きっと。貸して返して。私たちだけの堂々巡りの借り物レースは、終わらないのだ。
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