チューインガムとキャラメルのコインは翻る
長方形のチューインガムを1つ、目の前の手に乗せて、その手からキャラメルを1つ受け取る。
隣の友人がガムを口に放り込んだのを見届けてから、キャラメルの薄い包み紙を剥がそうとするが、なかなか取れない。苦戦していると、横から手が伸びてきて、キャラメルが消えた。
数秒後に、包み紙が取り外されたキャラメルが返却された。そのキャラメルを口に放り投げる。
強烈な甘さでくらくらする。セミの鳴き声が大きくなった。狭い木陰に2人並んで座り込み、もう何時間経っただろうか。
「冷静に考えたらさ、車が通らなきゃ、ヒッチハイクなんて無理だね」
「そうだね」
ガムを噛む音と、友人の自嘲の呟き。さっきから1台も車が通らない目の前の道路を睨む。ひたひたと忍び寄る絶望感。資金もギリギリ。呆気ないゴール。14年の人生で初めての家出放浪旅は終わりを迎えつつある。
3日前、水がたっぷり入ったバケツに力なく沈んでいく2台のスマホを、2人で見つめた。2人でお揃いにしたスマホケースも、もう台無しだった。旅の始まりを告げる儀式で。
隣の友人は両手を合わせて拝んだ後、勢いよく立ち上がった。
「じゃ、行くよ」
スタスタと駅に歩いて行ってしまう友人を、慌てて追いかけた。背負ったリュックの肩ひもが肩に食い込んで、痛かった。私たちを縛るものと、守ってくれるものは、もう無い。それが怖いのか嬉しいのか、自分でもよく分からなかった。
風が吹いて、友人の肩まで伸ばした栗色のストレートヘアーが揺れる。ふわりと浮かんだ髪は、友人の美しい顔を隠す。
なんで、私と旅なんて。最近はそんなに喋ってなかったのに。私と違って、あんたはいつもクラスの人気者で。親とだって仲良さそうだったじゃない。そんなに綺麗な顔がついてるじゃない。なんで、こんな無鉄砲な旅に誘ってきたの。なんで夕方になると時々、最期とか死に場所とか、小さい声で話し出すの。
ずっと、喉の奥で引っ掛かり続けている言葉が零れ落ちそうになって、慌ててぐっと喉に力を入れた。
「あ!」
風が止んだ途端に、友人は声をあげて立ち上がり、走り出した。小さくなってきたキャラメルを口内で転がしながら見送る。遠くで友人がしゃがみ込んだ。溜息をついてから、のろのろと立ち上がって走り出す。
「お地蔵さん!」
嬉しそうな友人の差した指の先には、燃えるような赤色の前掛けを着けたお地蔵さんがあった。周りには、大量に猫じゃらしが生えている。
目を輝かせている友人は、お地蔵さんの前に置かれていた100円玉を手に取った。
「ちょ……お供えかもしれないし。さすがにそれは」
「違う違う。盗まないよ。ちょっとの間、借りるだけ。ありがたいお地蔵さんのお金だからさ。きっと良い結果が出るよ」
妙に信心深い友人は、100円玉を片手の甲に乗せた。にやりと笑っている。ああ、そういうこと。
「コイントスで決めるよ。旅の続行が表、終わりが裏。いい?」
「いいよ」
「……本当に?」
「だから、いいって」
友人はコインを高く弾き飛ばした。一瞬、日光を激しく反射させて、友人の左手の甲に戻ってきた100円玉。
ミーンミーンというセミの鳴き声が、私たちの沈黙の間を埋めていく。友人がコインを隠した右手をゆっくり外した。
表。
呆然としていると、道路の奥からトラックが走ってきた。
2人で笑いながら立ち上がり、お地蔵さんに100円玉を返しつつ合掌する。そして、2人で堂々と片腕を伸ばして親指を立てた。